魔王の誕生
私は随分と平和呆けをしていたのかもしれない。
神々の会議で魔王の話を一緒に聞いていた筈なのに、勇者の召喚も無事に済み、私は安心しきっていた。
私だけではない。他の神々もまた全く警戒していなかった。
だから気が付かなかったのだ。
魔王がすでに誕生していた事に。
天界からご主人とエーギル様の元に手紙が舞い降りた。前回の時とは違う、赤い封筒だ。
これは定例のものではなく、緊急の臨時招集の時に配られるものだ。余程の事がない限り、この手紙は届かない。
エーギル様は険しい表情で封を切った。
中にはこう書かれていた。
「直ちに天界へ。臨時の会議を行う。必ず出席する事」
私達は急いで天界に向かった。
緊急という事もあり、会議室まではテレポートで向かったが、他の神々はすでに着席して待っていた。チュール様ももう席についている。
私達も急いで席に座ると、チュール様はさっそく話を始めた。
「すまない。急を要する事態だ。先日話した魔王だが、既に誕生している事を確認した」
「!!」
室内にざわめきが起こる。
無理もない。誰もが魔王の誕生はまだ20年も先の話だと思っていた。
魔王はきっちり500年の時を経て誕生する。その周期が乱れた事は未だかつてない。
「どういう事だっ! 魔王の誕生はまだ先の話だったじゃないか!」
「そうよ! まさか計算を間違えたとでも言うの!?」
「やめないか、フレイヤ! チュール様の計算は間違っていない! それは一緒に確認した僕が証明する!」
エーギル様を皮切りに、神々が皆声を荒げる。
「皆、落ち着きなさい! 今1番不安なのはノルンだ。私達がこんなに取り乱したら、余計に不安になるだろう。少し冷静になってくれ」
「冷静になれって言われたって……」
チュール様が皆を宥めるが、神々の不安が消える訳ではない。
こんな事態、どの神にも経験がない。どう対処すればいいと言うのか。
その不安は怒りとなって、目の前の誰かにぶつけずにはいられなかった。
「すまない。私も取り乱してしまった。イズミの事となるとつい。誕生したという魔王を見せてくれ。まずはそれからだ」
「そ、そだね……そ、それを……か、確認しないとっ」
神々はようやく少しずつ冷静さを取り戻し始めた。
チュール様は頷き、呪文を唱える。
「汝、悪しき心を背負う者。その姿を我らに見せよ」
スクリーンには小さな少年の姿が映し出された。凛々しくも可愛らしい顔立ちをしているが、その肌は黒く、真っ直ぐ前を見るその瞳は血のように紅い。
「汝、悪しき心を背負う者。ステータスを我らに開示せよ」
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名前:スルト
職業:魔王
HP:38590/38590 MP:56884/56884
特殊スキル:復讐の力Lv.10、封印の力Lv.10
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ステータスを見れば、誰もが納得せざるを得なかった。
「なぜだ……なぜこんな早く……」
神々は皆驚愕の表情を浮かべ、それ以上何も考える事が出来なかった。
「何をそんなに慌てているのだ」
するとどこから現れたのか、ロキ様が会議室の真ん中で仁王立ちしていた。
「ロキ……。普段呼んだ時には来ないくせにこういう時に来るとは……。悪いが、今お前に構っている暇はない。魔王が誕生したのだ。今はまずその対処を考えねばならない」
「だからそれの何を焦る必要があるのかと聞いている」
「お前はそれも知らんのか。魔王は成長のスピードが早い。誕生すれば、1日で1年分成長し、20日後には完全体となる。おそらく今が10日頃だとすると、あと10日余りで魔王は完全に復活する。そうなれば、もはや我々にはどうにも出来ん」
「勇者がいるではないか」
「その勇者は先日召喚したばかりだ! つまりまだ赤子なのだ!!」
魔王のステータスを見たが、神々では到底太刀打ち出来るレベルではない。魔王は生まれた時からステータスが異様に高いのだ。
だが、今までそこに目を向けなかったのは、勇者の存在があったからに他ならない。どれだけ魔王の力が強大であろうとも、魔剣を装備した勇者さえいれば何の問題もなかったのだ。
どこで計算を誤ったのだろうか。ご主人がせっかく勇者を召喚したというのに、今思えばその時すでに魔王は誕生していたというのか。
ご主人が神になるのが遅すぎたのだろうか。もっと早くなっていれば、こんな事にはなっていなかったのだろうか。
そんな私の考えを嘲笑うかのように、ロキ様は驚くべき事を口にする。
「イズミの時の力で、勇者の成長を早めれば良いではないか」
勇者の成長を早める……?
ロキ様の言葉に皆ピクリと反応する。
「そうだな、もはやそれしか方法はない」
エーギル様はすかさずそれに賛同する。
だが、チュール様は断固としてそれを拒否した。
「ならん。それは絶対にならん」
「なぜだ!」
「20年、いや、少なくとも15年の成長を早めなければならないのだぞ。まだ赤子の人間の身体には負担が大き過ぎる」
「そんな事言っている場合か! どうせ勇者が戦わなければ、この世界はその勇者もろとも滅ぶのだぞ! もはや選択肢などないではないか!」
ロキ様の言い分もチュール様の言い分も尤もだった。
「イズミ、お前は何か他に策でもあるのか?」
ご主人は黙ったまま何も答えない。
「ほれみろ。他に方法などないではないか!」
「ロキ様。ご主人にも考える時間が必要です」
「今この間にも魔王は着々と成長しているがな」
「わ、わかってます。そんな事。……そうだ! チートなご主人なら、勇者になんて頼らずとも魔王を倒せるのでは!」
「ほお? どうやって?」
「そ、それは…………その……ご主人のいつもの奇抜な発想で……神の力を上手く組み合わせてババーンと…………なんて……はは…………」
「グレイ、お前言ってて悲しくならないか?」
……うるせい。
私がロキ様に言い負かされていじけていると、ご主人が独り言のようにポツリと呟いた。
「どんなチートな能力にも、必ず弱点がある」
「ご主人? それは魔王の話ですよね? ご主人の話ではないですよね?」
私は思わず縋るように言うが、そんな私をご主人は真っ直ぐに見つめ、ハッキリとした声で言う。
「時の力は、触れるだけで相手を過去の状態に戻す事が出来る。でも相手に触れられなければ使う事は出来ないし、生まれた時から強ければ、どれだけ戻しても弱くは出来ない。消滅の力は目に見える物であれば何でも消す事が出来るけど、目に見えない物は消せないし、命を消す事も出来ない。どれだけチートな能力にも、出来ない事はあるの」
「でも、チートな能力を複数持っているご主人なら、その弱点を克服出来るんじゃないですか?」
私のその言葉に、ご主人は肯定も否定もしなかった。
ただ少し悲しそうに微笑んだ。
私はその意味を10日後にようやく理解した。
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