国王の事情

「お話いたします。私が今回このような場を設けたのは、妻マリアの事をご相談したかったからにございます。妻は数週間前、突然目を覚さなくなりました。顔色も良く、脈もしっかりとあるのに、なぜか一向に目を覚さないのです。この国一の医師や魔術師に診せても原因がわかりません。ノルン様はとてもお力のある神様であると聞き及んでおります。どうか妻をお助けください」


 国王が頭を下げると、皆も一斉に頭を下げた。


「なるほど、事情はわかりました。では王妃の元へ案内してください」


 ご主人がそう告げると、国王と数名の側近のみで王妃の元に案内された。

 私とロキ様も、ご主人の使い魔として同行を許された。


「こちらです」


 王妃は自室のベッドでとても心地良さそうに眠っていた。


「ずっとこの状態で眠ったままなのです。専属の王妃付きの者が時々寝返りを打たせたり、身体を拭いたりしていますが、変わらずこのように眠ったままなのです」


 ご主人が王妃のステータスを確認するが、特に異常は見られない。


「どうやら状態異常の類ではありませんね」

「はい。王室に仕える優秀な魔術師達にも診せましたが、何も異常はないと」

「でもHPは少しずつ消耗している」

「そうなのです。ですから交代でヒールをかけ、どうにか持たせているのです」


 通常眠る事でHPは回復する。それがただ眠っているだけなのに、僅かだがHPが減り続けている。確かにこれは何かがおかしい。


「イズミ、何かわかったのか?」

「ん? んー」

「んー、とはなんだ。わかったのか、わからないのか、どちらだ」

「ロキ様、ご主人を焦らせないでください。今集中しているんですから」

「わかったのか、わからなかったのかくらい言えるであろう」

「ロキ……?」


 私とロキ様の言い争いを近くで聞いていた国王は、ロキ様の名前にピクリと反応する。

 それに何かピンと来たご主人は、突然国王にスラスラと説明を始めた。


「さすが陛下。ロキの事をご存知なのですね。ロキは今諸事情によりこのような姿をしておりますが、かつてはこの世界の偉大なる神でした」



 …………ん? 偉大なる神?

 ご主人がロキ様の事をそんな風に言うとは、何か良からぬ事を企んでいるに違いない。


「なんと! それは大変失礼いたしました」

「ん? いや、良い良い」


 ロキ様は満更でもない。単純なのはロキ様の良い所でもあり、ご主人にとって都合の良い所でもある。


「ロキ、大丈夫? 少し顔色が悪いようだけど」

「いや、余は特に」

「なんと! それはいけません! 誰か、ロキ様を医務室に!」

「へ? いやだから余は具合など悪くな……おい、こら離せ! 尻尾に触れるな!」


 ロキ様はがたいのいい騎士達に担がれ、抵抗虚しく医務室へと運ばれていった。


(ふぅ、これでやっと静かになったわね)

(ご主人…………)


 ご主人はペロリと舌を出す。


 う……、こういうご主人の悪戯に、つい可愛いと感じてしまうのは使い魔の性だろうか。



「失礼しました。では、診察を続けましょう」

 

 ご主人は何事もなかったかのように話を戻す。


「やはり何か私達にわからないような強力な呪いでもかけられているのでしょうか」


 国王は謁見の間での気丈な態度とは打って変わって、不安げな表情を浮かべている。


 ここには数名の側近しかいないとはいえ、本来このような弱々しい姿を人に見せるべきではない。

 だが、もはや感情を隠しきれない程に落ち込んでいる。この数週間、なんとか気持ちを持ち堪えていたのだろう。


「とりあえず状況はわかりました」

「もうおわかりになったのですかっ!? やはり妻は……妻は何か良からぬ呪いにかかっているのでしょうか?」

「王妃は何も呪いにはかかっていません」

「では、妻は何か重い病を患っているのでしょうか?」


 国王は縋るような目でご主人を見る。

 ご主人は安心させるように穏やかに微笑んで言った。


「おめでとうございます。ご懐妊です」

「…………は?」


 国王はあまりに突拍子もない言葉に驚き、放心している。


「王妃は妊娠しています」

「……い、医師は気が付かなかったのか!!」

「も、申し訳ございません!!」


 突如宰相が側にいた医師を叱責するが、ご主人はそれを宥めるように言う。


「彼が気付かないのも無理はありません。ステータスが隠蔽されているのですから。おそらく王妃本人も気が付いていないのでは」

「隠蔽ですと!?」

「何者だっ! 王妃のステータスを隠蔽した不届者は! 直ちに探し出し、即刻首をはねよ!!」

「神です」

「へ?」

「ですから神です。王妃のステータスを隠蔽したのは、死と隠蔽の神ヘル様です」


 宰相は急に先程までの勢いを失い、口をパクパクさせている。


 無理もない。王妃の妊娠の兆候を隠蔽した者の首をはねよと命じたら、その相手が神だというのだから。


「えっと……ご主人。理由は何にせよヘル様が妊娠のステータスを隠蔽しているというのはわかりました。ですが、いくら何でも妊娠によってそんなに長い間眠ったままというのはさすがに少し説明に無理がありませんか」


 ご主人がはっきりと「妊娠」というのだから、王妃が妊娠しているのは確かなのだろう。

 ヘル様がステータスを隠蔽しているのであれば、妊娠の状態が表に出なかったのもわかる。お腹の中の赤ん坊に栄養がいく事で、少しずつ体力を消耗しているのも理解出来る。しかし、それによって目覚めないというのは説明として少し無理がある。


「私は妊娠によって眠っているなんて一言も言ってないわよ。今王妃が眠ったままなのは、ヘル様が王妃を眠らせたからだもの」

「ヘル様が? 何の為に?」


 ご主人は少し黙って何かを考えていると、ふと思い立ったように国王を見て言う。


「陛下、あなた王妃に何かしたでしょう?」

「何かと言いますと?」

「さぁ。もしくは何かをしなかったか。ご自分の胸に手を当てて、一度よく考えてみてください。これは今ヘル様から届いた伝言です。『己の犯した罪を思い出し、心の底から懺悔しろ! このままもし何も思い出さなければ、マリアはお腹の中の赤ん坊もろともこのまま永遠に目を覚まないと思え! あたいは生死を司る神。マリアの事なんてどうとでも出来るんだからな!』だそうです」


 ヘル様……神とは思えぬ暴言だ……。これ脅迫だよな……。

 いつもは目を合わせて話すのもままならないというのに、伝言だとこんなにも流暢なのか……。

 というか、それくらい伝言を頼まずに自分で言いましょうよ。



「じゃ、診察が終わったので私は帰りますね」


 ご主人はそう言うと、テレポートでその場から立ち去った。

 どうやらロキ様も無事回収されたようで、「まったくとんでもない目に遭った!」と家に着いてからもブツブツ文句を言うので、ご主人は王都で余分に買ったお菓子を口に突っ込み黙らせた。


「ご主人、陛下の事あのままにして大丈夫だったのですか。ヘル様からの伝言を聞いて呆然としてましたけど」

「大丈夫でしょう。まずは自分で考えないと。考えてもわからなかったら、きっと泣きついてくるだろうから」



 ご主人がそう話していた翌日、陛下は早々に泣きついた。


「わああああ、ノルン様ああああああ!!」



 早かったなぁ…………。

 とりあえず家に入るまでは我慢したようだが、ご主人の家に入るなりいきなり人目を憚らず泣き崩れた。


 あの、一応リオン、ザック達もいますからね? もう少し人目を憚った方がいいのではないですかね。

 ザック達、あなたの事ものすごく蔑んだ目で見てますけど、大丈夫ですか?


「なんかこれが王とかマジ幻滅するわー」

「ありえないな」

「無理。クズ。最低」

「僕泣いてる王様初めて見たー」

「王様? 人違いでは? ……すみませんっ!」


 いや、私も出来る事なら人違いだと思いたい。

 しかし信じ難い事に、目の前でご主人に縋るように泣き叫ぶこの方は紛れもなくこの国の王である。

 昨日の謁見の間での威厳に満ちた姿からは想像もつかないけれど。



「ちゃんと自分でも考えました?」

「考えました!! でもわかりませんでした!!」


 返事だけは立派なんだよなぁ……。

 言ってる事めちゃくちゃカッコ悪いけど。



「仕方ないなぁ」


 ご主人は国王の頭にそっと触れる。


「あの、ノルン様?」

「ちょっと黙って」

「はい」


 国王は「今から何をされるのだろう」とソワソワ落ち着きなくご主人を見る。

 その姿はもはや餌を待つ子犬にしか見えない。今ならご主人が「お手」と言ったら、迷わず手を差し出しそうだ。


「陛下、いえ、ヨハネス。私は手を貸すけど、それ以上の事はしないから。後はちゃんと自分で考えて解決するのよ? いいわね?」

「はい!」


 ご主人は国王に時の力を発動した。すると、国王の頭の中に過去の記憶が順を追って蘇ってきた。

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