神の召喚

 騎士が走ってこちらに戻ってくると、国王からの言伝を告げた。


「へ……陛下が……はぁ……中へ……との仰せ……です……」

「すみません、助かりました。ありがとうございます」


 ご主人は礼を言いながらそっと騎士の手に触れると、先程まで息を切らしていた彼の呼吸が突如落ち着いた。


 ご主人は何食わぬ顔で「さ、行きましょうか」と言うが、私の目は誤魔化せない。ご主人が時の力を使ってこの騎士の状態を平常に戻した事はわかっている。


 ご主人の「ふふ、バレた?」という声が聞こえてきそうだが、私もわざわざ本人に伝えるなんて野暮な真似はしない。


 少し不思議そうに首を傾げる騎士の後ろについて、私達は国王の元へ向かった。

 今回は待合室で待つ事なく、なぜかそのまま謁見の間へ向かうようだ。国王の「中へ」と言う言葉を合図に、扉が開かれた。


 思わず息を呑む。さすがこの国の頂点と言うべきか。突然の来訪にも関わらず、この前と同様に皆集められ、私達を待ち構えていた。


 だが、ご主人から飛んできた思念ですぐにそれが誤りであったと気付く。


(違う違う。たまたま皆が集まってた時に私達が来ただけよ)


 なんだ、そういう事か。


(…………まさかご主人。知っててこのタイミングを狙ったんですか?)

(もちろん。どうせ献上するってなった時にはまた皆集める気なんだから。だったら最初から皆いる時に行った方が手間が省けるでしょう?)



 …………お見それいたしました。

 まさかそこまで気を回していたとは。



「イズミ殿、よくぞ来られた。何か問題でもあっただろうか。必要な物があれば、すぐに手配するから遠慮なく言って欲しい」

「いえ、完成しましたので、伺った次第です」

「…………は? 完成?」

「はい、完成です」


 ご主人はアイテムボックスから献上の品を取り出し、国王に見せる。

 さすがの国王もものの2日で出来上がるとは思っていなかったのか、驚きで声を出せずにいる。


「余分にございますので、よろしければ国王陛下もお召し上がりください」

「……お、おお。そうだな。誰か。ここにグラスを」


 国王が命じると、周りの者は慌ててグラスを取りに行った。

 グラスが届くと、ご主人のボトルを受け取り、それに注いだ。


「なっ、これは!?」


 突然辺りはざわめきが起こった。

 無理もない。ワインと聞いていたのに、そのお酒は黄金の色をしていたのだから。白ワインとも違う、さらに深みのある金色のものだった。また、光に当たると、宝石のようにキラキラと光り輝いた。


「こちらは、ブランデーといいます。ワインに更に手を加えて出来る、とても特別なお酒です。このお酒は沸き上がるようにして出来る製法である事から、『Norn Fountainノルンの泉』と名付けました。まずは香りをお楽しみいただいてから、ゆっくり味わってお召し上がりください」


 ご主人に促され、国王の側近が味見役としてグラスを受け取る。

 グラス越しに香りを嗅ぐと、驚きの表情を浮かべたが、国王から「どうした!?」と聞かれると、冷静さを取り戻し「いえ、何でもありません」と何事もなかったかのように一口ブランデーを口に含んだ。


「美味しい……」


 側近の男は思わず声が漏れたようだった。瞬時にそれを自覚すると、少し恥ずかしそうに咳払いをした。


「……失礼。陛下。こちらはワインとも違う、初めて知るお味です。ですが、今まで飲んだどのお酒よりも美味しい。どうぞ安心してお召し上がりください」

「うむ。お酒に目がないお前が言うのだから間違いないだろう。私も早くその味を味わいたい」


 側近の男が再度グラスにブランデーを注ぎ、国王に渡した。

 国王はグラスを受け取ると、見た目と香りを存分に味わってから一口口に含んだ。



 国王の目が見開く。


「…………私は未だかつてこんなに美しい色のお酒を見た事がない。金色のお酒とは、神に献上するのになんと相応しい事か。それにこの香り……チョコレートのような甘さに、仄かに香る樽の香ばしさが更に深みを増している。何より口に含んだ時に感じるこの上品な甘さと鼻に抜ける感覚は今だかつて感じた事がない。これが私達がよく知るあのワインから出来るというのか……これは必ずやノルン様も気に入ってくださるに違いない……!」


 国王の興奮気味の感想を聞くと、会場は「おぉ」と感嘆の声と共に盛大な拍手が鳴り響いた。


 ご主人もご満悦の表情を浮かべている。私もロキ様も一緒になって誇らしげに胸を張った。


「では、早速ノルン様を召喚し、このブランデーをお召し上がりいただこう!」

「…………へ?」


 万事解決で気分良く帰ろうとすると、思いもよらぬ言葉が耳に入る。


 今ノルン様を召喚すると言ったか……?

 私は思わずご主人を見ると、ご主人も笑いながら「どうしよう?」という表情を浮かべている。


(おい、今お前を召喚するとか言っていたぞ。いいのか?)

(うーん、言ってたねぇ。どうしよっか)

(王族であれば、おそらく神の召喚の方法をご存知の筈です)

(うーん、でもさぁ、ノルンを召喚するって言うけど、私は既にここにいるんだから、何も変わらないんじゃない?)

(確かに……そう……なんでしょうか?)

(曖昧だなぁ。どっちなんだ!)

(知りませんよ! 私だってこんな状況初めてなんですから!)


 私達が思念でごちゃごちゃ言っている間にも召喚の儀式の準備は着々と進んでいく。


(もういいんじゃない? 別に神だってバレたらどうって訳でもないし。いいよ、もうなるようになれば)

(…………ご主人、もはや考えるのも面倒になったんですね?)

(あ、バレた? あはは)


 国王の決意はどうやら固いようで、あっという間に召喚の儀式の準備が整った。


 ご主人は「逆にこうなったら、召喚されるってどんな感じなのか楽しみになってきた!」となぜかちょっとはしゃいでいる。


 なんと緊張感のない……だが紛れもなくこのお方こそが今まさに召喚されようとしている、この世界の神なのだ。


「それではこれよりノルン様召喚の儀を執り行う!」


 気付くと皆召喚の魔法陣の周りを取り囲むように整列していた。国王の掛け声を合図に皆一斉に跪く。

 私達もそれに倣って跪いた。


 国王は魔法陣に向けて両手を翳すと、呪文を唱えた。


「我が名はヨハネス・ネオロア。この国を治めし者。親愛なる我が君ノルン様。我にそのお姿をお見せください」


 すると魔法陣から黄金の光が放たれた。と、同時にご主人の身体からも黄金の光が放たれ、瞬く間に光は身体全体を包み込んだ。光が収まると、ご主人は先程までいた場所から忽然と姿を消し、魔法陣の上で金色の光を放ち、凛として立っていた。


「!!」


 皆一斉に顔を上げると、誰もがその姿を見て驚きの表情を浮かべていた。


 魔法陣の上に立っているのは、紛れもなく先程まで国王にお酒を献上していたご主人そのものだったからである。


「我が名はノルン……またの名をイズミと言います。えへ」


 ご主人から発せられた言葉を受け、皆目の前の状況はやはり現実なのだと理解した。


「い……イズミ殿が…………ノルン様!?」


 国王ヨハネスは驚き、言葉を失っていた。


「ごめんなさい、黙っていて」

「……い、いえ! た、大変失礼な事をっ! 知らなかったとはいえ、ノルン様ご本人に献上の品を用意させるなど……申し訳ございません!!」


 国王は慌ててご主人に頭を下げた。それを見て他の者も皆一斉に頭を下げる。


「ちょっとちょっと。やめてください。そんな事くらいで。私は気にしてませんから。ほら、顔を上げてください」

「か、寛大なご処置、感謝いたします」


 国王はご主人の言葉を受けてそっと顔を上げた。他の者達も僅かに顔を上に向ける。


「むしろお酒作りは私にとって趣味みたいなものなので、自分が飲みたいお酒を好きに作れたんだから、これ程良い事はないです」

「なんとお優しい……。献上の品は改めてご用意いたしますので」

「えっ。いらない、いらない」

「そういう訳にはまいりません!」

「大丈夫ですよ。献上の品などなくても、あなたの願いは聞きます。私に頼み事があるのでしょう?」

「!! そ、そこまでご存知とは……」

「神ですから」


 ご主人は誇らしげにそう言うが、おそらくチュール様の加護の力を借りて国王の心を読んだに違いない。


 ご主人から「あ、バレた?」と思念が飛んでくる。相変わらず私の心もダダ漏れだ。


 そんな私達のふざけたやりとりなど知る由もなく、国王はまっすぐご主人を見つめ、今回の経緯を話し始めた。

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