最高の出来

 王城からテレポートで我が家に帰ってくると、ご主人はさっそくバルに会いに行った。


「おけーりー」


 うむ、今日も相変わらずのダレっぷりだ。以前も街から帰ってくると、何とも酷い態度でお出迎えされたが、今はそこからさらにバージョンアップしている。


 程良く光が差し込むレースのカーテン、小窓から心地良く流れるそよ風、音楽隊によるヒーリングミュージック。バルがよりゆったり寛げるよう工夫が施されていた。


 天井からはハンモックが吊り下げられ、バルはそこで毛布に包まりながら、片目だけ開けて私達をお出迎えしてくれた。


 思わずここはバルのプライベートサロンかと錯覚してしまいそうになるが、間違いなくここは弊社の販売スペースである。


「楽団まで……一体どこから連れてきたんですか」

「ああ、こいつらは俺の大事なお客さん。歌うのが趣味だっつーから、俺が眠るまでそこで歌っててもらったんだよ」


 その大事なお客さんに、自分の昼寝の為に歌を歌わせないでもらえますかね。


 彼女らには悪いが丁重にお帰りいただくと、バルは少し不満そうに起き上がった。

 ご主人は「ごめんなさい、お休みのところ」と一言断りを入れてからバルに話しかける。

 この男に謝る必要なんて全くないと思うが。


「バルさんに作ってもらいたい器具があって」

「どんなものだ?」


 ご主人がバルの耳元でコソコソ話し始めると、バルは急に目の色が変わり、ニヤリと笑った。


「イズミ、お前は本当に楽しい事してんなあ」

「引き受けてくれますか? その顔見たらもう答えはわかってますけど」


 さっきまではまだ寝足りない様子のバルだったが、ご主人の話を聞くなり、冬眠から覚めた熊のように動き始めた。


 紙を広げ、ブツブツ呟きながら、何やら解読できない文字や図を描いては消し、描いては消しを繰り返している。こうなったらもう誰にも止められない。


 もう今日の分の販売は終わっているようだし、バルの事はこのまま暫く放っておこう。




 その日は夕飯時になってもバルは戻ってこなかった。いつもなら我先にとやってくるのに珍しい。

 ご主人が様子を見がてらバルの所までご飯を届けに行くと、バルはまだブツブツ呟きながら、考え込んでいるようだった。


 ご主人はバルに深々とお辞儀をすると、邪魔しないよう、そっとご飯を置き、静かにその場を離れた。



 次の日の朝、玄関の戸を叩く音がしたので開けてみると、そこにはバルの姿があった。

 このしたり顔……どうやらご主人のお望みの物が出来上がったようだ。

 バルはご主人を呼び、出来上がった器具の説明をすると、ご主人は満足そうな笑みを浮かべ、バルに感謝と労いの言葉を伝えた。


「バルさん、こんなに早くありがとうございます。私の分身が代わりに店の番をしますから、今日はゆっくり休んでください」


 バルはご主人の言葉に遠慮なく「そうさせてもらうわ」と迷わず家に帰って行った。


 まぁ昨晩は寝ずに考えていたのだろうから、今日くらいは寝かせてあげましょうか。

 私も今日は心から「お疲れ様でした」とバルに伝えた。



「さ、次は私の番ね」


 ご主人はお目当ての物をゲットしに、テレポートで街に向かう。


「ご主人、どんなワインを作るかもう決めてるんですか?」

「うん、実は前々から作りたいなって思ってたものがあったんだけど、いつもより手間がかかるから、出すタイミングを見計らってたのよね。ここぞって時に出さないと割に合わないでしょう?」


 私、ご主人のそういうしたたかな所、嫌いじゃないです。



 ご主人は街で白葡萄の苗木を調達すると、テレポートで家に戻った。


「ご主人、もしかして白ワインを作るつもりですか? 確かにこの国では赤ワインが主流ではありますが、白ワインもそこまで目新しい訳ではないですし、どちらかというと、赤ワインの方が高級感があるといいますか……」


 使い魔として主人のする事に口を出すのは如何なものかと思ったが、ご主人が誰かに馬鹿にされるのを見るのは堪え難い。

 私は恐る恐るご主人に助言した。


「ありがとう、グレイ。でも大丈夫よ。私が作るのは白ワインじゃないから」

「では何を作るつもりなのですか?」

「ふふ、なーいしょ」




 ご主人はさっそく買ってきた白葡萄の苗木を複製の力で大量にコピーした。分身達はそれを1本1本等間隔に植えていく。ご主人が時の力で成長を早めると、バルの弟子達と分身達はすぐに実った白葡萄を収穫した。


 ご主人達は収穫した白葡萄をさっそく工場へ運び、作業を始めた。

 まずいつものように圧搾すると、消滅の力で皮や種子を取り除き、果汁のみを搾り取る。

 時の力で発酵を早めると、あっという間に美味しそうな白ワインの出来上がりだ。


 ここからようやくバルの作った器具の出番だ。

 しかし、このような器具は初めて見る。

 大きな鉄製のタンクが2つ並び、その横に樽が置かれ、それぞれ管で連結されている。


 ご主人はそこに先程できた白ワインを流し込んだ。

 するとそれを合図に、器具は動き出し、ボウボウと大きな音を発した。少しするとヒューヒューという音も聞こえてくる。


「あの、ご主人これは一体何を?」


 状況が理解出来ずにいると、ご主人が丁寧に説明してくれた。


「左側のタンクは加熱、右側のタンクは冷却する仕組みになってるの。まず左側のタンクに白ワインを注ぐと、白ワインは熱せられて蒸気に変わる。白ワインに限らず、液体は加熱すると気体に変わる性質があるから。蒸気は管を伝って右の冷却タンクに移動する。気体は冷却されると、また液体に戻る性質があるから、一度蒸気になって消えたワインはまた液体になって樽から出てくる。バルさんに加熱と冷却が出来る仕組みを考えて欲しいって頼んだんだけど、予想以上の仕上がりね」

「あの、わざわざ加熱と冷却をするのはなぜですか?」

「その方がよりアルコール度数の高いお酒が出来るのよ。そのまま飲んでも、水で割っても美味しいわよ」


 なるほど。

 バル曰く、この加熱と冷却の仕組みを実現させるのが難しかったようだ。

 ご主人の前いた世界では、ボタンを押すと自動で動き出す機械があるらしいが、この世界にはそういった全自動の機械はない。


 そこで、バルは魔法石を埋め込み、その問題を打破したようだ。


 魔法石とは、身に付けると攻撃力や防御力がアップしたり、特定の魔法効果が付与されたりする便利なアイテムだ。


 魔法石を作れる者はこの国ではほんのひと握りだが、バルもその内の1人だ。


 魔法石が作れたとしても、今回の問題は難しかったようだ。魔法石は身につけた者に何らかの効果を付与するもので、誰かの指示なく魔法石が自ら魔法を発動させる事は通常ない。

 だが、この器具だけで加熱と冷却をするには、何らかの形で炎と氷の魔法に付随するものを発動させる事が不可欠だ。


 バルは悩みに悩み抜き、この形にたどり着いた。

 一方の魔法石には「アルコール耐性無」と「防御力上昇」を付与し、もう一方の魔法石には「熱耐性」「熱感知」「熱吸収」を付与した。


 これにより、アルコール耐性のない魔法石のタンクは、白ワインが注入されると、アルコールに対しての防衛反応として熱を放出する。


 これは風邪の原理だ。菌が体内に侵入すると、その菌を攻撃する為に体温を上昇させる。アルコールの耐性を取り除いた事により、魔法石が自然とアルコールを敵とみなし、"攻撃"するよう仕組んだのだ。


 また、もう一方の魔法石のタンクは、熱い蒸気に触れると、すぐさまそれを感知し、熱のみを吸収する。これで実質温度は下がる。


 温度を下げるのに、冷ます必要はない。熱い要因だけを取り除いてしまえばいい。


 こうした特性を逆手に取ったバルの策により、ご主人のお望みの物が出来上がった訳だ。


 ご主人は最後の仕上げに、時の力で熟成させると、グラスを取り出し、樽から出来上がったお酒を注いだ。


 ご主人は見た目と香りを十分に堪能した後、クイッと口に含む。ご主人は、舌で転がしながら丹念に味わった。



 少しして、ご主人は美しい笑みを浮かべ、私に告げる。


「出来た。最高の出来よ」



 ご主人はボトルに出来上がったワインを丁寧に注ぐと、コルクを差し込み、ラベルを貼った。ラベルには「Norn Fountainノルンの泉」と書かれていた。


 ご主人は国王から指定された7日という無茶な期限を守るどころか、たったの2日で神ノルン様に献上するお酒を完成させた。


 こういう時、普通は「期日まで試行錯誤を繰り返し、期日ギリギリになんとか完成!」というのが物語のセオリーなのだろうが、ご主人はあっけなくそれを覆えす。人間だったご主人が神になるくらいだ。ご主人が"普通"な筈がない。


「私に捧げるお酒も出来た事だし、陛下にさっそく渡しに行こうかな」

「お約束はしていませんが、いきなり行って大丈夫でしょうか?」

「断られたら日を改めればいいし、とりあえず行ってみましょう」

「はい」


 私達はテレポートで王城の門の前まで来ると、門番に王との面会を申し出た。

 突然の訪問に、門番は慌てて近くの騎士にその旨を伝えると、騎士は急いで中に連絡しに向かった。


 この前の馬車置き去りの件もそうだが、今回のゲリラ訪問も門番にとっては災難という他ない。

 こういう時、1番被害を被るのは直接対応する下の者なのだ。

 私もロキ様の使い魔であった時の事を思い出し、心の中で何度も門番に謝罪した。

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