王との謁見
コンコン。
暫くふざけ合っていると、待合室の扉をノックする音がした。ご主人が「はい」と入室を促すと、扉の前で待機していた騎士が扉を開ける。
「イズミ様、陛下の元へご案内いたします」
扉の向こうから、重厚に着飾った騎士がご主人に頭を下げる。
ご主人は立ち上がると、その騎士に続いた。
(ふふ、グレイ緊張してる?)
(すみません。ロキ様に仕えていた時には緊張する事はなかったのですが、私の言動1つでご主人への見方が変わるかと思うと……)
(なぬっ! それでは余が他の者にどう思われても構わないみたいではないか!)
(ええ、まさにその通りですが)
ご主人は謁見の間の前で待機を命じられると、暇を持て余すように私達にまた思念を飛ばす。これから国王に会うというのに、緊張感なくご主人はクスクス笑う。
案内役の騎士は怪訝な顔をするが、ご主人に気にした様子はない。
(ふふ、よかった。やっぱりいつものグレイがいいわね)
ご主人は最後にそう思念を飛ばすと、私の方を見て微笑んだ。
本当に……ご主人のこういう所がたまらなく好きなのだ。
「イズミ殿をこちらへ」
扉の外まで国王の声が響くと、それを合図に謁見の間の扉が開かれる。
ご主人は瞬時に凛々しい顔に切り替えると、背筋を伸ばし、国王に向けて堂々と一歩ずつ進み出る。私とロキ様は一歩後ろからついていった。
周りの視線は、全てご主人だけに向けられる。ご主人が目の前を通る度、皆ほぉと感嘆の声を上げ、ご主人から目を離せなくなっていた。
出席している者の中には、ご主人のワインの常連客もいたが、いつもの親しみやすい笑顔のご主人とは打って変わって凛々しいその姿に、思わず見惚れているようだった。
この偉大な方に私は仕えているのだ、改めてそう実感させられる。私の言動1つでご主人の印象に影響を与えるなど、よくそう思えたものだ。なんと痴がましい事か。私の存在程度で、ご主人の高名さが揺らぐ事はないと今身を持って思い知らされた。
ご主人が国王の前まで来ると、深々と丁寧にお辞儀した。
「イズミ殿、面を上げられよ」
国王に促され、ご主人はスッと姿勢を正す。
「私はヨハネス・ネオロアである。イズミ殿、此度は私の招待に応じていただき、感謝する。どうか楽にして聞いて欲しい」
ご主人をいきなり呼びつける国王とはどんな男かと思って見てみれば、推定30半ばと若い王だが、実に穏やかそうな男だった。先程からご主人を優しい眼差しで見つめている。
すると、ご主人からまた思念が飛んでくる。
(あら。あの王様ああ見えてもう55よ)
(えっ、55っ!? あの見た目で!? というか、ご主人なんでそんな事知っているんですか?)
(今ステータス見たから)
(…………余裕ですね、ご主人)
こんな大注目の中、国王のステータスを覗き見るなんて強者はご主人くらいなものだろう。下手したら反逆罪で捕まってもおかしくない。
というか、私の心の声も聞き過ぎじゃないですかね。
「イズミ殿。そなたを呼んだのは、1つ頼みがあったからだ」
国王はご主人を真っ直ぐに見て言う。
「この世界の神が変わったのはそなたも知っているであろう。新しい神となったノルン様は、そなたの作るワインが大の好物であると聞く。そこで、そなたにノルン様へ献上する特別なワインを作ってもらいたいのだ」
なるほど。ご主人はこの国、いや、この世界一のワイン職人だ。そのご主人にこの世界の神であるノルン様へ捧げるワインを作ってくれと。
…………ん?
ノルン様に献上するワインをご主人が作る……?
えっと……それはつまり、ご主人に献上するワインをご主人自ら作ると……?
なんだ、その茶番は!!
「イズミ殿。献上するワインは7日の内に作っていただきたい。もちろん褒美は弾ませてもらう。この頼み、聞き入れてくれるだろうか?」
ご主人はどうするのだろうか。先程はついつい茶番と言ってしまったが、よくよく考えると、そう単純な話でもない。
国王の頼みは"ノルン様"が気にいるワインを作る事。ご主人好みのワインを作ればいいのだから、一見簡単なように思える。
だが、ノルン様の為だけに作る特別なワインだ。SONATAで良いのなら、国王もわざわざご主人を呼びつけて頼むような真似はしない。
つまり、SONATAと似たような物を献上する訳にはいかない。それを7日の内に作れと言う。ワインの製造方法を知らないとはいえ、穏やかな顔をして随分無茶な事を言うものだ。
私は国王に対してそんな不満を感じていたが、当のご主人は気にした様子もなく、落ち着いた声で返答する。
「謹んでお引き受けいたします」
「そうか、引き受けてくれるか。イズミ殿、感謝する」
国王は心底安堵した表情を浮かべた。
こうして国王との謁見は恙無く終了した。
ご主人は最後に深々とお辞儀をすると、テレポートを使い、使い魔もろとも謁見の間から姿を消した。
どうやらその後「イズミ殿はどこへ行った!?」と随分騒ぎになったようだが、それは私達の知る所ではない。
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