国王からの招待状
「では、これにて会議は終了とする」
会議のメインの議題であった「勇者の召喚」をご主人が済ませていた事もあって、それ以降は殆ど雑談で終わった。
神の大仕事が済んだ今、神としての仕事は暫くない。魔王が目覚めるのは20年後。勇者が育つのを20年のんびり見守るだけだ。
そう思っていたが、ひょんな事から仕事が舞い込んできた。
パパパ パッパラパ パッパッパッパー
突然玄関の外からトランペットの音が盛大に鳴り響く。何事かとドアを開けると、背筋をピンと伸ばした兵士達がズラリと両側に列をなしていた。その間から澄ました顔の男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
私達がポカンとその様子を眺めていると、澄ました男はドアの前で立ち止まった。こちらをチラリと横目で見ると、胸元から手紙を取り出し、読み上げた。
「えー私はこの国を治めるヨハネス・ネオロアである。イズミ殿、そなたを我が城へ招待したい。……と、陛下が仰せである。そこのイズミとやら、明日の午後3時、王城へ参られよ」
「はぁ。かしこまりました」
ご主人は状況を理解出来ぬまま、流れに合わせ、深々と頭を下げる。
にしてもまぁなんと態度の大きい男だろう。目を細め、上から下まで舐め回すように見るその様子からは、私達の事を小馬鹿にした態度がありありと見て取れる。
ご主人が手紙を受け取ると、また盛大にトランペットを響かせ、帰っていった。
不躾な彼らを見送ると、ロキ様が言う。
「なんだ、あのいけ好かぬ者達は! 王だかなんだか知らぬが、イズミはこの世界の神なのだぞ! 王より遥かに高貴な存在なのだぞ! 誰のおかげでこうして平和に暮らせていると思っておる!」
まさかロキ様からそんな言葉が出てくるとは。余程腹に据えかねたらしい。
「あの者達はご主人が神だと知らないのでしょう」
「それはそうだろうが!」
ロキ様はまだ文句を言い足りないのか、さらに続けて吐き出そうとするも、ご主人が「ロキ」と名を呼び、それを止めた。
「いいじゃない、別に。そんなに怒る事? とりあえず王様に会う機会なんて早々ないだろうし、私は記念にちょっと会ってくるわね」
「ならば余も行く」
「私もついていきます!」
「うーん、招待されたのは私だけだけど、使い魔も連れてっていいのかな? まぁダメなら、どこかで待たせてもらえばいっか」
ご主人は納得すると、明日着ていく服を楽しそうに選び始めた。
この国のトップである王に会うというのに、ご主人に緊張する様子はまるでない。
それもそうだ。王より遥かに位の高い神と何度も対面しているのだ。神に対しても全く臆する事のないご主人が、人間である王に緊張する訳がない。
私はその様子に安堵し、「どっちがいいと思う?」と2つの衣装を身体に合わせて聞くご主人に、笑顔で「どちらもよくお似合いです」と答える遊びを楽しんだ。
王との謁見当日。
どうやら先日の如くトランペットを響かせ、仰々しく家まで馬車が迎えにきていたようだが、その頃私達はすでにテレポートで王都まで到着していた。
「はあ? 迎えだあ? イズミならもうとっくに行っちまったぜ」
バルにそう言われると、彼らは真っ青な顔で急ぎ王城に戻っていったらしい。
あれだけきっちり整列して現れた彼らが、なりふり構わず戻っていく姿は見物だったと、あとから聞いてスカッとしたのだが、いつもより早めに昼食を済ませ、予定時刻の3時間も前に家を出ると言い出したご主人は、確信犯ではなかろうか。
約束の時間まで、私達は王都をのんびり探索する事にした。
「グレイとロキは、何か欲しい物ある? 今日は贅沢しよう」
「なぬっ! では、余はあの細長い砂糖のついた菓子と、あそこの丸い菓子と、あの店のふわふわした菓子が食べたいぞ!」
菓子ばっかだな……。
どれだけ甘い物を食べる気なのか。「口の中の水分全部持ってかれても知りませんよ」と助言するが、ロキ様は甘い物を前にもはや全く聞いていない。
「グレイはいいの?」
「私は大丈夫です。先程、ご主人が作った美味しいタルトをいただいたので」
ロキ様も一緒に食べていた筈だが。
王都手前まではワインを売りによく来ていたが、やはりこの国の中心である王都は別格で、見た事のないお店が沢山並んでいた。
普段使いの洋服からよそ行きの上品な洋服まで取り揃えたブティック、魔法石を使ったアクセサリーショップや可愛らしい小物が並ぶ雑貨店、武器屋や質屋等、どのお店も程よい人で賑わっていた。
時間はたっぷりあるので、とりあえず一通り入ってみる。
よく女性の買い物に付き合うバルから、買い物なんて退屈で仕方がないものだと聞いていたが、全くそんな事はなかった。
ツバの大きな貴婦人の帽子を見つけると、ロキ様を呼んで強引に被せてみたり、黄色の色眼鏡を見つけると、私に掛け、ポーズを決めさせたり。ご主人の可愛い悪戯によって、私達は終始笑いが絶えなかった。
だが、1つ気になる事がある。ご主人は「今日は贅沢しよう」と言っていた割に買ったものといえば、今日の夕飯用のシャトーブリアン、皆へのお土産、ご主人が見繕った私の普段着、休憩がてら入ったカフェのドリンク(ロキ様はそこでもパンケーキを頼んでいた)と、ロキ様のお菓子くらいなもので、何軒も色んなお店を回っているのに、自分の物は何も買っていなかった。
私が気になって指摘すると、「特に欲しい物がある訳じゃないし。ただグレイとロキと一緒に遊びたかっただけだから」と満面の笑みで返された時には、その場に崩れ落ちそうになった。
私達はたっぷり王都を堪能すると、そろそろ約束の時刻になってきた。ちょうど王城に向かいながらお店巡りをしていたので、5分程歩いたくらいで王城の門に到着した。
「本日陛下にお招きいただきましたイズミと申します」
ご主人が門番に挨拶すると、門番は突然慌てふためいた。
「えっ。あ、あの、迎えが行きませんでしたか?」
「迎え? 迎えを寄越してくださってたんですか?」
「……と、我々は聞いていたのですが」
「あら、私知らなくて勝手に来てしまいました」
どうやら「大切なお客様ゆえ、丁重にお迎えせよ」と皆陛下から命じられていたようだ。
それなのにご主人はちょっとそこまで散歩してきたみたいにふらっと来たものだから、これをどう陛下に伝えれば良いものかと門番が困っている。
ご主人は門番の事情を察すると、笑顔で助け舟を出した。
「では、あなたが中までエスコートしてくださる?」
私達が通るたび、皆道を開け、お辞儀する。神である事を抜きにすれば、ご主人は本来このような扱いを受ける事はない。ご主人よりも今頭を下げた者達の方が身分が高いからだ。
少し異様な程の扱いだが、ご主人は臆する事なくその間を堂々と歩いていく。
そこでふと気付く。殆どの者はただ静かに頭を下げているが、何人かはご主人が通る前に頭を上げ始め、ツンと澄ました顔で明後日の方を向いている。
国王の命令と言われれば何の疑問も抱かず従う者もいれば、昨日の態度の悪い男のように、国王の命令に納得がいかず、それを態度に出してしまう者もいるのだろう。
ご主人はおそらくそれに気付いているが、全く気にする様子はない。
ご主人は、「物事をどう捉えるかはその人の自由。何が正しくて何が間違っているなんて事はないわ」と、自分への理不尽な反発や不満にすら寛容なのだ。「その代わり、それによって損をしても私は知ったこっちゃないけどね」とスパッと切り捨てるような事も言うのだが。
大広間の前まで来ると、その手前の待合室に案内された。待合室には使用人と騎士がすでに数名待機していた。
門番には礼を言ってここで別れを告げる。門番はご主人に深々と頭を下げた。
「イズミ様、こちらにお掛けになってお待ちください」
ご主人は使用人が案内する席に腰掛ける前に、近くの騎士に声を掛けた。
「あの、この子達も一緒に陛下にお会いしても大丈夫ですか? もし私だけでという事でしたら、陛下とのお話が終わるまでこの子達をここで待たせていただきたいのですが」
騎士は私とロキ様を舐め回すように見る。私は子どもの姿をしているからいいとして、ロキ様は小さいとはいえドラゴンだ。国王に直接会うような場であれば、おそらく留守番だろう。
そう思っていたが、騎士は突然ふっと小馬鹿にしたように笑う。
「これなら危険はないから大丈夫ですよ」
「なっ!? 貴様、余を馬鹿に……ぐっ」
ロキ様がカッとなって言い返そうとするが、最後まで言えずに言葉を詰まらせた。おそらくご主人が主人としての権限を行使したのだろう。
私もこの騎士の態度には腹立たしさを覚えるが、せっかくご主人の傍を離れずに済むのだ。事を大きくして、それを取り消されたらたまったものではない。
「ありがとうございます」
ご主人は礼を言うと、席につき、私達に思念を飛ばした。
(ごめんね、強引に口塞いじゃった。ロキもグレイみたいに人間の子どもの姿に擬態できれば楽なんだけど)
(余はグレイのように人間に愛想を振りまく程落ちぶれたくはないわ)
(今の姿でも十分落ちぶれてますけどね)
(なぬっ!)
(あはは)
私達は待っている間、使用人に入れてもらった紅茶を飲みながらずっと思念で会話をしていたが、会話が聞こえない使用人や騎士達は、無言で時々笑い出す私達を異様な目で見つめていた。
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