勇者の召喚

 先日ご主人は神々の会議に招待され、本日初めてそれに参加している。

 最高神のチュール様をはじめ、エーギル様、ヘル様、フレイ様、フレイヤ様という、ご主人に加護を与えた神々も揃って参加している。

 が、使い魔として参加しているのはどうやら私だけのようで、いささか場違い感が半端ない。


 オーディン様もエーギル様の使い魔として出席しているかと思ったのだが、どうやらよからぬ事を企みかねないオーディン様が大事な会議の内容を知るのは如何なものかとの判断に至り、今日は家で留守番のようだ。「強力な魔法の檻に入れてきたから大丈夫」とエーギル様は得意げに語っていた。

 そこまでする必要があるのだろうか……。ロキ様なんて放し飼いなのに。




「本日の議題は、勇者の召喚についてだ」


 チュール様はご主人の表情を見ながら、ゆっくりと話し始める。


「ノルンは初めて聞く話だと思うが、我々の管理する世界では、500年に1度、魔王が誕生する。それは古くから決められたこの世界のの摂理だ。人間は誰しも負の感情を持ち合わせている。だが、それを自身の力でコントロールするのは極めて困難だ。放置しておけば、いずれ争いが起こる。そこで我々は、その負の感情を肩代わりする存在を生み出した。それが魔王の原形である魔魂まこんだ。魔魂は強固な結界に封印され、そこで日々人間の負の感情を吸収している。そして負の感情がある一定の量に達すると、封印は解かれ、魔王となって現れる。それは必ず500年という決まった周期に訪れる。魔王が目覚めれば、必ずこの世界を滅ぼそうとするだろう。それは変えられぬ因果だ。なぜなら、魔王を形作っているのは、人の欲望や悪しき心の塊だからだ。故に、我々は魔王が誕生し次第、直ちに倒さなければならない」


 チュール様の力強い言葉に、皆一様に頷く。ご主人もそれに合わせて頷くのを確認すると、チュール様はさらに続けた。


「魔王の力は強大で、神とはいえ、敵う相手ではない。魔王を倒せる唯一の存在、それが勇者だ。ノルン、お前の世界でもうじき魔王が誕生する見込みだ。それに間に合うように、勇者を召喚してもらいたい」


 なんと。ご主人はまだ神になって日が浅いというのに、もうこのような大役を任されるのか。本来であれば、ロキ様かオーディン様がその役を担う筈だったのに。


 ……そう考えると、ご主人がこのタイミングで神になったのは、最高の好機だ。あの2人に任せたらどうなる事か。


 当のご主人は不安そうな顔をしているが、ご主人程の慎重な方ならば何の問題もない。


「イズミ、心配する事はない。魔王はすぐに誕生する訳じゃない。前もって勇者を召喚し、来たる魔王誕生までに魔王と互角に戦える程の力を蓄えておいてもらうというだけなんだ」


 ご主人が困惑していたのに気付いたのか、エーギル様が安心させるようにご主人に声を掛ける。


「ああ、魔王が誕生するのはまだ20年も先の話だ。神のする事は、勇者を召喚し、魔王を倒すよう導くだけだ。勇者は対魔王に特化した能力を身に付けて召喚される。生まれた時から強力な力を持ち、成長スピードも他の者とは比べ物にならない。すぐに魔王を凌ぐ力を身に付けるだろう。加えて、魔王の弱点である魔剣を手にすれば、さらにそれが確実なものとなる。今までも危なげなく魔王を倒してきた。つまり、勇者さえ無事に召喚出来れば、何も案ずる事はないのだ。ここにいる神も皆1度は経験している事だ。召喚の方法も1から教える。大丈夫、皆最初は初めてだ。ノルンはただ我々の指示に従っていればいい」


 勇者は、誕生と同時に自ずと「魔王を倒す」という使命を理解するのだという。その目的を果たす為に努力を重ね、来たる運命の時に最高の状態で迎え撃つ。


 対魔王に特化した能力を身に付けている上、魔王の弱点とされる魔剣が、魔王の住む城の地下に眠っている。魔王はその魔剣が己の弱点であるとわかっていても、どうする事も出来ない。たとえ魔王であろうとも、勇者以外その魔剣に触れる事は出来ないからだ。


 この世界は、人間が過ごしやすくなるよう作られている。魔王はその過程で生み出された副産物だ。500年に1度決まって誕生し、人間の負の感情をただひたすらに背負い、勇者の魔剣によって消滅する。消滅すると同時にまた新たな魂が誕生し、負の感情を蓄えていく。

 生まれては消え、生まれては消える、その繰り返し……それは大昔から決まっている事で、不変のものだ。


 故に長く生きる神からすれば、もはや魔王など脅威の存在ではない。魔王が誕生する少し前に勇者を召喚し、魔王討伐のお膳立てをするだけでいい。勇者が魔王を倒す事さえ既に決まった未来なのだ。


「私達も一緒に教えるから安心して」

「そうだよ、僕達がついてる」

「わ、わたしもっ、へへっ」

「ありがとうございます」


 神々がご主人に温かい言葉をかける。ご主人は穏やかに微笑んで感謝を伝えるが、エーギル様だけはご主人の不安そうな様子を見抜いた。


「どうした、イズミ。まだ何か心配な事でもあるのか?」


 ご主人は言うか言うまいか、悩んでいる様子だったが、エーギル様に「大丈夫、遠慮せず何でも言いなさい」と促されると、顔を上げ、はっきりとした声で言った。



「もう勇者を召喚しちゃったんですけど、どうしたらいいですか?」



 ご主人の発言に、神々は皆言葉を失った。






「もう勇者を召喚しちゃったんですけど、どうしたらいいですか?」


 ご主人のこの爆弾発言に神々は暫く言葉を失っていたが、ようやく落ち着きを取り戻し、チュール様がご主人に確認をする。


「ノルン。今勇者を召喚したと聞こえたんだが、間違いないか?」

「はい、間違いありません」

「イズミ、召喚の仕方なんてどこで?」

「本に書いてありました」

「ほ、本……」


 神々が呆気に取られるのも無理はない。1人の魔王に対して、勇者は1人しか召喚出来ない決まりだ。天界では来たる魔王に備え、勇者を召喚する為の魔力を蓄えている。だが、魔王を倒す程の存在である勇者を召喚するには、大量の魔力を消費する。もう1人召喚する程の余力などない。召喚出来たとしても、次の召喚に影響が出る。


 だから勇者の召喚は、絶対に失敗する事が出来ない。それをご主人は「もう召喚しちゃった」と言う。これがどれだけの大事かは、聞くに及ばない。


「オーディンが勇者の召喚に関する本を下界の廃墟に隠したと言っていたので、リオンに頼んで取ってきてもらったんです。そしたら事細かにやり方が書いてあったので、その通りに試してみたら出来ました」


 オーディン様…………。勇者に関する書物まで下界に隠していたのか。

 そういえばリオンが「未開拓のダンジョンが見つかったから行ってくる」と言って出掛ける数日前、「廃墟を探索してくる」と言って出掛けていたのを思い出した。綺麗な身なりをしている割に、意外とそういう趣味があるんだなと思っていたが、それもご主人からの頼まれ事だったのか。


「ちなみに、その本というのがこれです」


 ご主人はそう言うと、アイテムボックスから本を取り出し、チュール様に渡した。チュール様はパラパラとめくり、中身を確認する。


「確かにこれは正真正銘勇者の召喚に関するものだ。ノルンはこの通りにやったのだな? ならば大丈夫だと思うが……念の為、その召喚した勇者を確認させてもらえるか?」


 ご主人が「はい」と返事をすると、チュール様は呪文を唱えた。


「汝、魔王を倒すべく選ばれし者。我にその姿を見せよ」


 するとスクリーンに可愛らしい赤ん坊が映し出された。赤ん坊の傍には穏やかな笑みを浮かべた男女がいる。


「汝、我にそのステータスを見せよ」


 チュール様がもう一度唱えると、赤ん坊のステータスが表示された。



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名前:マルク

職業:勇者

HP:12587/12587 MP:22538/22538

特殊スキル:対象者限定攻撃力上昇(対象者:魔王)、対象者限定防御力上昇(対象者:魔王)

称号:選ばれし者


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「おお、成功だ」


 「勇者」の文字を見て、チュール様はホッと胸を撫で下ろした。ずっと息を呑んでいた他の神々もようやく安心したのか、ふぅと息を吐いた。


「赤ん坊は、その本に書かれている通りにケルパ村に預けてきました」

「おお、もうそこまで。ならばもう安心だ」


 召喚された勇者は、魔王城から数キロ離れたケルパ村で育てる事が最初の召喚の際に取り決められた。


 勇者は500年に1度しか召喚する事はないが、ケルパ村ではいつかまた勇者が召喚される時の為にと、代々その名誉ある使命を大切に語り継いできた。


 ケルパ村にとっても、勇者の育ての場として選ばれた事を大変名誉に感じている。実際、各世界のこうした村は未来永劫栄えるようにと、繁栄の神フレイ様の加護が与えられている。お互いにとって良い関係が築かれているのだ。


「ノルンは我が考えていたよりずっとしっかりしているな。1から順々に教えないとと思っていたが、我が言う前からもうここまでやっているとは。いや、実に頼もしい」

「フレイヤの時には随分手を焼いたもんね」

「もう! そんな昔の事忘れてよっ」


 神々は急に安心したのか、皆「あはは」と笑い、先ほどとは打って変わって和やかな雰囲気になった。


 私も思わず「そうなんですよ! うちのご主人本当にすごいんです! いつも先回りしてサラッと完璧にこなしちゃうんですよ!!」と偉大なる神々の前で声を大にして自慢したくなってしまう。


 チュール様からお褒めの言葉をいただき、私は自分の事のように誇らしく感じた。

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