神々の会議

 ご主人が初めての加護を与えてから数週間、体調は回復し、今はまた通常通りワイン作りと販売に精を出している。


 本当は随分前から体調は回復していたのだが、心配性なエーギル様が「もう少し休みなさい」とゴッドストップをかけたが為に、今日が久々のワイン販売となった訳だ。久しぶりの仕事ではあるが、特に問題なくこなせていたと思う。


 気になる事といえば、エーギル様が「そろそろ休憩するか?」「椅子に座ったらどうだ?」「代わろうか?」等と、うるさかった事くらいだろうか。


 そもそもなぜエーギル様がついてくるのだと私は問いたいが、どうやらご主人がまた誰かに加護を与えやしないかと気が気ではないらしく、見張りが目的のようだ。


「そんな子どもじゃないのだから、放っておけばよかろうに」


 これについては私もロキ様に同意だ。私もご主人の事は心配だが、当のご主人は「加護がどういうものかわかったから、もう興味なーい」といった感じで、これ以上不必要に誰かに加護を与えるつもりはなさそうだ。


 この前みたいに置き去りの赤ん坊に出くわす事なんてそうないだろうし。万が一そうなったとしても、ご主人の事だ。この前一度経験した事で、コツを掴んでいる筈だ。きっとこの前のような事にはならないだろう。




 そんな事を考えていると、ふと空から2通の手紙がご主人とエーギル様の元に舞い降りた。


「おや、もうそんな時期か」


 エーギル様は慣れた手つきで手紙を受け取り、中を確認する。ご主人もそれに倣い、声に出して手紙の内容を読み上げた。


「招待状。ノルン様。来週月曜の午前9時、神々の会議を行います。つきましては、ご出席賜りますようお願い申し上げます……なるほど」


 この手紙、やはり会議の知らせだったか。私がロキ様に仕えていた時にも何度か目にしていた。毎度「捨てておけ」と命じられ、代わりに破棄していたのでよく覚えている。


 会議なんて緊張か眠気のどちらかしか感じない拷問の時間で、出来る事なら皆それに参加したくないのだと言う(元神Rさんからのご意見)。

 ご主人はどうするのだろうか。


「私? 参加するよ、もちろん」


 どうやらご主人には、取り急ぎの用もないのに、会議を欠席するという発想はないそうだ。やはりそういうものだよなと私も思う。


 それに、他の神々に挨拶もしたいし、神とはどういうものなのかを知るいい機会なので、確実に参加しておきたいようだ。


 それなら私もお供いたします、ご主人!

 横から「物好きな奴だな」と元神Rの声がするが、私は全く気にしない。




 神々の会議当日。

 エーギル様は「やる事があるから先に行っていてくれ」との事で、別々に行く事になった。エーギル様の部屋から何やら叫び声のようなものが聞こえるが、気付かなかった事にしよう。


 もうじき出立の時刻だが、ロキ様はベッドで大きなイビキをかいて寝たままだ。ご主人は気にする様子もなく、支度を進める。


 先日ロキ様は会議の事を知るなり、ご主人が聞く前から「余は絶対に行かぬからな!」と駄々をこねた為、家に置いていく事になったのだ。


 普段は元々神であった事をアピールするのに、こういう時だけ「招待されたのは神であろう? 使い魔の余は関係ない!」と、使い魔である事を主張する。何とも子どもみたいな方だ。


 ご主人としてもそこまで連れて行きたかった訳でもなかったようで、ロキ様の主張はあっさり受け入れられた。



 ご主人と私は支度を終え、飛行の魔法で天界に向かうと、10分程で無事到着した。


「えーっと、会議室は……」


 ご主人が招待状の案内を見ながら探していると、後ろから艶っぽい声で呼び止められた。


「あら〜? かわいこちゃんが2人もいるわね」


 私達は揃って振り返ると、極端に生地の面積が少ない服を着た美しい女性が立っていた。


「初めまして、ノルンといいます」

「んっふ、もちろん知ってるわよぉ〜。あなたに加護を与えたんだから」

「え?」

「私フレイヤよ、よろしくね、ノルンちゃん♡」


 なんと、この麗しい女性はフレイヤ様だったのか。さすが愛と美の女神……彼女を纏うオーラは金色に輝いている。


「フレイヤ様、お会いできて嬉しいです」

「私もよ。ノルンちゃん会議初めてでしょ? お姉さんについてらっしゃい」


 フレイヤ様はご主人の手を引くと、ツカツカ歩いて行った。ご主人は引きずられる様にそれについていく。


「ちょっと、フレイヤ。もう少し歩くスピードを緩められないのか。それじゃノルンが倒れてしまうだろう」


 ふと男の声にフレイヤ様が立ち止まると、ご主人は勢い余ってフレイヤ様の背中に突撃した。


「あら、ごめんなさいね、ノルンちゃん。痛かったでしょ? もう、フレイったら、急に声掛けたら危ないでしょ」


 フレイヤ様が「フレイ」と呼ぶこの方は、フレイヤ様の双子の兄のフレイ様だろう。

 よく見ると、フレイヤ様にどことなく似ている。男性だと言われなければわからない程、美しい男性だ。


「ノルンは僕が連れて行く」

「あらやぁね。私が先にノルンちゃんを誘ったのよ。さ、ノルンちゃん。フレイに構わず行きましょ」


 お互いに一歩も譲らず、ご主人の手を両側から掴んで引っ張り合う。

 2人ともご主人の様子が全く見えていない。


「おふたりとも、おやめください。ご主人を千切る気ですか」

「「え? ……ご、ごめんなさい!」」


 私の言葉に我に返った2人は、同時に手を離し、謝った。


「ごめん、ノルン。君にこんな痛い思いをさせるなんて……」

「ノルンちゃん、ごめんなさい。痛がらせるつもりなんてなかったの」

「いえ、大丈夫です。おふたりにこんなに大切に思っていただけてむしろ嬉しいです」


 そう言ってにっこり微笑むご主人に、「なんて良い子……!」と2人は涙を流して感激した。


 なんかものすごく劇場型の神様だな……。



 最終的に2人は何やらゴニョゴニョ話し合い、フレイヤ様はご主人の右側、フレイ様は左側にひっついて行く事になった。

 なんだかすごく歩きにくそうだが、ご主人に気にした様子はないからいいか。

 私はそっとご主人の後ろをついていった。


 2人は嬉しそうにご主人を案内する。歩くたびに「見て見て、これ私が作った花よ。イズミって名前をつけたの」「ご覧、この木は君に加護を与えた記念に植えたんだ」と、とにかく2人の案内は尽きなかった。


 ふと、心配になったので聞いてみる。


「あの……会議の時間は大丈夫でしょうか」


 2人は途中からすっかり目的を忘れていたようで、「そうだった!」と慌てて会議室に向かった。

 会議室に着くと、チュール様を除いた神々は全員席に着いて待っていた。


 なぜだろう。余裕を持って出た筈なのに……。


「遅くなってすみません」


 ご主人が謝ると、奥に座っていた神様がそれに答える。


「じ、時間には間に合っているから……もっ、問題ないよ、へへっ」


 ご主人は小声で「あの方は?」と聞くと、フレイヤ様が「死と隠蔽の女神ヘルよ。ちょっと変わってるけど、悪い子じゃないわ」と教えてくれた。


 目が隠れる程の長い黒髪は全く手入れがされていないのかボサボサで、キノコでも生えていそうな程、ジメジメとしたオーラを纏っている。フレイヤ様とは対極のような方だ。


「イズミ、初めてだから少し迷ってしまったんだろう? ほら、おじいちゃんの隣においで。1つ席を空けておいたから」

「ありがとう、おじいちゃん。でも私は新米だから末席に座るわ」


 ご主人が下座の席に手を掛けようとすると、フレイ様がそれを止めた。


「ノルン、気にする事はないよ。僕達がこっちに座るから、君はエーギル様の隣に座って」


 ご主人がチラリとフレイヤ様の方を見ると、フレイヤ様も穏やかな笑みを浮かべながらコクリと頷いた。よく見ると他の神々も自席で頷いている。


 どうやらエーギル様は天界でもご主人の自慢話ばかりしているようで、過保護なのはここでも有名なようだ。

 神々に大分気を遣わせているな……。


 ご主人は礼を言うと、エーギル様の隣に座った。エーギル様が魔法でご主人の後ろに椅子を用意してくださったので、私はそこに腰掛けた。フレイヤ様とフレイ様も空いている席に座る。

 皆の準備が整うと、それを見計らったようにチュール様が現れ、開会を告げた。


「では、これより神々の会議を始める」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る