加護の副作用
ご主人が目を覚ましたのは倒れてから3日後の事だった。
「……ん」
「! ご主人っ!」
ご主人はまだ起き上がる事も出来ないのか、身体はそのままに目線だけこちらに向けた。
「グレイ……?」
「ご……ご主人…………よかっ……よかった……ひっ……目が……覚め……て……ひっ……」
「…………ふっ…………ふふふっ…………」
ご主人は思わず泣きじゃくる私の姿を見て体を震わせる。
「ご、ご主人っ……なんで笑ってるんですかっ! 私本当に心配したんですよ!!」
「ははっ、ごめんごめん。だって、フェンリルの姿で子どもみたいに泣くんだもん。おかしくって」
「しっ、仕方ないじゃないですかっ! あまりに起きないから心配で……人間の姿になる余裕なんてなかったですよっ!」
いつもは人間の姿に擬態しているが、ご主人が心配でそれどころではなかった。
ご主人が倒れたあの日からずっと私はご主人の傍を離れなかった。
もう離れたくなかった。
このまま目が覚めなかったら、私は自分を許せなかっただろう。
なぜあの時ついて行かなかったのかと。必死に探さなかったのかと。
でもご主人は戻ってきた。主人の傍を一時でも離れた罪深い私の元に戻ってきてくれた。
私はもう二度とご主人を1人にはしない。絶対に。
ベッドの上で少しの間休んでいると、ご主人は少しずつ身体を動かせるようになった。手足を開いて閉じてを繰り返す所から始め、腕や膝を曲げられるようになると、ゆっくり背中を傾けて起き上がろうとするので、私も人間の姿に擬態し、ご主人に肩を貸す。
「もう良いのですか?」
「うん、グレイのおかげね。私にずっと浄化の魔法やヒールをかけてくれていたでしょう? だから身体もこの通り清潔だし、痛くないわ」
「いえ、私にはそれくらいしか出来ませんので」
エーギル様を呼んで、ご主人の様子を診てもらったが、これは魔力の使い過ぎによる一時的な"加護の副作用"で、とにかく身体を休めて魔力を回復するしかないのだそうだ。
魔力消費のない時の力ですぐに回復させる事も出来るが、「魔力を使い過ぎた時の感覚をちゃんと身体で覚えて欲しい」との事で、自然に回復させる事になった。
というのも、今回このような事態になったのは、おそらく初めての事で勝手がわからず、多めに魔力を消費してしまったのが原因と考えられるのだ。二度とこのような事が起こらないよう、身をもってこの感覚を覚えておいて欲しいのだろう。
エーギル様は、こんな事なら神になった時すぐに伝えておけばよかったと後悔していた。
確かに私もご主人の立場であれば、上手くいくか心配で多めに魔力を注いでしまいそうだ。
「んー、久々に起きたらお腹空いちゃった! ご飯にしよっか」
「はい」
ご主人がゆっくり大きく伸びをして言う。
お腹が空くのは元気な証拠。私はその言葉を聞いて一先ずホッとした。
ご主人と一緒にリビングに来ると、全員揃って待っていた。
「おう、イズミン!! 随分お寝坊さんだな! 俺のが移ったか?」
「イズミ、元気になったのね」
「イズミちゃーん、おっはよー」
「いいイズミさんっ、おはおはようございますっ! すみませんっ!」
「イズミ、大事なくてよかった」
「おう、イズミ! すっかり良くなったな!」
「ふん、全く人騒がせな奴め」
「イズミ……よかったよぉおおおおおおおお」
「え、エーギル様…………またいらしてたんですね……」
ご主人の体調を診ると、「ではまた」と言って天界に帰っていったが、どうやら早々に戻ってきたらしい。こんな頻繁にここにいて、ご自分の世界の事は大丈夫なのだろうか……。
よく見ると、シェフの格好をしたイタチが食事の用意をしている。
あれはまさか……。
「オーディン様?」
私が声を掛けると、ビクリと身体を震わせ、思わず皿を落としそうになっていた。
「そうだが、何か用か。僕は忙しい。用がないなら邪魔をするな」
オーディン様は随分と機嫌が悪そうだ。というか、またイタチの姿に戻っているのか。
エーギル様はハンカチで涙と鼻水を拭うと、その件について説明してくれた。
「オーディンは私が傍でずっと監視していないといけないからな。私がこちらに来るにあたって、オーディンが魔法を使わないよう、力を封じ、イタチの姿に変えたのだ。これなら下界にいても問題なかろう」
オーディン様もこんな屈辱的な姿に戻されるなら、天界でずっと蹲っていたかっただろうな……。
「皆さん、心配かけてすみません。もう大丈夫です。ありがとうございます」
ご主人が笑顔でそう言うと、皆も嬉しそうに笑った。
「イズミン、腹減ってねぇか?」
「実はお腹ペコペコで」
「ちょうどよかった! ジャーン!! 今朝は俺達だけでご飯を作りましたー! さ、イズミンも座って座って! 早く食べよーぜ!」
病み上がりだというのに、ザックはご主人を急かす様に引っ張り、椅子に座らせた。「はぁ、まったく」といつものエマのため息が聞こえる。
私としても、ご主人の事は丁重に扱っていただきたい。
オーディン様が1人でご飯を運んでいるのを見て、ご主人も手伝おうと立ち上がるが、バルに腕を掴まれた。
「今日くらい甘えとけ」
「……はい」
ご主人はバルの提案をにこやかに受け入れると、椅子にそっと座り直した。
いや、バルはむしろ手伝えよ。
仕方がないので、私は1人オーディン様の手伝いに向かう。
オーディン様と一緒に全員の分を運び終えると、皆で声を揃えて「いただきます」と言って食べ始めた。
ザックはいつもなら我先にとガツガツ食べ進めるが、今日はなかなか食事を口に運ばず、チラチラご主人の様子を窺っている。
「どうだ、そのスープ。ニンジンは俺が切ったんだぜ!」
なるほど、そういう事か。さっきから随分落ち着かない様子だと思っていたが、これを褒めて欲しかったんだな。相変わらずわかりやすい男だ。
「すっごく美味しい」
「だろだろ? へへーん」
ザックは形が不揃いなニンジンを掴みながら得意げに言う。
「ザックは野菜切っただけでしょ」
「リオンだってそうだろ!」
「リオンのと自分の比べてみなさいよ!」
エマの言う通り、ザックが切ったニンジンは大きさや形が不揃いで、よく見ると皮の削り具合も甘いが、リオンが切ったという大根は1mm単位でズレがない。道具が変わっても、刃物の扱いはお手のものなのだろう。しかしリオンはそれを主張する事なく、黙々とご飯を味わっている。
肝心な味付けだが、意外にもどれも美味しかった。勿論ご主人の味には負けますが。
どうやら味付けはエマが担当したようだ。小さい頃から忙しい両親に代わって妹や弟達の面倒を見てきたようで、家事は一通り出来るそうだ。
意外にも料理が出来ないというセレナは、ひたすら謝りながら済んだフライパンや包丁を洗い、カインは「美味しくなーれ、美味しくなーれ」と歌いながら謎の舞を披露していたらしい。エマが「邪魔だからあっち行って!」と言うたびに、なぜかセレナが謝る光景が目に浮かぶ。
一通りの料理をつまんだ所で、エーギル様が本題に触れる。
「ところでイズミ、一体誰に加護を与えたんだ?」
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