第2章
はじめての加護
いやぁ、なんと清々しい朝だろうか。
先日晴れてご主人は神となり、私はその神に仕える神獣となった。
私の真の姿はフェンリルだが、普段はそれだと目立ってしまうので、今まで通り人間の姿で過ごしている。
ご主人も神になったとはいえ、姿形は今まで通りだし、"人間"として下界にいる時にはいわゆる神様オーラは見えなくなっている。
それに、神としての名「ノルン」を頂いた事で、ご主人がその神だと気付いていない者も多いようで、神となった今も以前と特に変わらない生活が続いている。
それでも「新しい神様は、ワイン『SONATA』が大の好物だ」という話だけは広く知れ渡り、「イズミちゃんのワインの良さがわかる方なら素晴らしい神様に違いない」と、早くもご主人は多くの信仰心を集めていた。
1つ変わった事といえば、ご主人が飛行の魔法を覚えた事だ。天界と下界を行き来するのに必要なスキルなので、習得してくれてよかった。
というより、あれだけ神の力を持っていて、飛行の魔法を持っていなかった事の方が驚きだが。
どうやらおじいさんであるエーギル様が、意図的に教えなかったようだ。
人間の身体は脆いから、万が一飛行に失敗したら、高い場所から落ちて命を落としてしまうかもしれないと思い、心配で教えなかったと。
エーギル様……過保護だな……。
確かに興味を持ったらどこへでも飛んでいきそうなご主人だが、今日は朝から家に籠り、ずっと本を読んでいる。
「どうしたんですか、ご主人。難しい顔をして」
「ああ、グレイ。ちょっと調べ物してて」
いつもなら、本を読む時は穏やかな笑みを浮かべ、まるでそこだけ時が止まり、ご主人は絵画の中にいるのではないかと思える程美しいのだが(使い魔フィルター)、今日は眉間にシワを寄せ、随分と難しい顔を続けている。
「何を調べているんですか?」
「加護」
「え?」
「だから加護よ。神が人に授ける、あの」
「ああ……なんでまた急にそんな事を?」
確かに加護を1つ持っているだけでも珍しいのに、ご主人は何人もの神から加護を与えられている。
どの神の加護を持っているのかによって得られる恩恵は異なるので、まぁ知っておくに越した事はないが。
「せっかく神になったんだし、これから神らしい事始めてみようと思って」
…………ん?
「まさかご主人が加護を与えるって話ですか!?」
「そうよ、他に誰がいるのよ」
ご主人はあっけらかんと言う。
「えっと……ご主人、加護を与えたい方でもいるんですか?」
「特にはいないけど」
「では必要ないのでは」
神は人に加護を与えられるが、与えなければいけないという訳ではない。
何千年と生きている神でも、一度も加護を与えた事のない方もいる。
「そうだぞ、加護なんてこっちには何の得もないんだからな」
「ロキ様……起きていたんですか」
「ん、さっき起きた」
さっきまでベッドでぐーすかぐーすか大きなイビキをかいて寝ていたロキ様だったが、何やら途中から話を聞いていたようだ。
まだ眠そうな顔をしている。それなら無理に話に入ってこなくてもいいのだが。
一度も加護を与えた事のない神、その1人がロキ様だ。そんなロキ様がこの件に関して出来るアドバイスなど、おそらくない。
「神に関する事なら、エーギル様に聞くのが一番早いのでは」
エーギル様はご主人に加護を与えた方の1人だ。"可愛い孫"から聞かれれば、何でも喜んで答えるだろう。
「私もそう思って天界に聞きに行ったんだけどね。おじいちゃん忙しそうだったから。近くに暇そうなオーディンがいたから聞いてみたんだけど、『そんなに知りたいなら自分で調べろ』って言うから。まぁそれもそうだなと思って」
「……とりあえずなぜご主人が本で調べているのかはわかりました」
これだけ聞くと、一見オーディン様が意地悪なように思えるが、オーディン様もまた、加護を与えた事のない神の1人だ。説明しようにも出来ないのだろう。
だとしても、わかる所だけでも教えて欲しいものだが、そこまでの優しさはあの方にはない。
「それならロキに聞いてもよかったんだけどね。ロキは加護のやり方すら知らないみたいだし」
「なっ! 余もやり方くらいは知っておる!」
「オーディンが『ロキが読む前に加護に関する書物を全て下界の洞窟に隠してやった』って言ってたけど」
「だからどこにも加護に関する記述がなかったのか……!」
「あ、今知ったんですね」
オーディン様……やる事が小さぎる。その意地悪に今更ながらに気付くロキ様もロキ様だが。
「だから仕方なくリオンに頼んで洞窟から取ってきてもらったの」
「なるほど」
そういえばこの前リオンが「未開拓のダンジョンが見つかったから行ってくる」と行って出かけていたっけ。
ギルドに依頼されてる訳でもないのに物好きだなと思っていたが、どうやらそれがご主人からの依頼だったようだ。
リオンは帰ってくるなり大金を握りしめていたから、相当に強い魔物が潜んでいたのだろう。
オーディン様もなんて場所に天界の書物を隠すのだ。それもおそらく無断で。
そういえばオーディン様の名前を久々に聞いたが。
「オーディン様は元気にしていましたか?」
あれ以来、オーディン様はエーギル様の監視下で無期限謹慎処分となり、下界に下りる事を禁じられていた。
「なんか端っこに蹲ってぶつぶつ言ってたけど、元気そうだったよ」
それは元気というか……まぁ、元気なのだろう。
「で、どうなのだ! 加護のやり方はもうわかったのか!」
「うん、それはもうわかったんだけど」
「なぬっ!? は、早いな……。では何がわからぬと言うのだ!」
なぜかロキ様は少し苛立たしげに聞く。
オーディン様に意地悪された事に今更ながらに気付いて腹が立っているのはわかるが、それをご主人にぶつけないで欲しい。
「加護の効果と影響よ。加護を与えた相手にどんな効果がもたらされるのか、加護を与えた神にはどんな影響があるのか、それを知りたいの。なのに今読んだ1冊は、使った時の体験エピソードとか感想ばっかり延々と書いてあって、肝心な事が全く書かれていないのよね」
「まぁ加護なんてそこまで深く考えてするもんでもないしな」
「ロキ様、経験者のように語らないでください」
あなた未経験でしょうが。
「オーディンってばロキに相当意地悪したかったみたいでね、そのダンジョン1回クリアするごとにランダムで1冊しか手に入らないように設定してるみたいなの。この本はハズレね。またリオンに頼んで別の本も取りにいってもらわないと」
「ご主人、その必要はありません」
「え?」
「その程度なら私が説明出来ます。神ではないので経験はありませんが、多少の知識はありますので」
「ほんと? 助かる!」
以前私がまだ他の者達よりも優れ、意欲があった頃、いずれ偉大な神に仕える時の為にと、神々に関する知識は満遍なく習得していた。
結果ロキ様に仕える事となり、不要となっていた知識だが、こんな所で役に立つとは。
「加護は、テイムとほぼ同義です。テイムと異なる点は大きく3つ。1つめは、加護は神のみが扱える力だという事。2つめは、テイムは神に対してする事は出来ないが、加護は神に対しても出来るという事。そして3つめは、加護にはテイムにはない加護特有の効果があるという事。それは、加護を与えられた者は、加護を与えた者が許可すれば、加護を与えた者の力の一部または全てを使えるというものです。テイムと似ていますが、効果は雲泥の差です」
「なるほど。ありがとう、加護の効果はわかったわ」
さすがはご主人。理解が早い。ロキ様はもう早々に舟を漕いでいるというのに。
私はロキ様にアピールするように1つ咳払いをするが、それでも起きる様子はない。
本当に一体何の為に起きてきたのだ、この方は。
「では次に加護の影響についてです。テイムも加護も、使う際に自身の魔力を消費します。消費する魔力量は、相手の魔力量に比例します。テイムの場合、使い魔である限り、主人の魔力を消費し続けますが、加護は一度与える時にだけ消費され、それ以降は影響を受けません。テイムは使い魔が魔力を吸収するイメージで、加護は神が相手に魔力を注ぐイメージです」
「相手の魔力量に対して、どのくらいの割合で消費するのかしら?」
「すみません、そこまではわかりません。ただテイムは自身の魔力量を超える相手には出来ませんが、加護はそれが可能だと聞いた事があります。加護の場合、純粋な魔力量が消費される訳ではないようです。その時の体調によっても変わってきますし、初心者の神では魔力を多めに注ぎ過ぎてしまう事もあるようです。この辺りの話ははっきりとわかっていない事も多いので、ご主人は決して無理して自分より魔力量の多い相手に加護を与えるのはやめてくださいね」
「肝に銘じておくわ」
私の説明が終わった所で、ようやくロキ様が目を覚ました。
「まぁ結局、加護は与えない方がいいって事だな」
ロキ様、私の説明をそんな一言でまとめないでほしい……。
まぁロキ様に賛同する訳はないが、実際加護は神側にはメリットがない。回復するとはいえ、自身の魔力を消費してまで相手に加護を与えた所で、何も得るものはないからだ。
それでもなお加護を与えるというのは、神が承認欲求を満たす為に他ならない。
「グレイ、ありがとう。よくわかったわ。じゃあ、ちょっと試してくるわね」
「え? あの、試すとは何を」
「加護、試してくる」
「いやあのご主人、今の話聞いてました?」
ご主人は私の言う事など全く耳に入っていないのか、気付くと私やロキ様を置いてどこかへテレポートしてしまった。
ご主人が戻ってきたのは夕飯時になってからだった。
「ご主人!! こんな遅くまでどちらに行っていたんですか!! しかも私を置いていくなんて! ひどいじゃないですか!」
「あはは。でも上手くいったよ、加護」
「えっ? ご主人、誰に与えたんですか?」
「ふふ、なーいしょ」
ご主人はそう言うと、笑顔のまま床にバタンと倒れ、そのまま気を失った。
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