選んだ未来
「イズミ。そなたさっき洗脳の力を使っただろう」
「……あ、バレてた?」
「当たり前だ。この力は元々誰の力だと思っておる」
「あはは、そうでした」
洗脳の力……以前はロキ様の持つ特別な力であったが、悪事を働いた罰として、チュール様から取り上げられ、今はご主人の力になっていた。
「ご主人、さっき洗脳の力を使っていたんですか?」
「はっ、やられた本人が気付いてないんだから世話ないな」
…………ん? やられた本人?
「グレイ、まだ気付かんのか。イズミはお前に洗脳の力を使ったんだ」
「…………えええええ!?」
「ようやく気付いたか、このマヌケが」
「ご主人酷いじゃないですか、私を洗脳するなんて!! 私は味方ですよ!!」
「洗脳だなんて人聞きの悪い。マインドコントロール、ちょっとした暗示をかけただけよ」
なんだ、マインドコントロールか。
……って、同じ事ではないか!!
全く気付かなかった……。まさかご主人が使い魔である私を洗脳するなんて普通思いもしない。
いつかけられたんだろう……。
マインドコントロール…………暗示……
…………暗示?
あの時か!!
竜巻の渦の中、死を覚悟した時に頭の中に響いたあの心地の良い声!
どこか聞き覚えのある、落ち着いた優しい声だと思っていた。
あれはご主人の洗脳によるものだったのか!!
「洗脳は何も相手を騙し陥れる為だけに使うものじゃないわ。相手の内に秘めた強さを引き出す為に使う事だって出来る。誰だって自信がない時に、自分を奮い立たせた事があるでしょう? 私達は弱い生き物よ。やらなきゃいけない状況でも、足が竦んでその一歩を踏み出せない事もある。だから暗示をかけるの。『自分は出来る! 絶対にやれる!』って」
確かにあの時頭に響いた言葉は、私を強くした。
あれだけ恐ろしいと感じていたオーディン様の存在が、なんて事ないと思えた。
私ならばやれる、ご主人を守れる、私が守らなきゃいけない、そう感じた。
そして、「神獣フェンリル」そう呼ばれた時、私こそがその尊き存在なのだと信じられた。
「おじいちゃんもね、初めてグレイに会った時に言ってたの。『グレイからは何か特別なものを感じる。もしかしたら神獣フェンリルになる器の持ち主かもしれない。本人もまだ己の力に気付いていないが、何か自信を持つきっかけでもあれば』って。だからね、ちょっと背中を押してみたの」
ちょっと…………だろうか。
洗脳と聞くと、強引に崖から突き落とされているような気がするのだが。
いや、私のような石橋を叩いて叩いて結果渡らないようなタイプの者には、これくらい強引な方がいいのかもしれない。
そうだ、洗脳だろうが暗示だろうが何だろうが、もうどちらでもいいではないか。
私はご主人を守ったのだ。それだけで十分ではないか。
たとえそれが洗脳によるものだったとしても、私自身に元々その力が備わっていたからこそ成し遂げられたのだ。
それに、洗脳されていたとわかれば、1つ抱いていた疑問にも合点がいく。
「あの時なぜか無性にご主人の側を離れたくないと思ったんです。あれは洗脳によるものだったんですね。道理で。いくらご主人が竜巻に飲まれて危険な状態だったとしても、何も出来ない自分が一緒に飛び込もうなんて……そんな無謀な事、普段の私なら絶対しないですし。私はいかなる事態でも、そこは冷静に考えるタイプなので」
それを聞いて、ご主人はふふっと笑う。
「何ですか、ご主人」
「ん? おかしいなぁと思って。その時にはまだ洗脳してなかったんだけど」
「……!?」
「洗脳したのはグレイが竜巻の渦に入ってからよ。あの時、目が合ったでしょ?」
…………しまった、墓穴を掘った。
なんて事だ……。
つまりあの時私が「ご主人の傍を離れたくない」と思った気持ちも嘘偽りなく本心で、ご主人を追ってあの竜巻の中へ飛び込んでいったのも、自らの意思という事になる。
あぁ、恥ずかしすぎて、地下深く穴掘って潜りたい……。
「ふふ、ありがとね。私の事を守ってくれて」
「い、いえ……」
と、とりあえず、この居た堪れない状況をなんとかしたいと思っていると、ロキ様がいい具合に話を変えてくれた。
「ところでイズミ。新しいスキルは何を貰ったんだ?」
「見てみる?」
ご主人は「ステータス、開示」と言うと、私達に浮かび上がってきたステータスボードを見せてくれた。
-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー
[名前]:イズミ
[職業]:神
[神の名]:ノルン
[使い魔]:グレイ(神獣フェンリル)、ロキ(元神)
[HP]:8256/8256 [MP]:12456/12456
[特殊スキル]:時の力Lv.10、付与の力Lv.10、吸収の力Lv.10、守護の力Lv.10、透過の力Lv.10、擬態の力Lv.10、創造の力Lv.10、複製の力Lv.10、空間の力Lv.10、消滅の力Lv.10、洗脳の力Lv.10、運命の力Lv.1(new!)
[加護]:チュールの加護、エーギルの加護、ヘルの加護、フレイヤの加護、フレイの加護
-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー
「…………えっとご主人、貰い過ぎじゃないですかね」
「そう? 今回貰ったのは"運命の力"だけだけど」
「あれ? ご主人こんなにスキル持ってましたっけ……?」
私が知る限り、ご主人の特殊スキルは時の力、複製の力、空間の力、消滅の力、洗脳の力だけだったと思うのだが。
見慣れないスキルがやたらと増えている気がする。しかも全て本来神にしか使えないとされる特別な力が。
「洗脳の力はこの前ロキから貰ったものだけど、それ以外は前から持ってたものよ」
「えっと、どこでこれらを?」
「ロキから貰ったの以外は、おじいちゃんから」
あの、エーギル様……?
いくら"孫"が可愛いからって、人間であるご主人にこんな易々と神の力を与えていいのか?
ご主人が悪用したらどうするつもりだったのだ。たまたまご主人が善良で聡明な人間だったからよかったけども。
それならばむしろ「貸す」と言ったロキ様の方がまだマシに思えてくる。
しかもちゃっかり加護も与えているし。
というか、加護多いな。
「…………ん!? イズミ!! そなた時の力Lv.10って……MAXではないか!! いつの間にそんなレベルを上げたのだ!」
「あーうん、なんか使い続けてたらレベル上がってて。実はもう禁じ手の縛りもないんだ」
「なぬっ!? い、いつの間に……」
おいおい。ご主人、神になる前からめちゃくちゃチートじゃないか……。
数百年生きてきたロキ様でも確かLv.3くらいだったのに……ご主人はどんだけ使ったというのだ。
というより、ロキ様が使わな過ぎたのか? 洗脳の力はこりゃ楽しいし便利だと、何度も使っていたが。
「おい、その他の力も全てレベルMAXではないか!! 空間の力もこれだけのレベルなら、消費する魔力も少なく済むだろう。もっとテレポート出来るのではないか?」
「うん、今は1日10回はいけるかな」
「それをもっと早く言わんか! それならテレポートでオーディンからも難なく逃げられたろうに!」
ロキ様は「はぁーまったく」と呆れ顔だが、ご主人は「あはは」と笑うばかりだ。
「…………ん? ご主人、この守護の力というのは?」
「あぁ、これ? これは防御系の力よ。結界を張って辺り一帯を守る事が出来るの。結界の中だとどんな魔法も無効化されるみたい」
「あの、辺り一帯とはどのくらいでしょうか」
「んーLv.10だからこの街一帯は守護出来るんじゃないかな」
「あの……でしたら、さっきご主人の力でオーディン様の攻撃を防げたのでは……」
「あはは、そうかも!」
「……」
天然か? なぜ気付かない!!
私がわざわざ出る事もなかったではないか!
もう死ぬかもしれないと思ったあの時も、実は全くピンチでも何でもなかったのかと思うと、恥ずかし過ぎてどうにかなりそうだ。
なんなら今この神獣の姿でいる事すら恥ずかしい……。
…………いや、待て。
本当にご主人はこの事に気が付かなかっただろうか。
いつもあれだけ突拍子もない策を思い付くようなご主人が、気付かない事の方が不自然ではないか?
ご主人は自分に何が出来て、何が出来ないのかを常に把握している。おそらくリオンやザック達のスキルも把握しているだろう。だからいかなる状況下でも、あらゆる策が浮かぶのだ。
それに、時の力がレベルMAXで禁じ手もないという事は、今は好きに過去や未来を行き来出来るという事だ。
おじいさんから「人は疑ってかかれ。神の言う事は信じるな」と教わってきたご主人なら、神が変わった時点でどんな未来になるのか確認しにいくのではないだろうか。
特にあのオーディン様が新しい神だとわかれば、なおさら対策を考えなければならない。
そうだ、レベルMAXという事だったが、そもそも何度も使っていないとそうはならない。
まさか色んなパターンを何度もシミュレーションして、この未来を選んだのでは……。
街も守れて、私も神獣に進化出来て、自分もオーディン様に変わって神になれる、この未来が1番得だと考えて…………。
「ふふ、どうでしょう」
「へっ?」
私の方を見てニッコリ笑うご主人。
「はっ! そうか、チュール様の加護……! ご主人、私の心を読まないでください!」
「あはは。まぁ、どっちでもいいじゃない。平和な良い未来になるのなら」
「…………そ、そうですね」
ご主人には一生頭が上がらない気がする。というか、いつから私の心読まれてたんだろう……。
洗脳はされるし、心は読まれるし、私のアイデンティティとプライバシーはどうなっているのだ。
「まぁ元気出すがよい」
ロキ様はそう言って私の肩をぽんと叩くが、あなたに励まされると余計に凹む。
「ところでイズミ。新しいスキルの内容をまだ見てなかったぞ」
「そうだった」
ご主人は「運命の力、鑑定……開示」と言うと、運命の力の詳細が現れた。
-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー
[運命の力]
自分または他者の決められた運命を書き換える事が出来る力。
禁じ手:死の運命を変える事
-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー-ー
「おい! これ余がずっと欲しかった力ではないか!」
「そうなの?」
「随分あっさりしておるが、これがどれほどの力かわからんのか。運命の書き換えなど、これ程面白いものはないぞ。オーディンの運命にあやつの嫌がる事を書き加えれば、毎日のように嫌がらせが出来るし、自分を最高神になるよう書き換えてしまえば、チュールに変わって己が1番の神にだってなれるのだぞ!」
「そんな煩悩でいっぱいだから、ロキ様にこの力が授からないのでしょうね」
「どうだ、イズミ。余にその力を貸してみないか?」
「今の話を聞いて貸す訳ないでしょ」
ロキ様は「ちぇっ、イズミのやついい子ぶりおって」とブツブツ不当な文句を言っているが、これが元神というのだから驚きだ。
これは暫く神に戻れそうにないな。神の地位を剥奪されているのだから、そもそも戻れるのかすら疑問だが、ロキ様自体はいつか神に戻れると信じている。
その割にそれが行動に表れていないのが不思議で仕方ないが。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうね」
ご主人はそう言うと、私の方を見てニッコリ笑う。
「ねぇグレイ、せっかくだからあなたの背中に乗って帰ってもいい?」
「えっ」
あの、ご主人……自分で言うのもなんですが、私一応伝説級の神獣なのですが……。
「ダメ?」
「…………どうぞお乗りください」
どれだけ伝説級であろうと、神以上の存在などいない。
私は神の命令には基本背かない方針なので、腰を下ろし、そっと背中を差し出した。
「よし、帰ろう。この先も波乱が待ってるしね! まずはゆっくり休息、休息!」
「えっ、ちょ……ご主人それどういう意味ですか!? 波乱って……まさかまだこの先もこんなのが続くんですか!? あの、ご主人! ちょっと! 教えてくださいよ!!」
私はさらっと不安な事を口走るご主人を乗せて、家まで走り抜けていった。
その日の夜は、早めに帰ってきたリオン達と朝まで飲み明かしたが、私はその日だけはどれだけワインを飲んでも全く酔えなかった。
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