進化
私は何をやっているのだろう。
無力な私が来た所でご主人を助けられる訳がないのに。
でも「そうしなきゃいけない。そうしたい」そう思った。これが使い魔としての性なのだろうか。
いや、違う。私自身がご主人という人を好きなのだ。一緒に過ごす内に、私はご主人との日々を失いたくないと思うようになっていた。
人間の寿命は短い。おそらくご主人の方が先に逝くだろう。それでも、それまでの間だけでも、私はご主人と共にいたい。出来る事なら、私もご主人と共に逝きたい。
あぁ……ご主人との穏やかな日々をもっと続けたかった。こんな事なら、もっと思う存分楽しめばよかった。
あぁ、楽しかったなぁ…………。
だんだんと意識が遠のいていった。
その後の事は自分でもあまりよく覚えていない。温かく包み込むような声が頭の中に木魂した。
ー-ー-ー-ー
グレイ、目覚めるのです。
あなたは誰よりも強く、尊き存在。
大丈夫、何も恐れる事はありません。
そう、あなたなら出来ます。
さぁ、力を解き放ちなさい。
オーディンを捕らえ、主人を守るのです。
神獣フェンリルよ。
ー-ー-ー-ー
「そうだ。私が主人を守るのだ!」
すると、突然私の身体から眩しい程の光が放たれた。
放たれた光は、私とご主人を中心にみるみる大きく広がっていく。その光が竜巻に触れると、バチバチと火花を散らした。
光はさらに勢いを増す。
竜巻は抵抗むなしく光に包まれ、やがて勢いを失って消えた。
竜巻によって浮いていた身体は、ふわりと地上に降り立った。
「グレイ……?」
竜巻が収まっても、光は消えるどころか輝きをさらに増し、私の身体全体を覆い尽くした。
ようやく光が収まると、私は気高い白狼の姿に変化していた。
「き、貴様……まさか……フェンリルだと!?」
不思議だ……力が漲るようだ。
あぁこれが……これこそが……。
私にはもはや何も恐れるものはないように思えた。
「ウォオオオオオオオオオン」
天に向かって吠えると、オーディン目掛け、炎の魔法を展開した。
ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ
ボオオオオオオオオオ
天から放たれた複数の光は、青白い炎と化し、オーディンの周りを取り囲む。オーディンは炎の壁に挟まれ、逃げ場を失った。
私がまた1つ声高に吠えると、炎はさらに燃え上がり、オーディンは恐怖に震えた。
オーディンはお得意の風魔法を使うも、炎は弱まるどころか、勢いはさらに増した。
もはやオーディンには為す術がない。
このままオーディンの身体に火の手が回る、と思われたその時。
「もうその辺でいいだろう」
聞き覚えがある、とても懐かしく温かな声が天から舞い降りた。
顔を上げると、天からは光が差し込み、麗しい御仁が姿を現した。
とても麗しく神々しい御仁が地につくと、私の魔法は解かれ、オーディンはゲホゲホと咳き込んだ。
「オーディン……」
麗しい御仁は真底呆れた様子でオーディンを見て言う。
「き、貴様……これは一体どういう事だ……!」
「はぁ……まだわからんのか。博識なくせに人の顔を覚えるのは本当に苦手だな」
「なっ!? 貴様の事は覚えている! なぜ死んだ筈の貴様がここにいるのかと聞いているんだ!!」
私達の目の前にいる麗しき御仁は、オーディンの元主人であり、ご主人の祖父であった。
「私は死んではいない。死んだように見せただけだ」
「何を言っている? そなたは死んだ筈だぞ。余もこの目で確かめたから間違いない」
おじいさんが亡くなった時にこの世界の神であったロキ様も、この件に関してはオーディン様に同意する。
「確かにこの世界での肉体はなくなった。役割を終えたからな。そもそもあの身体はオーディンの監視の為だけに用意したものだ」
「オーディンの監視? 用意した? どういう事だ? 言っている意味がわからん」
「ロキ、お前も会議に参加しないから、私の顔を覚えていないか……はぁ、本当にお前達はまったく」
おじいさんは頭を抱えるが、当の本人は首を傾げている。
「エーギル、と聞いても覚えがないか?」
ロキ様は相変わらず首を傾げたままだが、オーディン様だけはおじいさんを見て驚愕の表情を浮かべていた。
「なっ……まさか」
「私の名はエーギル、別の世界の神だ」
「なぬっ、神だと!?」
エーギル様……知らない筈がない。他の神との交流が極端に少ないロキ様に仕えていた為、お顔は存じ上げなかったが、エーギル様のお噂は聞き及んでいた。海の神として知られ、船乗りは皆崇拝の域に達していた。
まさか、おじいさんがあのエーギル様だというのか……。
「当時、オーディンがこの世界の神であった時。神々の会議の中で、オーディンが怪しい動きをしていると報告が上がった。そこで、私がこの世界の住人となって暫く監視する事になったのだ。私はオーディンの策略に気付き、先手を打って未然に防いだが、まさかその事に腹を立て、この世界を滅ぼそうとするとは」
策略というのは、ご主人が話していた「吸収の力を手にし、全てを我が物にする」事だろう。
自分の思い描いていた計画が失敗に終わったからといって、神ともあろうお方が世界を滅ぼすなど許される事ではない。
「うるさいっ!! 僕の才能を理解出来ない世界など滅んでしまえばいいんだ!!」
「馬鹿者っ!!」
エーギル様の迫力に、オーディン様は一瞬ビクリと身体を震わせるが、気を取り直すとすかさず反論した。
「……うぅ、うるさいうるさいっ!! そもそも貴様らだって卑怯だぞ! 寄ってたかって僕を騙すなんて!!」
「お前が言えた事か……」
ロキ様もそうだが、自分の事は棚に上げ過ぎだ。最初に相手を騙そうとしたのは自分自身だろうに。
「他の神々と話し合い、一度の過ちである事と、今までの功績を考え、私の使い魔とする事で謹慎処分としたのだ。それなのにお前は一度ならず二度までも……だから再度神々と審議し、もう二度とお前にこの世界は任せない事にしたのだ」
「お!」
「ロキ、何を喜んでいる。お前にも任せられないに決まっているだろう」
「……はい、すいません」
なぜ今の流れで自分が神に戻れると思えたのだろう……。ついこの間しでかしたばかりだというのに。
ロキ様は残念そうにしゅんと項垂れた。
エーギル様はご主人の方を向き、そっと頬に触れる。
「イズミ、無事でよかった」
「ありがとう、おじいちゃん」
「ごめんな、イズミ。今まで黙っていて」
「大丈夫。全部わかってるから」
「! ……お前は本当に聡くて優しい子だ」
エーギル様は神々しいお姿となっても、ご主人を見る時だけは"ただのおじいちゃん"の顔だ。
"神"としてのエーギル様の事も尊敬しているが、"ただのおじいちゃん"としてのこのエーギル様もとても素敵だと思った。
「そして、グレイ。お前は使い魔として己の危険を顧みず、よくぞ主人を守り抜いた。主人を守りたいというその強い想いが、神獣フェンリルへと進化したのだ。お前の事も私は誇りに思う」
「……も、もったいないお言葉にございます」
私は驚きのあまり声を震わせながら、なんとかエーギル様に感謝の言葉を伝えた。
このようなお言葉をいただける日が来るなんて……あの時の私は考えもしなかった。
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