神の過去

「覚えていらっしゃいませんか、私の事」

「はは、随分舐められたものだなぁ。勿論覚えているさ。僕は神の中でも一際知能の高い神だよ。何百年前の事だって昨日の事のように話せる。ましてや数日前の事など、忘れる訳がないだろう」


 オーディン様はどうにか怒りを抑えて、ご主人に答えるが、それはご主人の求めている答えではなかった。


「私と神様が会ったのは数日前が初めてではないですよ」

「何?」


 驚くオーディン様に、ご主人はさらにダメ押しの一言を告げる。


「私は、あなたがおじいさんの孫のイズミです」

「…………!?」

「はぁ……あの時は私も子どもだったし、おじいちゃんが亡くなってから10年も経ってるからわからなかったのかもしれないけど、私達5年も一緒に暮らしてたのに。どうして気付かないかなぁ」

「あの、オーディン様……まさかあなたも使い魔に……?」

「いやっ……そんな……まさか……あの時の…………うわあああああ!! やめろ!! そんな目で僕を見るなあああああ!!」


 オーディン様にとって余程消し去りたい過去だったのだろう。震えながら床に蹲ってしまった。


 ご主人からよくよく話を聞くと、時の力で戻った時におじいさんの傍にいたイタチは、どうやら使い魔になったオーディン様だったらしい。あの時は私達と距離を置いて、こちらを見ようともしないし、随分人見知りする使い魔なんだと思っていたが、今思えばあれは使い魔になった姿を誰かに見られるのが耐えられなかったのだろう。


「おじいちゃんに聞いた話だけど……」


 オーディン様が話の出来る状態ではないので、ご主人が代わりに話してくれた。


 ロキ様が神としてこの世界に来る前、オーディン様がこの世界の神だった。本の虫だったオーディン様は暇を持て余し、天界に伝わる古の書をひたすら読み漁っていた。その中で「付与の力を身に付けた者は、100人もの相手にその力を分け与えると、吸収の力を手に入れる事が出来る」との記述を見つけた。「吸収の力とは、どんな能力でも相手から奪う事が出来る」という恐ろしくも強力な力だった。「この力さえあれば、神々の中で私は誰よりも強い存在になれる……!」オーディン様は絶対にそれを手に入れてやろうと画策した。

 しかしあと少しという所で、なぜか誰からも付与の力を受け取る事を拒まれ、それが叶わなかった。その事に腹を立て、世界を滅亡させる事を目論んだものの、チュール様に見つかり、罰としておじいさんの使い魔になった、と。


「おい!! 僕をそんな憐れんだ目で見るな!!」

「聞いてらっしゃったんですね、オーディン様」

「嫌でも耳に入る!! うわああああ!!」


 なんというか本当に誰かさんとよく似ている。


「ロキ様、まさかご主人をあの場所に転生させたのは、使い魔になったオーディン様への嫌がらせの為ですか?」

「いや? オーディンがどっかのじいさんの使い魔になったとは聞いていたが、どこの誰かまでは知らなかった」

「グレイ、方向音痴のロキにそんな事出来る訳ないでしょ。あれは何も考えずにやった末に出来た偶然よ」

「なるほど」

「なるほどではない!!」


 図星なのか、ロキ様はそれ以上何も言わない。

 まぁ私は普通に辿り着けましたからね。自分で送り込んだ場所に自分で行けないっていうのは相当重症な気がします。


「というか、お前なんであのジジイに話した事以上に知ってるんだ!! 僕は吸収の力の話などしてないぞ!!」

「ああ。それはおじいちゃんがオーディン様の心の内を読んだからです」

「は? 心の内を読んだだと?」

「おじいちゃん、チュール様の加護持ちだった関係で、出会った時からオーディン様の心の中の声がダダ漏れだったみたいですよ」

「な……な…………うわああああああ!!」


 オーディン様はせっかく上げた顔を隠し、また小さく蹲ってしまった。


 無理もない。まさか人間に自分の心の中の声を聞かれているなど考えもしない。たまたまチュール様の加護があった為に心を全て読まれていたとは。


 加護を持つ者は、その加護を与えた神の力の一部を得る事が出来るとされる。与える神によって得られる恩恵は異なるが、チュール様の場合は「相手が心に思っている事がわかる」というもののようだ。


 しかしあのおじいさん、只者ではないと思っていたが、チュール様の加護持ちだったとは。ロキ様だけでなく、オーディン様も運が悪い。


「ご主人、1つ気になる事が。どうして皆付与の力を拒むようになったのでしょう? 確かに不要といえば不要ですが、ただで貰えるならば皆断らないのでは?」

「それはね、おじいちゃんが神様の企みを知って、先回りして皆に付与の力を与えていたから。おじいちゃんから力を付与された人は、その力を別の人に付与して、その人がまた別の人に付与して……それが世界中に広がって、誰もが付与の力を持った状態になったから、オーディン様が次に声を掛けた時には皆『(もう持ってるから)いらない』ってなったのよ」

「そういう事だったのか!」

「あ、今知ったんですね」


 その時のオーディン様の気持ちを考えると、発狂したくなるのも少しわかる。人にあげるだけなら簡単だと思っていたら、達成を目前にして急に誰からも断られるのだから。


「ちなみにおじいちゃんはチュール様からすでに付与の力を頂いていたの。そもそも付与の力は、自分の知識や能力を独り占めするのではなく、皆と共有して欲しいっていう思いから生まれた力なのよ。だからおじいちゃんは、沢山の人に色んな事を伝えていったわ。チュール様も、博識なオーディン様にそうなって欲しいと願っていた筈なのに」

「うるさいうるさい!! そもそも100人の者に付与したら吸収の力が手に入るっていうなら、元々僕のような神や人間を生み出すつもりだったじゃないか!」

「それはあなたの都合のいい解釈よ。相手から奪うっていうと悪い意味に聞こえるけど、付与の力があるのなら持ち主にまた返す事だって出来るでしょう? 吸収の力は、相手から知識や能力を受け取って、それを付与の力でもっと沢山の人と共有する為のものよ。付与の力を多くの者に伝えられる者であれば、きっと吸収の力もより良く活用してくれるだろうと。まぁ実際あなたみたいな神様もいるから、この事は秘密にされてきたのでしょうけど」


 どうやら吸収の力に関する書物は、強力な呪いまじないをかけられ、天界の誰も立ち入らない場所に封印されていたらしい。


 ところが、そういう曰く付きのものを好まない2人ではなく、「封印するという事は、それだけ貴重な物に違いない。それなら余(僕)がその封印を解いてやろう」と画策した。あまりに難しい解読に、ロキ様は早々に諦めたらしいが、オーディン様は長い年月をかけ、その封印を解いてしまったのだ。


「あーーーーー!! もういい、もういい、もういい!!!! もうお前の話は聞きたくない!!!! 僕は偉大なる神だぞ!! 神は誰よりも偉いんだ!! この世界の誰よりも!! だから……これ以上……僕を……僕を…………馬鹿にするなああああああ!!!」

「!! まずいっ!」


 ロキ様が気付いた時には遅かった。オーディン様は身体から黒いオーラを発すると、頭から黒く長い角が、口からははみ出る程の牙が、背中からは大きな黒い翼が生えた。元の美しい姿は見る影もない。

 気付くと、昼間だというのに、空は黒い雲に覆われ、真っ暗闇になった。


「逃げるぞ、イズミ!! 何をしておる! 早くせえ!」

「でも放っておいたら街に被害が……!」

「そんな事言ってる場合ではなかろう! オーディンの風魔法をまともに受けたら窒息する! とにかく今は逃げるぞ! くそっ、リオンめ、こんな時にいないとは……!」

「逃がすか!! お前らの事は、この世界もろとも消し去ってくれる!!!」


 ゴオオオオオオ ゴオオオオオオ


 オーディン様が息を吐くだけで巨大な竜巻が発生し、周りの木々を吹き飛ばしていく。


 私達は咄嗟に近くの太い木に手を伸ばし、どうにか踏み止まったが……これも時間の問題だ。


「うっ……なんて力だ…………」

「……っ……くっ…………どうにかオーディン様の怒りを鎮めなくては…………」


 ロキ様は木の枝を抱くように掴み、尻尾を巻きつけ、なんとか踏ん張っている。私は全身で跨るように木の幹に掴まった。風は強くなる一方だが、木の皮に爪をたて、なんとか堪える。ご主人は太い木の枝に両手でぶら下がるが、足は強風に煽られ、竜巻は今にもご主人を絡め取ろうとしている。


 もう限界だ……どうしたら……!



「きゃあっ!」


 ご主人は最後の力尽き、枝から手を離してしまった。と、同時にご主人はみるみる竜巻に吸い込まれていった。


「ご主人っ……!!」


 私は思わずそう叫ぶと、自分でも無意識の内にご主人の元へ向かっていた。

 私はご主人に向けて必死に手を伸ばす。だが、竜巻に飲まれると、ほとんど身動きが取れない。

 そのまま何度か回転させられたが、なんとか渦の中心まで来ると、私達はようやく出会えた。

 2人は見つめ合い、手を繋ぐと、最後を覚悟して目を閉じた。

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