神の再訪
新しい神オーディン様がいらっしゃった日からしばらくは何事もなく穏やかに過ごしていた。
建築中だったザック達の家も無事に完成したようで、弟子達が胴上げをして喜んでいる。リアクションが少しオーバーなのは、徹夜明けで少しおかしくなっているのだろう。
無理もない。普段の畑仕事の他にこれとは……大分ハードなスケジュールではなかろうか。
ところが当のリオンやザック達は、ギルドの依頼を受けに今朝早く出掛けて行ってしまった。どうやら遠方で大規模の討伐依頼があるらしく、2、3日は帰って来ないらしい。
それを知った時の弟子達の顔は、思い出すだけで心苦しい。それはそうだ。折角急いで建築したというのに、出来上がってみたら暫く帰らないというのだから。
彼らの事はしばらく寝かせてあげよう。
私とご主人とロキ様は、ワインを売りに街に来ていた。
「ロキ様、少しは手伝ってください!」
「なぜ余がそんな事せねばならんのだ!」
「ご主人、ロキ様が手伝ってくれません!」
「まぁ人手は足りてるし、好きにさせてあげて」
「……はい」
別に私は好きで手伝っているから、それに対して不満はない。だが、あれだけの事をしたのだ。ロキ様は本来なら何の能力も持たないただの人間としてこの世界に放り出されてもおかしくなかった。それをご主人の使い魔として、衣食住にも困らず、穏やかに暮らせている事に対して、感謝の気持ちを表そうという気はないのだろうか。
私がロキ様の態度に不満を覚えていると、それに気付いたかのようなタイミングで、ロキ様の慌てふためく声がした。
「うわっ、なんだ貴様らっ! こらっ、やめろっ! うわっ、尻尾を触るなっ!」
「わーすごーい! これ本物のドラゴン? しかも喋ってる、可愛いー」
「おい、俺にも触らせろよ。おお、すっげ! でもなんかちっちぇーな」
「黙れっ! 余を侮辱すると許さんぞっ!」
どうやら通りかかった街の子ども達にちょっかいを出されているようだ。
ちょうどいい。ここでダラダラいられても邪魔なだけだし、子ども達と遊んでいてもらおう。これも社会勉強というものだ。
「うわっ、こら! グレイ、どうにかせい!」
「皆さーん、ビンテージワインの列はこちらですよー!」
「こらっ、無視するな! グレイ!」
うん、なんかスッキリした。
私とご主人がいつものようにワインを売り終わる頃には、ロキ様はヘトヘトに疲れていた。
「はぁ……はぁ……人間とはなぜあんなにも元気なのだ」
「良い事ではないですか。皆元気だからこそ、このワインも売れるんです」
「そうね」
うん、今日も順調順調。
ご主人はロキ様の酷く疲れた様子を見て、「今日はゆっくり帰ろうか」と言うと、ロキ様を馬のたてがみに乗せ、のんびり家に向かって歩き始めた。
と、その途中、ふと「おい」と後ろから声をかけられた。ご主人は馬を止め、後ろを振り返る。
「久しぶりだな、元気にしていたか」
「あら。ご無沙汰しております、神様」
声の主はオーディン様だった。ロキ様はオーディン様に気付くと、さっきまでの疲れた様子を急いで隠し、挑発するように話し掛けた。
「誰かと思えば、オーディンではないか。なんだ、神とは随分暇なのだな」
「はは、君程ではないよ、ロキ」
「余はこの通り忙しい!」
「そうそう、君はワインを売るという誰にでも出来る仕事で忙しいんだったね」
「なんだとっ!!」
「はい、ストップ。ロキ、毎回喧嘩を売らないの。あと、売られても買わない事」
「……う、はい」
ご主人に怒られて小さくなっているロキ様を見て、オーディン様はクククと笑った。
「それで、神様。今日はどうなさったのですか?」
「ああ、そうだった。今日は君に話があってね」
「話?」
オーディン様は指をパチンと鳴らすと、ご主人の前にステータスボードが現れた。オーディン様が顎で「読め」と促すので、ご主人は怪訝な顔でそこに書かれた文字を読み上げた。
「……付与の力?」
「そう、ここには僕の持つ付与の力について書かれている。付与の力とはね、自分の持っている力を何でも相手に与える事が出来る力さ。もちろん誰に何人付与しようとも、自分の力はそのまま残る。僕は今までこの力で何人もの人間に感謝されたよ。使い方次第では、相手との交渉材料になるよ。ふふ、どうだい? 素晴らしい力だと思わないかい?」
「……なんか嫌な予感がするのですが」
「君にこの力をプレゼントしようかと思ってね!」
「やっぱり!」
本当にこの2人はやる事なす事がわかりやすくそっくりだ。特に悪い事に関して。
「おっと、勘違いしてもらっては困るよ。僕はロキみたいに『貸す』なんてケチな事はしない。これには禁じ手なんてものは存在しないし、この力は永遠に君のものだ!」
「おい、イズミ。こいつ絶対裏があるから、騙されんな!」
「どの口が言うんですか……」
はぁ……どうしてこう何事もない穏やかな日々がずっと続かないのだろう。ロキ様が使い魔になって多少うるさいものの、最近落ち着いてきたなぁと思っていたのに。
「神様、本当に懲りませんね」
「何?」
私が遠い目をして考え事をしていると、ご主人が呆れた顔でオーディン様を見ていた。
下等だと思っている人間にそのような態度をされた事に腹が立ったのか、オーディン様は眉間にきつく皺を寄せた。
ご主人は気にした様子もなく、話を続ける。
「覚えていらっしゃいませんか、私の事」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます