新しい神

 この世界の神であったロキ様が神の資格を剥奪された事で、この世界には新たな神が配属された。どうやらその件でロキ様はご機嫌斜めらしい。

 自らの羽根をパタパタと動かしながら、さっきから同じ場所をぐるぐる飛び回っている。


「なんであやつが新しい神なのだ! 余は絶対に認めん!」

「認めんって言ったって、もう決まってしまったんだから仕方ないじゃないですか」

「そうだぞ、ロキ。誰がやったってそんな変わんねーって」

「おいこら、呼び捨てするな! 余は偉大なる神……だったのだぞ! それに貴様なぜまだここにいるのだ! もう護衛の任務は終わった筈だろう!」


 ロキ様による襲撃は、ロキ様をご主人の使い魔にするという事で方が付き、その後は平穏な日々を過ごしていた。


 なのに、リオンやザック達は一向にここを出る気配がなく、なんなら彼らの住む家までバル達が今建築中との話だ。

 それまでの間は、ザックとカインはバルの弟子達と一緒の大部屋に、エマとセレナはご主人の家に、リオンは敷地内にテントを張って野宿していた。


「俺達ここに住もうかと思ってさ! 街まではちょっと遠いけど、まぁ通えなくはねーし!」

「ああ。イズミに一緒に住まないかと声を掛けられたんだ。俺達がここに住めば今後また襲われても安心だ。俺達にとっても、衣食住……とワインを提供してもらえるなら、ありがたい」


 ご主人と一緒に朝食の準備が終わると、ザックは我先にと席についた。


「まったく、はしたない奴だ!」

「いや、イズミンの飯はマジでヤバいくらい美味いんだって!」

「大袈裟な。食の味など、どれも大して変わら……美味い!!」


 ロキ様は疑いながらも、テーブルにのったスープを一口舐めると、あまりの美味しさに驚愕の表情を浮かべた。


「こら、ロキ。食べる前に『いただきます』でしょ」

「い、いただきます。……くっ、なぜ余がこんな事せねばならんのだ。人間と食事を共にする事ですら納得出来んのに」


 ロキ様は小声でまだぶつぶつ文句を言っているが、ご主人はわかっててそれを聞き流す。


 神という高貴な立場から人間の使い魔に成り下がり、プライドの高いロキ様としては、簡単に割り切れるものではないだろう。

 感じたストレスは溜め込まず、定期的にガス抜きした方がいいとの考えから、ご主人は自分に対する文句は全て許容していた。

 というより、ご主人自体言われてもあまり気にならない性格のようだ。


 実際、ロキ様も文句は言うが、ご主人の言う事には一応ちゃんと従ってはいた。使い魔としての強制力が働く場合もあるが、ご主人は極力それは使わず、基本放任主義見守り型だ。


 ロキ様の事だ。どうせ反省している姿をチュール様に見せて、なんとか神に戻してもらおうとでも思っているのだろうが。


 全員揃って「いただきます」と朝食を食べ始めると、さっきの話の続きで、新しい神の話題になった。


「で、新しい神様ってどんな神な訳?」

「卑劣で強欲な奴だ!」

「「「お前じゃないか」」」


 ロキ様の言葉に皆が口を揃えて言う。


「違う!! あんな奴と一緒にするな!!」


 いや、私も新しい神様の事は知っているが、ロキ様の使い魔だった私から見ても、2人は本当にやる事なす事そっくりだ。だからこそお互いを認めたくないし、意識している。


「あやつの事だ。余のこの姿を嘲笑いに、じきにここにも来るだろう」


 ロキ様は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、無我夢中でトーストを口の中に押し込んだ。

 皆は「しょうがないな」とロキ様を見ると、ゆっくり朝食を味わった。




 「じきにここにくる」というロキ様の予想は当たってしまった。


 ちょうど朝食が食べ終わった頃、玄関のドアがノックされた。キッチンで洗い物をするご主人と、洗い終わったお皿を拭く私は今手が離せない。

 リオンが顎で「お前が行け」と伝えると、ロキ様は「なぜ余がこんな事を……」と少し不服そうにドアを開けた。


「なっ!? 貴様っ!!」

「おやおや、美しき神であるこの僕に向かって貴様とは……随分な態度じゃないか、ロキ」

「余はまだ貴様を神とは認めておらんっ!!」

「ちょっとどうしたの、ロキ。何かあった? ……あら、神様。こんにちは」


 ロキ様の騒がしい声が聞こえたので、洗い物を早々に終わらせてご主人は駆け足で玄関に向かった。


 己を美しき神と名乗るこのお方は、金色の長い髪を一つに結き、大きなハットを被った少しキザな男神だ。

 訪問者を見ると、ご主人は穏やかに微笑んで挨拶した。


「おや、よく僕の事が神とわかったね。……ん? 君どこかで会った事……いや。きっとこの僕の神々しいオーラは下等な人間にでもわかってしまうんだろうね、ふふ」

「調子に乗るな! 貴様なんぞにオーラなどないわっ!」

「なんだとっ!!」

「はい、ストップ。ロキ、お客様に対して失礼でしょう」

「……くっ、はい」


 喧嘩が始まりそうになると、ご主人がすかさず止めに入る。


「ふはははは、無様だな。使い魔に成り下がったロキ君」

「なっ……!! 貴様だって……!!」


 ロキ様が反論しようとすると、神様はギロリと睨みつけた。ロキ様はぐっと言葉を飲み込む。


 リオンやザック達は別として、並大抵の者は、神から軽く睨まれただけで震えが止まらなくなる。今は神の力を失い、使い魔と化したロキ様だが、元は神だったからか、震えまでは起きずに済んだ。


「いけない、こんな奴と戯れている時間などなかった。僕は忙しい合間を縫って、君に挨拶に来てあげたんだった」

「それはありがとうございます」

「うむ。僕の名はオーディン。このロキに代わってこの世界を支配する事になったよ。よろしくね」

「よろしくお願いします。よろしければお茶だけでもいかがですか」

「いや、神である僕は忙しいからね。これで失礼するよ。ではまた」


 オーディン様は高らかな笑い声を響かせ、去っていった。


「相変わらずいけ好かない奴だ」


 オーディン様がいなくなると、ようやく体の硬直が解かれたのか、ロキ様は小さく舌打ちした。


「確かにな。なんかロキより腹立つ野郎だな」

「なんだ、ザック。起きてたのか」


 朝食を食べ終えてからソファで足を伸ばして寝ていたザックだったが、どうやら目を瞑ったまま話だけ聞いていたようだ。


「あやつはいつもああなのだ。余を馬鹿にしおって」

「いいじゃないですか。もうそんな会う事もないでしょうし」

「いや、あやつのことだ。きっと何か企んで、事あるごとにここに来るに違いない!」

「いや、だからお前がそれ言うなよ」


 確かに。自分からご主人に神の力を渡しておいて、なかなか返してもらえないとわかると、あれやこれやと策を練って何度も会いに来ていたロキ様が言えた話ではない。


「まぁ彼の事なら大丈夫よ」

「え? ご主人、オーディン様の事何かご存知なんですか?」



 ご主人からは「んー?」と誤魔化されてしまったが、私はそんなご主人の様子を見て、また何かが起きる予感がしていた。

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