決戦の時

「存分に楽しんだ事だし、これで最後にしてやろう。ふははは、待っておれ」


 リオンの予想通り、神は最後にリオン達を洗脳しようと目論んでいた。

 


 ご主人には何やら作戦があるようだが、何度聞いても詳しい内容は教えてくれなかった。リオンとは何やらコソコソ話しているようだが。



 "その時"は、空が暗くなってから訪れた。

 ご主人から「今夜は冷えるから」とフード付きのローブを渡され、リオンやザック達は皆フードを目深に被り、任務にあたっていた。


 しかし、それが失敗だった。フードで侵入者の気配に気付きにくくなっていたのだろう。

 神は背後から忍び寄り、目が合うや否や洗脳の魔法を発動させると、リオン、ザック、エマ、カイン、セレナは次々と呆気なく神に洗脳された。


「ふはははは! これでもうお終いだ!! さぁ、行け! 工場も畑も人間も全てぶっ潰してしまえ!!」



 ゴゴゴゴ……ドゴォオオオオオ



 地響きと共に、神様の声が鳴り響いた。リオン達は躊躇なく工場や畑に向かって突進していく。


 畑の木は薙ぎ倒され、工場の窓や壁は次々に破壊されていった。


 私とご主人が襲撃に気付いたのは、木が倒れた音に驚いて外に出た時だった。


「おや、ようやく気付いたか。だが今更気付いてももう遅い。そなたの1番の護衛とやらは余の言う事だけを聞く人形だ。おっと、こやつの事は殺すなよ。こやつが死ぬのは、余に力を返してからだ。さあイズミ、どうする? 1時間持ち堪えられるかな? だが、その間に何人もの人間が犠牲になるだろうなぁ」

「……っ」


 ご主人が悩んでいる間にも、畑は荒らされ、工場は壊されていく。

 だが、止めようにも禁じ手以外に私達の力で高ランクの彼らを止める術などない。





 もはやこれまで、と思われたその時。



「そうはさせるかよ!!」


 ドカッ!


「うっ!」


 突然何者かが目の前を素早く通り過ぎ、神様の背中に飛び蹴りした。


 ザックだ。

 ザックだけではない。リオン、エマ、カイン、セレナも武器を構えて立っていた。


「なっ!? どういう事だ!?」


 神様は死人でも見たかのように驚きを隠せない。


「ははっ。間抜けだなぁ、神様。神なのに本物と偽物の区別もつかねぇのかよ。あんたが洗脳したのは、イズミンが複製の力で作った俺達の分身だよ!」

「なっ……!?」

「どうすんだ? 洗脳の魔法は使い切った。もう俺達を洗脳する事は出来ないぜ?」


 ザックが神を煽るたび、リオンは一歩ずつ神に近付いていく。


「もうお終いだ」


 リオンは神様に向けて手をかざし、魔力を込めた。

 神様は咄嗟にこの場を立ち去ろうとするが、ザック達に行く手を阻まれ、逃げるに逃げられない。


(くそっ……!)


 神様は小さく舌打ちすると、リオンを見つめ、洗脳の魔法を発動した。


「!!」



 リオンの手は、魔法を放つ事なく静かに下された。



「ふははははは!!! 油断したな!!」



 ザックを含め、誰もが言葉を失った。


「神様……まさかあなたは禁じ手を……」

「ああ、そうだ。この力は気に入っていたのだがな。仕方がない。他の力が全て戻ってくると思えば安いものだ。さて形勢逆転だな、イズミ。これからどうする?」

「……っ」


 ご主人は唇を噛み締めた。


 Aランクのパーティーとはいえ、4人が束になってもリオンには到底敵わない。リオンを抑え込むなど、5分が限度だろう。ザックも悔しいが、それは自分が1番よくわかっていた。


 それでもなんとかしなければ……。

 ザックは剣に手をかけるが、ご主人は手を重ね、首を振る。


 リオンはみだりに誰かを傷つける事に耐えられない。それが洗脳によるものだとしても、大切な仲間を傷つけた自分を生涯許す事は出来ないだろう。リオンにそんな思いはさせたくなかった。


 もはやご主人が禁じ手を使う他に道はなかった。


 くっ……なんて酷な決断をさせるのだ。今まで与えられた全ての力を失うだけではない。禁じ手を使うという事は、リオンをご主人自らの手で殺す事を意味する。


 ご主人は重圧に耐えきれなくなったのか、弱々しい足取りで1歩ずつリオンに近付いていった。


「ご主人……」

「ふはははは!! ようやく覚悟を決めたか! よーし、いいだろう。リオン、動くでないぞ。さぁ、イズミ。やれ! さっさとやってしまえ!!」


 ご主人がリオンの前に来ると、最後の希望を込めてリオンを見つめた。リオンもご主人を見るが、その瞳は感情そのものを失ってしまったかのように、何の感情も示さない。


「リオン……」


 リオンは「動くな」という命令に背く事なく、ピクリとも動かない。


 ご主人の瞳から1粒の涙がこぼれ落ちた。


 リオンはその涙を見ても、1mmも揺らぐ様子はない。もはや涙の意味すら忘れてしまったようだ。


 ご主人は俯き覚悟を決めると、そっとリオンの頬に触れ、神の力を発動した。


「ごめんね……」


 ご主人の手から光が放たれ、リオンは気を失った。


「リオン……!」

「ふはははは! はーーーはっはっはっはっ!! やっと余の力が全て戻ってくる! 長かった。ようやくこの時が来た。イズミ、そなたもよく頑張った。人間にしてはよくやった。分身を使って余を上手く騙せた事までは評価してやろう。だが、1歩及ばなかったな。まさか余が禁じ手を使うとまでは思わなかっただろう! ふははははは!!」


 くっ、こんな男が神だと……。神とはもっと尊いお方ではないのか。


 幼い頃、「神とは誰よりも強く、誰よりも優しく、目の前にすると、思わず平伏してしまう程の尊いお方なのだ」と教わった。だからその神に仕える事は何よりの幸せなのだと。

 私もそう信じ、その為にいかなる誘惑にも耐え、直向きに努力してきた。


 なのに……なのに……私が幼い頃に夢見ていたのはこんな男の使い魔だったのか。


 むしろ人間であるご主人の方が、私が真にお仕えしたいと思える尊いお方だ。この方が人間で、あの男が神ならば、私はもう神の使い魔になど戻りたくはない。


 悔しい。何も出来ない自分が情けなくて悔しい。ご主人にこんな辛い思いは1度たりともさせたくはなかった。


 私にもっと……もっと力があれば……!



「…………ん、もう終わったのか」

「へ?」

「な……な……貴様っ!! どうしてっ!!」


 神が驚くのも無理はない。死んだはずのリオンが目を覚まし、起き上がったのだから。


「なるほど、イズミの言った通りだったな」

「なんだと!? き、貴様……どういう事だ!! リオンに消滅の力を使ったんじゃないのか!!」

「まさか。そんな事しませんよ。神の力は使いましたけど」


 神の力は使った。だが消滅の力は使っていない。


 どういう事だ。




 ……まさか!


「そう、私はリオンに時の力を使ったんです」

「何っ!?」

「時の力は、傷や病気何でもなかった状態に戻す事が出来ますよね? だから洗脳状態も戻せるんじゃないかと思って」


 そうか。ご主人はいつもどれだけ酔っ払っても、数分後には時の力で"なかった"状態にしていた。

 元々洗脳されていなかったのであれば、洗脳されていない状態に戻す事が出来るのか……!


「ただ、これには2つ問題がありました。1つは、神様が洗脳の力を使い切っていなければいけないという事。リオンに2度洗脳魔法をかけられたら、私達はなす術がありませんでした。だから、先にリオン達の分身で上限の5回を使い切っている必要がありました。神様には悟られるかと思いましたが、意外と上手くいきましたね。2つめは、私がリオンに確実に触れなければいけないという事。時の力を他者に使う場合、その相手に触れなければいけません。だから、神様に『私がこれからリオンに消滅の力を使う』と信じ込ませ、神様の方からリオンに『動くな』と命じていただきたかったんです」

「上手くいったな」

「はい、私女優になれるかもしれません」


 ご主人はニッコリ笑う。



「き……貴様ら…………余をコケにしおって……っ……」


 神様は今まで感じた事のない屈辱を受け、怒りに震える。


「余は…………余は偉大なる神であるぞ…………人間ごときが……人間ごときがその神を侮辱するなど……っ……もう絶対に許さん!!」


 神様は声を張り上げると、自身の魔力をあるだけ両手にかき集めた。我を忘れ、もはや死も覚悟の上で、私達に一か八かの攻撃を仕掛けるつもりだ。


 まずい……!



 だが、それは空から差し込む一筋の光によって防がれた。


「許さん? ロキよ、何を許さんのだ?」

「!! チュール様……!」


 光に慣れてくると、そこには美しく神々しい男性が立っていた。最高神チュール様だ。私は地に跪き、頭を下げた。ロキ様も慌てて魔力を戻し、膝をつく。


 神の中でも序列があり、私がかつて仕えていたロキ様は神としてはまだ新米だった。


「えーと、チュール様。本日はいかなる御用向きでしょうか?」

「ロキ。お前が禁じ手を犯した事、すでに承知しておる」

「はっ! 洗脳の力については、これを最後に返還いたします」


 ロキ様はチュール様をさっさと帰したいのか、聞き分けよく返事する。


「ロキ、誤解しているようだが、返還するのは洗脳の力だけではない」

「といいますと?」


 ロキ様はそっと顔を上げ、様子を伺いつつ先を促す。


「お前はたった今より神としての資格を剥奪する」

「…………は?」

「聞こえなかったか? お前は今から神ではなくなったと言ったのだ」


 ロキ様がチュール様の言葉の意味を理解するのに暫く時間がかかった。



 ようやく理解すると、ロキ様は縋りつくような声で弁解する。


「お、お待ちください! 確かに余は禁じ手を犯しました。でもそれは洗脳魔法に関する事だけ。洗脳の力を返還するだけで済む筈です!」


 ロキ様のこの言葉にチュール様は怒り、声を荒げた。


「愚か者っ!! お前の愚行は我や他の神の耳にも入っておる。先日の会議で、お前の処分が決定した。他の神から『即、剥奪!』との声が多かったところを、我がなんとか収め、『禁じ手を犯したら』という条件で納得させたのだ。それまでにお前が心を入れ替えてくれると信じて……」


 チュール様はとても悔しそうに、そして悲しそうに唇を噛んだ。


 一呼吸して覚悟を決めると、さらに酷な内容をロキ様に告げた。


「お前の持っていた神の力は全てこのイズミに授ける。イズミが禁じ手を犯したとしても、今後お前に返還される事はない」

「なっ!?」

「それからお前は今後イズミの使い魔となり、人間の世界を学べ」

「なっ!? なぜ余がこんな人間ごときの使い魔に……!」

「黙れ!! お前に断る権利などない!!」


 チュール様はもはや付け入る隙もない程にピシャリと告げ、ロキ様に向けて魔法を放った。

 ロキ様が白い光に包まれると、徐々に身体は小さくなり、姿形を変えていった。光が収まると、ロキ様はドラゴンの姿に変化していた。ドラゴンといっても名ばかりで、私の半分程の背丈しかない小さな小さなドラゴンだ。


「なっ!? なんだ、この身体は!?」


 変わったのは姿形だけではなかった。声はしゃがれた濁声に変わり、元の威厳のある声は微塵も感じられなくなっていた。

 ロキ様はあまりの己の退化に言葉を失い、しばらく放心状態から抜け出せなくなった。


「さて」


 チュール様はロキ様を放置したままご主人の方を向くと、穏やかに語りかけた。


「イズミ、使い魔は主人に手出しは出来ぬ。お前が望まなければ、今後お前やお前の周りの者を傷つける事はないだろう。悪いが、ロキの面倒を見てやってくれるか。存分にこき使っていいから」

「わかりました」

「うむ。お前には神の力を授けたが、禁じ手を犯せば、それは我に返還されるから心せよ。お前なら大丈夫だと思うが」

「はい」


 ご主人の心強い返事を聞くと、安堵の笑みを浮かべ、チュール様は光に吸い込まれるように消えていった。

 チュール様の姿が見えなくなると、工場や畑は光に包まれ、荒らされた畑も壊された工場の窓も元通りになっていった。

 全てが元通りになると、光は収まり、綺麗な星空が広がった。




 終わったのだな……そう思える綺麗な星空だった。

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