神の策略
強盗を捕まえた日の翌日からは昼夜問わず襲われた。全て未遂に終わっているが。
それでも油断は出来ない。強盗だけでなく、普段この辺りでまず目にする事のない高ランクの魔物までもがどこからともなく現れ、一度に何匹も襲いかかって来るようになったのだ。
リオンやザック達でなければ、取りこぼしていただろう。
念の為、工場での販売は暫くお休みし、ご主人が街に売りに行く時にはリオンが護衛につく事になった。
ご主人がバルにその旨を伝えると、「残念だけど仕方ねえよな!」と言いながら小さくガッツポーズしていたのは忘れない。
おい、あの頼りがいのあるバルはどこに行った。
日に日に刺客は増えていったが、リオン達の集中力が途切れる事はなく、全て問題なく対処していた。
それなのにリオンはどこか見えない敵を警戒するかのように、終始険しい表情を崩さなかった。
私はリオンの様子が気になって注視していると、ふとリオンと目が合い、彼の方から声を掛けられた。
「少しいいか。2人だけで話がしたい」
「!」
元は神の使い魔だった私は、人間より大分長く生きている。それでも見た目が幼いので、大抵の場合は子ども扱いされていたが、この男だけは違うようだった。
「お前はイズミの弟だと聞いたが、本当はそうではないのだろう?」
「気付いていましたか」
「ああ。人間とは違う気配を感じた。人間の姿に擬態出来るという事は、それだけ高位種族なんだろう」
さすが世界最強の男。気付かれたのは初めてだ。
ちなみになぜ私がご主人の弟という事になっているかと言うと、ワインの販売を手伝う内、「夫はいないと言っていたし、恋人にしては幼過ぎるし」という理由で、街の人達が「弟」と勝手に結論づけたからだ。
……街の人達テキトー過ぎる。
「元は神に仕えていました。今はイズミ様の使い魔です」
「なるほど。それなら頷ける」
「詳しく聞かないのですか?」
「必要ない。敵意がないのなら、どちらでもいい」
「助かります」
周りにこの事を隠しているつもりはないのだが(そもそも私は誰の前でも「ご主人」と呼んでいる)、いちいち説明するのが面倒なのだ。
"イズミの弟"であっても、"イズミの使い魔"であっても、やる事は何も変わらない。
リオンは一呼吸置いてから本題に入った。
「グレイはこの現代に洗脳魔法が存在するという話を聞いた事があるか」
「!!」
「知っているのだな」
知らない訳がない。私はその魔法を使える方をよく知っている。
「まさか今回の強盗に洗脳魔法が使われていたのですか?」
リオンは静かに頷いた。
そんな……まさか今までのも全てあの方の仕業だったというのか……。
私は唇を噛み締めると、意を決してリオンに話をする。
「洗脳魔法は、1日1時間、5人までなら相手と目を合わせるだけで洗脳状態に出来ます。魔力を消費すれば、その限度を超えて使用する事も可能です。その場合には、その術者は二度とその魔法を使えなくなりますが」
「1時間……一時工場や畑を襲わせるくらいなら十分だな」
「はい。そして私がかつて仕えていた神が得意とする魔法です」
「神が……いや」
リオンは一度浮かんだ推理をすぐにかき消した。
だが、おそらくリオンの予想は当たっている。
「いえ、もし洗脳魔法が使われているのだとしたら、間違いなくその神の仕業です。この世界をよく知る私でも、この現代で洗脳魔法を使える方はあの方以外に知りません。おそらく神様はご主人を追い込み、禁じ手を使わせるつもりなのです」
「禁じ手?」
「命を消滅させる事」
「! ご主人……!」
ふと後ろから発せられた声に驚いて振り返ると、ご主人が凛として立っていた。
「いつからこの話を」
「『お前はイズミの弟だと聞いたが』の辺りからかな」
「……つまり最初からって事ですね」
なんとなくそんな気がしました。
リオンが話しながら時々私とは違う方を見ているなとは思っていた。
「というか、なぜ消滅の力の禁じ手をご存知なんですか? 神様からその話はなかった筈ですが」
「鑑定で調べたからに決まってるじゃない」
ご主人はあっけらかんと言う。
「…………えっと、ご主人鑑定魔法なんて使えましたっけ? 転生の時には付与していないと思うのですが」
「うん、6歳の時から使ってるよ」
…………6歳?
ってほぼずっとではないか!!
「……あの、どこで習得を?」
「おじいちゃん」
おじいちゃん!!
いや、おじいさんから習得って、どうやって? 鑑定なんて教えられて出来る類いのものではないと思うのだが……。
驚いて何も言えずにいる私に、ご主人はもう一発爆弾をぶち込む。
「今まで貰った力も全部鑑定してたのよ? おじいちゃんからの教えでね、『人を簡単に信じちゃいけない。まず疑ってかかりなさい。特に神様の言う事は全部嘘だと思って聞くんだよ』って」
おじいさんなんて事を教え込んでるんだ……。無邪気に笑うご主人だが、言っている事は恐ろしい。
「あ、そうだ。グレイも見てみる?」
ご主人は「消滅の力、鑑定……開示」と言うと、私達の目の前にステータスボードが現れた。
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「消滅の力」
目に見えるものであれば、如何なるものでも消滅させる事が出来る力。
ただし、禁じ手を犯した場合には、時の力、複製の力、空間の力、消滅の力は、直ちに持ち主である神ロキに返還される。
禁じ手:命の消滅(生物への使用)。
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「…………ん? ちょっと待ってください。禁じ手が生物への使用? 神様の話だと、どんなものでも消す事が出来るって話でしたよね? これじゃ蟻を1匹殺しただけでも禁じ手になるじゃないですか!」
「『どんなもの』でもというか、『どんな物体』でもって感じかな? どんなに小さくても、生き物を消滅させるのはダメみたいよ。あ、もちろん神様の事もね」
危なかった……。神様の話では、大抵のものは消滅出来るような言い草だった。ご主人が慎重だったからよかったものの、まさかこんなトラップを仕掛けてくるとは。
本当に油断ならない。
時の力、複製の力、空間の力、消滅の力……これらの力は全て元は神の力だった。神はその力を取り戻そうと必死になっている。取り戻す為なら何だってするだろう。そこで誰かが命を落とそうとも、仕方のない犠牲と捉えるだけだ。
今まではほとんど静観するだけだった神様が、誰かを洗脳してまで攻撃してきている。今度はきっと本気だ。
少し黙って何かを考えていた様子のリオンがポツリと呟いた。
「相手は神か……」
リオンは微かに顔を曇らせる。
無理もない。いくらこの世界で誰よりも強いと言われているリオンでも、神と戦った事などないだろう。
「リオンさん、神も全能ではありません。あの方は戦闘を得意とする神ではない。あなたなら恐れる相手ではないでしょう」
それを聞いて少し安堵したようだが、リオンにはまだ不安要素があるようだ。
「イズミを洗脳して無理矢理禁じ手を使わせる事はないのか?」
「それはないと思います。自分の意思以外で禁じ手を使ったとしても、それは"ご主人が禁じ手を使った"事にはなりませんので」
「なら気を付けるのは、俺が洗脳される事だな。一度洗脳状態になったら、自分で洗脳を解く事は出来ないのか?」
「私が知る限り神様の洗脳を解いた人はいません」
リオンは複雑な表情を浮かべた。
(ワインや工場、あの空間を守りたい。どれだけ凄腕の冒険者が挑んで来ようと、どれだけ強い魔物が束で襲って来ようと、何度だって追い返す。だが、もし俺が洗脳されてしまったら……誰が俺を倒すというのか。この世界で1番強いとされるSランクソロ冒険者であるこの俺を)
「もし俺が洗脳されたら、迷わず禁じ手を使ってくれないか」
「リオンさん、それは神様の思う壺です」
「しかしっ……」
リオンは悔しさに顔を歪ませる。
プロの冒険者として、自分の意思に反して罪のない者を傷つける事が許せないのだろう。
だが、その心配はご主人の言葉で一瞬の内に消え去った。
「大丈夫です。私に考えがあります」
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