番外編 -リオン 剣士の葛藤-

 こんな風に誰かと食事を共にするなど、いつぶりだろうか。

 リオンはイズミやザック達と朝食を食べながら、ふと昔の事を思い出していた。




 俺は幼い頃から父の厳しい指導の下、剣術や魔法に磨きをかけてきた。騎士団随一の剣豪と名高い父に手解きを受けるなど、誰もが羨む環境だった。俺はその恵まれた環境に驕る事なく、毎日血も滲むような鍛錬を続けてきた。全ては父のような立派な剣士になる為に。


 気付くと、同じ年頃の相手で俺に敵う者は1人もいなくなっていた。

 それでも父は俺の事を一度も褒めなかった。どれだけ大会で素晴らしい成績を残しても、賞賛の言葉が与えられる事はなく、代わりに新たな課題が与えられる。


 俺は無心で課題をこなした。父に言われた通り、ただひたすらに。

 それなのに目指すべき場所はいつも遠くに感じられた。


 そんなある日、鍛錬の合間の唯一の楽しみであるワインを飲みに酒場に向かうと、珍しく馴染みの店が混雑していた。


「おう、相席いいか?」

「ああ」


 そこで偶然出会ったのが、ギルドマスターのマックスだった。俺は静かにワインを楽しみたかったが、マックスは初対面にも関わらずお構いなしに話しかけてくる。


 最初は淡々と聞かれた事だけ答えていたが、俺もその日は珍しく酔ってしまったのか、気付くと自分の事を話し始めていた。


「俺は今まで父の言う事は何でも聞いてきた。鍛錬だって欠かした事はないし、与えられた課題は全てこなしてきた。なのに俺は今まで一度も父に認めてもらった事がない」

「そんなに親父さんに認めてもらいたいのか?」

「父に認めてもらう事が、剣士として一人前になった証だ」

「お前は親父さんが基準なんだな」

「……悪いか」

「いや? だが親の指示に従ってるだけじゃあ、親は超えられないぜ?」


 父を超える……?


 俺は幼い頃からずっと父のように強くなりたいと願い、父の背中を見て努力してきた。いつかその背中に追いつく為に。

 その父を超えるなど考えた事もなかった。


「俺は父を超えられるのか……?」

「さあな。それはお前次第だ」

「俺次第……」

「なあ、冒険者になってみないか? 冒険者は自由だぞ。だが、自由ってのは制約があるより難しい。課題は誰も与えちゃくれない。課題は自分で見つけるんだ。冒険者になれば親父さんを超えられるって保証はないが、少なくとも今の指示待ちのままじゃ、親父さんには勝てないだろうな。まあ、どうするかはお前次第だ。俺はギルドマスターのマックス。お前がその気なら、いつでも登録待ってるぜ」


 俺は暫く悩んだが、家を出て冒険者になる道を選んだ。父は少し驚いていたが、反対はしなかった。むしろどこか安堵しているように見えた。

 父もまた模索していたのかもしれない。真の強さというものを。


 俺はそんな父を見て、己と向き合う為にソロの冒険者になる事を決めた。己の力だけでどれだけやれるか試したい。

 そしていずれは父を超えたい。


 俺はただ無心で依頼をこなした。依頼をこなせば、何かが見えてくる気がしたからだ。

 結局その"何か"はわからなかったが、気付くと世界一の称号を手にしていた。


 それでも父を超えられたのか未だにわからない。世界最強と認められても、まだ何かが足りないような気がしていた。


 何かが足りない……俺には何が足りないんだ。

 俺はひたすら1人で考えたが、答えはついぞ出なかった。


「パーティーでも組んでみればいいんじゃないか?」


 思い立ってマックスに話してみると、そんな答えが返ってきた。

 人が真剣に話しているというのに……と思わずムッとしたが、マックスもいたって真剣だった。


「そんなに考えてもわからないなら、そもそも自分の中に答えがないって事だ。だったら誰かに教えてもらうしかないだろ」

「だからといって、パーティーというのは飛躍し過ぎだ」

「そうか? 自分と違ったタイプの奴と組めば、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれないぞ」

「それは剣の道に反する。強さとは、ただひたすらに己自身と向き合って見出すものだ」

「剣の道に誰にも頼るななんて精神はねえよ。誰かと一緒に過ごす内に自分に足りないものに自然と気付かされる事がある。それは己と向き合っていたからこそ見出せるものだろ」

「だが父は誰にも頼らず、1人でやってきた」

は違う。お前は誰かと関わる事から逃げたいだけなんじゃないのか? 俺には都合のいい言い訳にしてるようにしか見えねえな」



 図星だった。


 俺は昔から人の感情を汲むのが苦手だった。相手が何を求めているのかわからない。自分の感情の伝え方もわからなかった。


 そんな事、誰からも教わってこなかった。


 今までにも何度かパーティー入りを誘われた事があったが、どれも全て断ってきた。「ソロで頂点に立たなければ、たった1人で極め続けた父を超えた事にはならない」そう自分に言い聞かせた。

 自分に都合のいい言い訳だった。


 1人は楽だった。誰にも干渉される事はない。己の為だけに生きられる。


 それなのに、煩わしいとすら感じていた人との関わりが、今の不安な心を落ち着かせてくれている。

 俺は、今のこのイズミやザック達のいる、少し賑やか過ぎる生活も悪くないと思い始めていた。






「……万が一の時には頼む」


(リオンがあんな事言うなんてな……)


 ギルドでリオンを見送った後、マックスは昔の事を思い出していた。


 俺とリオンが初めて会ったのは馴染みの酒場だった。どうやらリオンにとってもそこは馴染みの店らしく、時々カウンターで1人で飲む所を目にしていた。

 リオンは俺の事を知らないだろうが、俺はリオンの事はよく知っている。この街でリオンを知らない者はいない。


「数々の大会で優勝を掻っ攫い、静かに去っていく男」


 女はクールだなんだとキャーキャー言っているが、男はその飄々とした姿に尚更悔しがり、俺はこの酒場でも恨みつらみをよく耳にした。

 リオンは酒場に現れる度に周りからの視線を集めていたが、当の本人は気にする素振りもない。視界にすら入っていないみたいだ。


 そりゃこんなに相手にされないんじゃ余計に悔しいだろうなぁ。

 そんな彼らに同情するが、1番になる事に興味のない俺にとっては他人事だ。これからも関わる事はないだろう、そう思っていた。


 その日は珍しく酒場が混んでいて、リオンはいつものカウンターではなく、丸テーブルに1人で座っていた。

 俺が声を掛けたのは、ほんの興味本位に過ぎなかった。


「おう、相席いいか?」

「ああ」


 リオンはそれ以上話したくないって顔だった。


(へぇ〜、そんな顔されちゃあ、余計に話したくなるな)


 根っからの天邪鬼な俺は、話をさっさと切り上げたいリオンの気持ちを知りながら、酒を注ぎつつ何度もしつこく話しかけた。

 酒の強さには自信があった。


 剣じゃお前に勝てないが、酒なら俺は負けないぜ。


「俺は今まで父の言う事は何でも聞いてきた。……」


 10杯を超えた辺りから、ついに難攻不落のリオンが落ちた。リオンは表情を変えず、ポツリポツリと話し始めた。



 随分難しく考えるんだな。自分で自分の糸を絡ませてる。リオンも、リオンの親父さんも。

 話を聞いた最初の印象だった。


 2人はあまりに似ている。似ているからこそ上手くいかない。

 どれだけリオンが頑張っても、同じ道を歩んできた父親からすれば、そこに新たな発見はない。ただ自分の"コピー"が出来上がっていくだけだ。


 おそらくそれは父親自身も望んでる事じゃない。そんな事しか出来ない自分にも腹立たしく感じている筈だ。だが、それ以外のやり方がわからないんだろう。


 どうにかしてやれないもんかと考えていると、ふと頭に浮かんだ事が思わず口から出ていた。


「なあ、冒険者になってみないか?」


 今はもうただの興味本位ではない。リオンの内面を知る内に、「リオンの行く末を見届けたい」そう思うようになっていた。


 リオンにもいつか本気で守りたいものが出来る。それが己の力だけでは到底守りきれない時、この男はようやく壁を壊せる。


 己が強くなる為ではなく、誰かを守る為……目的が自分以外の誰かに変わった時、足りないものが見えてくる。足りないものは補えばいい。

 壁は1人で乗り越える必要なんてない。乗り越えられないのなら、誰かと一緒にぶち壊してしまえばいい。


 リオンがそう思えた時、"真の剣士"になれるだろう。俺はそれを見届けたい。



 …………いつになるんだろうな。まあ気長に待つとするか。




 あの時そんな風に考えていたが、世界一になっても変わらなかったリオンが、今まさに壁を壊そうとしている。大切なものを守る為に、誰かと協力して成し遂げようとしている。


「俺は引き続きここの護衛をする。俺達で対処するつもりだが……万が一の時には頼む」


 あいつは「で対処する」と言った。なら大丈夫だ。



 俺は真っ直ぐ前を見据えて、リオンからの吉報を信じて待ち続けた。

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