護衛の実力

 日中も襲われないとも限らないので、善は急げとばかりに各々早速工場に向かった。

 リオンは飛行の魔法で、ご主人と私は馬で、ザック達は馬車で向かった。

 最初ザック達は徒歩で向かう予定だったが、ご主人が「それならば」と馬車を手配したのだ。これで遅くとも、夜までには彼らもこちらに到着するだろう。

 ご主人が工場に着くと、リオンは既に10分程前に到着していたようだった。


「すみません、お待たせして」

「いや、問題ない」


 リオンはすでに任務を開始していたようで、畑を鋭い目で監視していた。ご主人に気付くと、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。


 畑やお店の復旧状況はというと、分身達の時の力とバルの錬金術と弟子達の懸命な努力によって、元の姿を取り戻していた。


 ご主人はお店を覗き、バルを呼んだ。


「おう、イズミ。早かったな」

「ただいま、バルさん。紹介します。この方が護衛依頼を受けてくださった方の1人でリオンさんです」

「リオンだ。よろしく頼む」

「おう、よろしくな。俺は葡萄は好きだが、武道は全くだから頼んだぜ!」

「ああ」

「……」


 バルが小声で「おい、こいつ冗談通じねえな」と言うが、リオンでなくとも笑えない。



 その後、畑や工場で弟子達や分身達の紹介が済むと、リオンはまた畑の周りで護衛の任務を始めた。


 もうすぐ夕飯時かという時にザック達も無事到着したので、顔合わせも兼ねて皆で食事を共にする事になった。


 リオンは「その間、護衛が手薄になる」「俺はもう顔合わせは済ませた」としきりに夕飯の誘いを断るので、ご主人が屋外でご飯を食べる事を提案すると、「それならば」とどうにか納得してくれた。


 小さなランプの灯りと、夜空に浮かぶ星の光だけが辺りを照らす。

 ご主人お手製の料理が並ぶ中、最後にビンテージワイン「SONATA」がテーブルに置かれると、思わず「おぉ」と皆感嘆の声を上げた。


「皆さん、好きなだけ食べて飲んでくださいね!」

「「「いただきます!」」」


 ザックはクイっと一気に乾杯のワインを飲み干すと、自分でワインを注ぎ足し、骨付きチキンに豪快にかぶりついた。


「護衛中だ。飲み過ぎると任務に差し障る」

「よへいなおへわだっふの!!」


 口いっぱいに頬張るザックを呆れた顔で見ていたエマと目が合った。


「あ、私は弓士のエマ。ちゃんと話すのは初めてよね」

「僕は魔術師のカイン、よろしくねー!」

「わわ私は、治癒士のセレナですす、すみませんっ」


 ザックとばかり話していたから気付かなかったが、他のメンバーも大分個性的なようだ。

 綺麗なエメラルドグリーンの髪を1つに結いた実質リーダーのエマ、先程からずっとニコニコ笑っているカイン、なぜか謝るセレナ。

 それぞれ個性は強いが、お互いがお互いを尊重し、上手く調和がとれているようだ。



 自己紹介も済んで各々団欒していると、ふとリオンの顔つきが変わった。


「しっ」


 リオンはテーブルの灯りを素早く消すと、小声で私達に合図した。ザック達も頷き、そっと耳をそばだてる。



 カサカサッ カサカサカサッ

 ガサガサ ザザザッ

 カサカサッ カサカサカサカサッ

 ガサガサ ザザッザザザッ



 音がだんだんこちらに近付いてくる。1人ではない。複数、それも結構な数だ。

 高ランクの冒険者とはいえ、この人達だけに任せて大丈夫だろうか。



 だが、そんな不安はすぐにかき消された。


 リオンは相手の敵意を確認すると、一気に対象に近づき、1人、また1人と音もなく倒していった。あまりの早さに、まだ他の対象者はその事に気付いてさえいない。


 ザックもそれを見て「負けてらんねぇ」とばかりに、「おらおらおらおらぁーー!!」と剣を振り回し、次々になぎ倒していく。


 エマは「はぁ、はしたない」と1つため息を吐くと、弓を構え、勢いよく引いた。放たれた魔法の矢は5本に分かれ、ザックが取りこぼした者を含め、対象者を一気に射抜いていった。


 カインは「あはは、僕もいっくよー!」と魔法を放ちながら駆けずり回り、すれ違う対象者を残らず丸焦げにしていった。


 セレナは魔法で広大な畑全体を覆う程の結界を張り、畑に被害が及ばないよう守っていた。どちらかというと、味方であるカインの魔法から。




 数分もしない内に、静かな時が戻った。


「えー! もう終わりー? つまんないのー」

「カ、カインさんっ、これ以上は、わ、私が持ちませんからっ、すみませんっ」


 リオンとザックは強盗を全員縄で縛りつけると、ご主人の元に戻ってきた。強盗は30人以上にも及んでいた。


「明日になったら、彼らをギルドに引き渡す」

「お願いします」

「それから」


 リオンは少し言い淀むが、一拍置いて言葉を続けた。


「強盗は捕まえたが、まだ油断は出来ない。明日以降も護衛は続けた方がいいと思う」

「あ! お前ワイン飲み放題だからって、この依頼長引かせようとしてんな?」

「お前と一緒にするな」


 リオンは複雑な表情を浮かべていたが、ご主人は最初からそのつもりだった。


「はい、私もお願いしたいと思っています。引き続きよろしくお願いします」

「ああ」

「オッケー、任せとけ! ……で、とりあえず今はディナーの仕切り直しって事でいい?」

「はぁーまったく」


 エマはため息をつくが、バルは豪快に笑ってそれを受け入れた。


「ガハハ、お前いいぞ! もっと飲め飲め!!」



 その日の晩はもう強盗が襲ってくる事はなく、綺麗な星空を眺めながら、長い長い宴会が続いた。





 次の日の早朝、リオンは1人ギルドに向かっていた。

 本当はザックも同行する予定だったが、昨晩飲み過ぎたせいで、まだ大きなイビキをかいて眠っている。


 リオンはギルドに着くと、受付で荷馬車ごと強盗を引き渡し、ギルドマスターとの取り次ぎを頼んだ。


「おう、リオン。どうした。聞いたぞ、今イズミちゃんとこの護衛依頼やってんだろ?」

「ああ。強盗は捕らえた。その事で少し話がある」

「! わかった。俺の部屋で聞く」


 リオンの様子を見て、ギルドマスターのマックスもただならぬ雰囲気を察知し、奥へ通した。



「なんだ? そんな厄介な話なのか?」


 マックスは部屋に入るなり言う。


「ああ。捕まえた連中に吐かせたら、皆口を揃えて言っていた。突然見知らぬ男から声を掛けられ、『あそこは元々有名な盗賊の隠れ家だった。彼は道半ばで死んでしまったが、これまで盗んだ数々のお宝はまだ世に出ていないという話だ。どうやらあの畑のどこかにその金銀財宝が眠っているらしい』。そう唆されたと」

「で、その話を信じたバカ共が一斉にあの畑を襲ったって訳か。なるほどな」


 まぁ工場が襲われたのは、それに託けて盗みを働こうとしたか、お宝を見つけられなかった腹いせに当たり散らしでもしたんだろう。マックスは納得する。


「念の為イズミにも確認したが、あの畑に金銀財宝はないそうだ」

「確認したのか…………まぁいいが。まさかそんな事言いに来たんじゃないだろ?」


 マックスは核心に触れる。


「その内の何人かは洗脳されていたと言ったらどうする?」

「はあ? おいおい、冗談だろ。洗脳魔法なんて実在するのかよ」

「俺も聞いた事はなかったが、あれは確かに洗脳されていた」

「今も洗脳されてるのか?」

「いや、今は解けて普通に戻っている」

「ならお前の気のせいじゃ……わり」


 リオンがきつく睨みつけたので、マックスはばつが悪そうに謝った。


 だが、無理もない。洗脳魔法など遥か昔にごく一部の魔術師だけが使っていたとされる、今となっては失われた魔法だ。

 人を洗脳し、思い通りにする力など、そうそうあっては困る。魔法を学ぶ上で存在自体は皆知っているが、失われてよかったと思われていたものだった。


「だが、もしそれが本当なら、ただの強盗目的じゃないって事だぞ」

「ああ。これは金品を盗むのが目的の単純なものではない。おそらくイズミの工場や畑を荒らす事自体が目的だ。しかもそれを目論んでいる男は、強力な魔法を使える」

「お前が俺を呼んだ理由がわかったよ」

「俺は引き続きここの護衛をする。俺達で対処するつもりだが……万が一の時には頼む」

「お前がどうにもならない事を、俺らがどうこう出来るとは思えないけどな。まあ善処するよ」

「助かる」


 リオンはギルドを出ると、急いで工場に戻った。




「おかえりなさい、リオンさん。朝食出来てますよ」

「ありがとう、頂く。……ザックもようやく起きたか」

「あったりまえでしょう! イズミンが美味い飯作ってくれたって言うんだから、そりゃ目が覚めるっしょ!」


 リオンは「調子のいいやつだな」と少し呆れ顔で言うと、昨日と同じ席に着く。

 他の皆も席に着くと、「いただきます」と言って食べ始めた。


(美味しい。昨日も美味しかったが、このスープも格別だ。……む、ザックがまた口いっぱいに詰め込んでいる。あれではまるでリスだな)


 リオンはクスリと笑う。



(そういえば、誰かと食事を共にするなど、いつぶりだろうか)


 1人が好きで、ずっとソロで冒険者を続けてきたリオンだが、今のこの賑やか過ぎる生活も悪くないと思い始めていた。

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