強力な協力者

 私とご主人は、街のギルドに来ている。ギルドは程よく人で賑わっていた。


 ご主人が不慣れな様子で辺りを見回していると、冒険者達に声を掛けられた。


「あれ? イズミンじゃん! どうしたの?」

「皆さん、どうも。実はギルドに依頼を出したいんですが、勝手がわからなくて」

「それならあそこの受付で出来るぜ。俺達がついてってやるよ」

「ありがとうございます」


 ここの冒険者達の多くはご主人の作るビンテージワインの愛飲者で、街までいつも販売に来ているご主人は顔がよく知られていた。


 たまたま声を掛けてくれた冒険者達は、赤髪の剣士ザックという冒険者をリーダーとして、弓士のエマ、魔術師のカイン、治癒士のセレナからなるAランクのパーティーメンバー達だ。


「おう、エミリー。この子イズミンって言うんだけどさ、依頼出したいんだって。ちょっと手続きしてやってくんね? 慣れてないみたいだから丁寧にな」

「もぅーザックさんてばぁ、わかってますよぉ。私だってぇあのビンテージワインの大ファンなんですからぁ」


 エミリーというこの受付嬢は、ピンクのツインテールの髪型が特徴の、のんびりした話し方をする女性だ。


「うちのワインを飲んでくださってるんですね、ありがとうございます」

「こちらこそぉ。依頼内容をぉ聞いてもいいですかぁ? 依頼のランクはぁ、内容を聞いた上でぇこちらで決めさせて頂きますぅ」

「うちのお店や畑、工場の護衛依頼をお願いしたいです。昨晩うちに強盗が入ってしまって」

「なにぃ! イズミンとこに強盗とはけしからんやつだな!!」


 ザックは心配だったのか、ただの野次馬根性か、まだ近くで話を聞いていたようだ。


「もう〜ちょっとぉ、ザックさん! 話をしてるのは私ですぅ! 邪魔しないでくださいよぉ!」

「おっと、わりぃー」


 ザックはばつが悪そうに頭をかくと、一歩後ろに下がった。やはりこの後も話は聞くつもりらしい。


 エミリーはまだ少し不満そうだが、"邪魔者"が一歩後退した事に一先ず納得すると、ご主人に被害状況を確認した。ご主人は今朝の出来事を事細かに説明する。


「なるほどぉ。それならぁ期間は最長1週間で出してぇ、それでも捕まらなかったらぁ、もう一度依頼を出す形の方がぁいいと思いますぅ。期間を決めないとぉ、ちゃんと仕事しない冒険者さんもいるのでぇ。この感じならぁCランク以上の冒険者さんがぁ3、4人いると安し」

「はいはいはい! それなら俺達ちょうどいいじゃん! Aランクだし! 4人いるし! 俺達がその依頼受けてやるよ!」

「ザックさぁーーん?」


 何度同じ事を繰り返すのか。またも話を邪魔されて、エミリーはザックをジトリと睨んだ。ザックは「はは、すんませーん……」と苦笑いすると、さらに2歩下がった。


「まぁ確かにぃ〜ザックさんのパーティーに任せるならぁ、安心ですけどぉ」


 エミリーのまさかのご指名に、ザックは「だろ? だろ?」と無言でアピールする。今度は邪魔しないよう意識しているようだ。動きは十分うるさいが。


「あんな人達ですけどぉ、仕事はちゃんとやってくれますしぃ、良いと思いますよぉ。この依頼はぁCランク相当なのでぇ、ザックさん達の普段の報酬に比べたらぁ低いですけどぉ、本人が良いって言ってるからぁ1日につき銀貨10枚でいいと思いますぅ」


 銀貨10枚……4人いるから銀貨40枚。1週間だと銀貨280枚。追加依頼で1ヶ月まで延長したとしても……うん、全く問題なさそうだ。ご主人も大丈夫そうな顔をしている。


 リーダーのザックはお調子者すぎてちょっと心配だが、他のメンバーは穏やかそうだし、Aランクのパーティーならそれなりに強いのだろう。


 ランクが高ければそれだけ報酬も高くせざるを得ないが、今回はCランク相当の報酬という条件なので、それをAランクにやってもらえるなら、これ以上のお得感はないだろう。


 ご主人が「お願いします」と言いかけた所で、横からそれを遮るように涼やかな声が響いた。


「その依頼、俺が受けよう」


 ご主人と揃って振り返ると、そこには銀髪で色白の男が立っていた。割って入るように、受付のテーブルに手を置き、こちらを覗いている。上質な衣服と装備を身につけている所を見ると、高ランクの冒険者なのだろうか。


「り、リオンさん!?」

「リオン!?」


 気付くと周りには人集りができ、ざわめきが起こっていた。有名な冒険者なのだろうか。


「えっとぉ……リオンさん、今なんて言いましたぁ?」

「この護衛依頼を受けると言ったんだ」

「ちょーーーっと待った!!」


 ご主人から引き離すように、ザックはリオンの肩を手で掴む。


「お前が受けるような依頼じゃねぇだろ!!」

「この依頼はCランクだろう? なら俺も受けられる。報酬も先程聞いた銀貨10枚で問題ない」

「Cランク相当の依頼を受けるSランクがどこにいんだよ!!」

「えっと……あの?」


 目の前で言い争う2人を見て、ご主人が困った顔をしている。ザックのパーティーメンバーにとってはいつもの事なのか、離れた所から呆れ顔で眺めていて、止める気もなさそうだ。

 リオンの方がご主人の困った様子に先に気付き、胸に手を置き、頭を下げた。


「失礼した。俺はこの街でSランクソロ冒険者をやっているリオンという。この依頼、俺にやらせてほしい」

「だからお前のやる依頼じゃね……え?」


 突然ただならぬ殺気を感じてザックがぎこちなく振り返ると、エミリーは全身から黒いオーラを放ちながらニッコリ笑っていた。

 だが、目は全く笑っていない。

 ザックは青白い顔で「ご、ごめん……なさい」と謝ると、掴み掛かろうとした手を離した。


 ザックが静かになったのを確認すると、エミリーはようやく黒いオーラをかき消した。他のギルド職員から「ふぅ」と安堵の声が聞こえる。どうやらエミリーを怒らせたらいけないというのは、このギルドでは暗黙の了解のようだ。

 エミリーはリオンの方に向き直ると、何事もなかったかのようにまた笑顔で話を続けた。


「リオンさん〜実際このバカ男の言う通りぃ、この依頼はぁCランク相当なんですぅ。Sランクのリオンさんがぁ受けるような依頼じゃないと思うんですぅ」


 ザックはエミリーが元に戻ったのを良い事に一瞬で元気になると、「そうだそうだ、ほれみろ」と口パクでアピールした。

 本当に反省しない男だ。


 実際の所、どうやらリオンと名乗るこの男には、普段はAランクのザックのパーティーメンバー全員の報酬を合わせても足りない程の報酬額を提示しなければ引き受けてもらえないらしい。Cランク相当の報酬額である1日銀貨10枚は破格中の破格の値段のようだ。


「この依頼は俺が受けたい。俺なら1人で護衛出来る」

「リオンさん〜どうしてぇそこまでこの依頼にぃこだわるんですかぁ?」


 すると、リオンは頬を赤らめ、潤んだ瞳でご主人を見つめた。ご主人も思わずリオンを見つめ返す。その瞬間、辺りはまるで2人だけの世界のようだった……。


 リオンは何度か目を逸らしたり見つめたりを繰り返した後、意を決したようにご主人の目を真っ直ぐに見つめた。



「あ、あなたのワインが好きだからだ……」



 リオンは恥ずかしそうに目を逸らす。

 ご主人はきょとんと首を傾げている。


「……」

「……大袈裟なんだよ、てめえは」


 誰もがその様子に声を失っていた所で、最初に抜け出したのはザックだった。


「大袈裟ではない! こ、こんなに美味しいワインを飲んだのは初めてだったんだ! ここのワインが危険に晒されていると知った以上、他の仕事を受けている場合ではない!」

「おい、お前への指名依頼溜まってんだろうが! ここは俺らに任せてそっちを受けろよ」

「お前に任せておくのは心配だ」

「何だと、てめ」

「はい、ストップー!!」


 また2人の言い争いが始まりそうな所で、エミリーがすかさず止めに入った。


「ギルド的にはぁ、提示した報酬額でいいならぁ、Sランクのリオンさんが受けてもぉ、Aランクのザックさん達が受けてもぉ、どっちでも問題ないですぅ。決めるのはぁ、ご依頼主様ですねぇ」


 エミリーがそう言いながらニッコリご主人の方を見ると、リオン、ザックも揃ってご主人を見つめた。「俺を選べ俺を選べ俺を選べ……」という呪文を唱えながら。


「もし、この報酬額でいいのなら……」

「いいのなら?」


 全員がゴクリと音を立て唾を飲み込む。


「ザックさんのパーティーとリオンさん、両方にお願いしたいです。うちは敷地が広いですし、皆さんで護衛していただいたら、きっと皆も安心すると思うので。もちろん1日銀貨10枚ずつ皆さんにお支払いします」


 ご主人の発言にニッコリ笑顔で頷くのはエミリー。腕を組み、「ふん」と納得した様子のリオン。「足引っ張んなよ」とさらにリオンを煽るザック。

 各々反応は異なるが、皆が丸く収まる判断だったようだ。


「皆さん、よろしくお願いします」


 ご主人は期待と感謝を込めて頭を下げた。





 神はその一部始終を、柱の影から見物していた。


(ふはははは。そっちがそうくるなら、こちらもそれに報いねばな。この前のはまだほんの序の口よ。今度はもっと本気を出してやろう。神を甘く見るでないぞ!)

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