報復のはじまり
次の日の朝。
「いい、イズミさん!! ちょっと来てください!!!」
いつものように街へ出掛ける準備をしていると、バルの弟子達が大慌てでやってきた。
「どうしました?」
「とにかく来てください!!」
ただならぬ雰囲気を感じ、ご主人と私は急いで弟子達について行った。
弟子達が畑の前で立ち止まると、その光景に私達は目を疑った。
「なんだこれ……」
畑は見るも無残な状態だった。
木の枝は折れ、幹は傷つき、葉は散り、そこにぶら下がっている筈の実は全て地に落ちていた。
「朝いつものように来てみたら、こんな状態だったんです……」
ご主人はいつも街までワインを売りに行って疲れているだろうに、次の日の朝すぐ収穫出来るようにと、毎日帰ってから時の力で成長を早め、葡萄を常に熟した状態にしている。
ご主人自身はそれを「私がただ実がなるのを見るのが好きでやってるだけだから」と謙遜するが、これを1日も欠かす事なく続けるのは並大抵の事ではない。
その葡萄は全て潰れた状態で地に落ちていた。そこら中に複数の靴の跡が乱雑に刻まれている。誰かが故意に荒らしたのは明白だ。
ご主人は複雑な表情でこの状況を見渡した。
使い魔になってからずっと誰よりも近くで見てきたが、ご主人のこんな顔は初めて見る。
「うわ!! なんだこりゃあ!!」
今度は店の方からバルの叫び声がする。
「まさか」私達は急いで向かった。
やはりこちらも散々な状態だった。窓は割られ、店の中の物は壊され、床にガラスの破片や物があちこちに散乱している。そしてここにも複数の人間の足跡があった。
「ああー!! 昨日の分の売上も全部持ってかれちまってる!!」
バルは「許せねえ! 昨日は一発ギャグまでやったっつーのによ!!」と悔しさを滲ませる。
……この人は一体どんな接客をしているんだ。
バルの事はさておき、とにかくこれは異常事態だ。
この一部始終を木の影からそっと見つめている者がいた。
「ふはははは、困っておる、困っておる。さぁ、思う存分禁じ手を使え。折角のチャンスだ。余も傍で見守っていてやろう」
神は今後起こるであろう事を想像し、歓喜に身を震わせていた。
ご主人は暫く現場を厳しい目で見つめていたが、意を決すると、畑に向けて手をかざし、消滅の力を発動した。
すると地中に根差した木々だけが残り、地に落ちた木の葉や実、枝は1つ残らず消えてなくなった。
あまりに一瞬の出来事に、私達は皆言葉を失った。やはりこの力は強力だ。あれだけのものを一瞬で消し去るのだから。
だが、当のご主人は何事もなかったかのようにこちらに振り返り、淡々と言う。
「ちょっと街に行ってきますね」
「お、おう。……って、街? 今ワインの在庫はないぞ。何しに行くんだ?」
「ギルドに護衛依頼を出してきます。分身を置いていくので、皆さんはここの復旧をお願いします」
「なるほどな! わかった、ここは任せとけ!」
いつになくバルが頼もしい。弟子達や分身達にテキパキ指示を出すと、皆無駄のない動きで作業を始めた。分身達の時の力とバルの錬金術があれば、ここはもう大丈夫だろう。
バルは気が向いた時にしか動かないムラのある人間だが、ここのワインの事で動かなかった事はない。
弟子達もそうだ。師匠であるバルからの命令だから動いているのではない。
私やご主人と同じように、バルや弟子達も自分達の作ったワインが大好きなのだ。愛情深く育てたものを汚されれば、誰だって腹が立つ。
それは穏和なご主人であっても。
イズミは神を本気にさせた。
だが、神もまたイズミを本気にさせた。
どちらの本気がより勝るのか。
これから神と神の力を持つ人間との本気の戦いが始まろうとしていた。
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