こだわりの共演

「よし、じゃあさっそく取り掛かろう!」


 神様を見送ると、ご主人はくるりとこちらに向き直って言う。


「取り掛かるって、何にですか?」

「決まってるじゃない、オリジナルのビンテージワインの製造販売よ!」



 それからのご主人は早かった。

 まず時空魔法で過去に戻り、おじいさんに相談。


「オリジナルのワインを売りたい? なら葡萄畑とワイン工場を作らなきゃだな。この辺の土地は私のだから、好きに使いなさい」


 簡単に言うが、おじいさんの言う「この辺」とは、貴族のお屋敷に匹敵する程の広さだ。


 後で知った事だが、おじいさんの家が人里離れた場所に寂しく建っていたのではなく、隣家が見えないくらいおじいさんの家の敷地が広すぎただけだったのだ。

 街から離れた田舎にあるとはいえ、このおじいさん一体何者なんだ?


「そうだ、知り合いに腕のいい大工がいたな。あいつの土魔法はこの国随一だ。よし、あいつに15年後のワイン工場の建設を頼んでおこう」

「ありがとう、おじいちゃん!」

「お礼はワインでな!」


 現代に戻ると、それを見計らった様にバルと名乗る肩幅の広い男が、10人程の弟子を引き連れやってきた。


「おう。あんたがじいさんとこの孫娘か?」

「はじめまして、イズミといいます」

「話は聞いてる。とりあえず3週間くれ。立派な工場を作ってやる」

「ありがとうございます! お願いします!」


 バル達が工場の建設に取り掛かっている間、ご主人も出来る所から作業を進める。


 まず10人の分身を作り、葡萄畑にする土地の雑草を抜いていく。ご主人本人は街に行き、商業ギルドで登録を済ませ、葡萄の苗木、樽、空のボトル、真っ新なラベルシールを1つずつ購入する。


 畑は広大な上、分身は1日2時間の制約があるので時間がかかるが、ご主人に焦る様子はない。

 それから1日2時間、分身と一緒に畑を耕す生活を続けて1週間程で畑を耕し終わった。


「じゃあ次は葡萄を植えていきましょう!」


 そう言うと、ご主人は葡萄の苗木を大量にコピーし、分身達は等間隔でその苗木を植えていった。

 ご主人は分身達の後ろにつき、植え終わった苗木に触れ、時の力で成長を早めていった。

 すると、苗木はみるみる成長し、一瞬で立派な葡萄の実がなった。


「うん、完璧! 農業って楽しい!」

「これを農業と呼んでいいかは甚だ疑問ですが……」


 ご主人がやった農業らしい事といえば、畑を耕した事くらいだ。

 なんならご主人は農業用の牛車に乗ったまま畑を行ったり来たりしただけで、それも農業と呼んでいいものか甚だ疑問だ。


 それなら「実った葡萄の実を大量にコピーした方が効率的では」と提案したが、「それじゃ農業っぽくない!」というご主人の謎のこだわりによって却下された。


 ……まぁご主人が楽しいなら何よりです。





 その日のうちに葡萄畑は完成し、その夜ご主人はワインのラベルデザインを考えていた。


「うーん、ビンテージワインだから、シックで渋めな感じの方がいいよね。でも高級感は損なわないように、文字の色は金色に統一で……あ、全体的に生成りっぽい色味の方がビンテージ感出るかな。そうだ、絵はあえて入れずに、文字だけのシンプルな感じにしましょう。名前は……そうね。『SONATA』でいっか」

「SONATAとはどういう意味ですか?」

「そのまま『あなた』って意味。神様って私の事『そなた』って言うでしょう? なんか聞く度に気になって話が入ってこなかったのよね。ワイン作りが出来るのも神様のおかげっちゃおかげだし、感謝の意味も込めてね!」


 ご主人、ああ見えて話ちゃんと聞いてなかったのか……。私も人の事言えないが、ご主人も大概神様への扱いが酷い。

 神様にはこの由来の話は内緒にしておこう。



 ラベルも無事に完成したので、ボトルに貼り付け、ご主人はそれを大量にコピーした。


「明日になったら、分身達に地下の倉庫に運んでもらうとして、今日は遅いしもう寝よっか」

「はい、お疲れ様でした」


 全く疲れてなさそうだけど。



 と、まぁそんなわけで、無事何事もなく、これといった苦労もなく、ご主人の方の準備は完了した。

 後は工場の完成を待つだけ……と思っていたその翌日、ドンドンドンと大きな音で玄関のドアがノックされた。

 ご主人が「はーい」と言ってドアを開けると、大工のバルとその弟子達だった。


「工場、完成したぞ!」

「え? 完成まで3週間かかるんじゃあ?」

「ああ、そうだったんだけどな。畑の進み具合見てたらよ、こりゃこっちも負けてらんねぇと思って急いだぜ!」


 ガハハと豪快に笑うバルの後ろで、弟子達は瞳が見えない程にクマが何重にも積み重なっていた。


 ご主人は何かを察したように、


「ありがとうございます! お礼に今晩はご馳走しますので、お食事もお酒もいくらでも召し上がってくださいね!」


 と言うと、


「お酒も……!!」


 弟子達の瞳に輝かしい光が戻った。



 一体どれだけ弟子達に無茶させたんだ……。

 あのクマの数を見るに、おそらく殆ど一睡もしていないだろう。ご主人はそこまで急かせていない筈なんだが。


 まぁ、何はともあれよかったよかった。これで少しは弟子達も報われるだろう。


 その日の夕飯は、それはもう盛大に盛り上がった。





 次の日の午後。


「おう、イズミ。昨日はありがとよ」

「こちらこそありがとうございました」

「さっそくだが、工場に案内していいか?」

「お願いします!」


 どうしてそうなったのか、バル達は昨日の晩はひたすら朝まで飲み続け、ご主人の家の屋根の上で器用に寝ていたらしい。朝起きたら大の大人が屋根に積み重なって寝ているから心底驚いた。

 今日は1日寝ているだろうと思ったが、自分達の自慢の出来を早く見てもらいたくて、目が覚めたようだ。



 バルや弟子達の後ろについて工場に向かうと、まずその外観に度肝を抜かれた。


「すごい……!」


 ご主人も思わず感嘆の声を上げる。


 この大男のどこにその感性があるのか、ボトルの形をした紫色の細長い建物の横に、半円柱の大きなの茶系の建物が並んでいる。樽だ。樽が半分地中に埋まっているデザインになっている! その樽の上には、大きな葡萄の形のオブジェが乗っていた。


「わぁーこれ左側のはワインボトルの形になってるんですね! えっすごい! 本当にワインが入ってるみたい!! しかも右のは樽のデザインですよね? えー! 上に葡萄も乗ってるし! すごい、憧れのア◯ヒビールの本社みたい!!!」


 こんな興奮したご主人は見た事がない。あまりの早口に、目が回りそうだ。

 ただ、ものすごく喜んでいるのはわかる。ア◯ヒビールというのはよく知らないが、ビールに反応する所がさすが酒好きと言ったところか。


「ガハハ、その様子じゃ大成功だな!」

「僕達も寝ずに頑張った甲斐があります!」


 喜んでもらえてバルも嬉しそうだ。作り手にとって、相手の喜ぶ顔が何よりのご褒美なのだ。

 弟子達に至っては、涙目になっている。バルに随分と無理をさせられたのだろう。思わず昔の自分を思い出し、弟子達に共感の眼差しを送った。


「この樽がワイン工場で、隣のボトルは販売スペースになってる。イズミは街まで売りに行くって言ってたが、ここでも販売したら、ここに人が集まって村が活性化するだろ」

「そうですね! ありがとうございます!」

「……ん?」

「どうした? グレイ」


 よく見ると、ボトルの建物の後ろにもう1つ小さな建物が隠れて建っている。こっちは普通の民家だ。


「あの、ボトルの後ろの建物は何ですか?」

「おう、よく気付いたな! あれは俺達の住む家だ!」


 ……ん? 俺達の住む家?

 私は確認するようにご主人の方を見るが、ご主人もきょとんとしている。ご主人も全く聞いていない話のようだ。


「俺達もここで働く。いいよな? イズミ」

「えっバルさんこそ、いいんですか? お仕事は?」

「ガハハ、そこは気にすんな! 俺達は美味い飯と酒さえありゃあ、喜んで働くぜ。畑の管理は任せとけ。こいつら元は農家の出だから、役に立つぞ。俺はこの販売スペースで店番でもしとくわ」

「ありがとうございます!」



 おじいさんが勧めるだけあって、バルは街で腕がいいと評判の大工だ。バルに建築を頼んだ店は絶対に繁盛すると専らの噂で、店を開く時は誰もがバルにその店の設計を頼みたがる。

 だが、気が向かないと仕事を受けないので、最近は殆ど仕事をしていなかった。弟子達も「これじゃ修行にならない!」と嘆いていた所に舞い込んできた久々のお仕事が、このご主人のワイン工場の建設だった。


 ちなみに、私達の知る通り、この依頼は15年も前から決まっていた事だが、ワンマン経営者のバルは当然弟子達にその旨を伝えておらず、弟子達には前日にこの仕事が伝えられた。

 あまりに急なお達しに最初は驚いたものの、すぐに「これはまたとないチャンス!」と目を輝かせた。弟子達はバルが気が向かない間の別の仕事はないかと常日頃から探していたのだ。

 そこで、「ここで働けば、美味しいワイン飲み放題ですよ!」とバルを上手く唆し、その気になったバルが「じゃあ俺達の住む家も作らなきゃな!」と言って弟子達に作らせた、というのが事のあらましのようだ。


 そういう事は普通家を作る前に家主であるご主人に相談するものだと思うが……。勝手に作って有無を言わさぬという所がいかにもこの男らしい。

 ……いや、ただ何も考えていないだけか?


 それにしても、こんなガラの悪い大男が接客って……イメージ的に大丈夫なんだろうか。どう見ても接客向きには見えないのだが。

 まさか大変な畑仕事は弟子達に任せて、自分だけ楽する為にこの販売スペースを作ったんじゃないだろうな?


「じゃあ、私の分身達が工場でワインの製造をします」

「おう。といっても、そんなやる事はねぇけどな」


 バルに案内されて工場の中に入ると、葡萄を入れると自動で粉砕したり圧搾したりする機械が全て備わっていた。


 どうやらバルは土魔法だけでなく、錬金術も得意らしい。この街には他にも錬金術を使える者がいるにはいるが、複雑な機械や道具となると、その構造や設計を理解していないと作る事は出来ない。

 バルは何も考えていないようで、こと設計に関しては天才的な頭脳を持っているのかもしれない。


 ……気が向いた事にしかその力を発揮しないムラっ気ではあるが。


「必要なのは、発酵と熟成くらいか」

「それなら任せてください。得意分野です!」


 確かにそれは時の力を持つご主人なら自由自在だ。もちろんご主人と同じ力を持つ分身達も。



 バル達の工場見学が終わると、ご主人は樽を大量にコピーし、弟子達はそれを貯蔵庫に運んだ。


 これでワインの製造と販売の流れが出来上がった。バルの弟子達が葡萄の収穫、ご主人の分身達がワインの製造、バルが販売、ご主人が統括。

 全員で円になってスクラムを組むと、ご主人が勢いよく声を上げた。


「皆さん、売れなかったら私達で沢山飲みましょう! 売れても沢山飲みましょう!」

「「「おう!」」」




 ご主人の持つ神の力によって、本来1年程かけて作られるワインが、一瞬にして出来上がった。

 さらに、この世界にはまだ普及していなかった、本来何十年もかけて出来るはずの濃密なビンテージワインが完成した。


 酒好き達によるこだわりのワインが売れない訳がなく、瞬く間に人気を博し、誰もが認める「世界で一番美味しいワイン」の評判を獲得したのである。

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