第1話 追放


「九百九十六、九百九十七、九百九十八ーー」


「あ、いた。こんな日にも素振りをしてるの? もう祝福の儀が始まるよ?」


「九百九十九、千っ! ふぅ。何を言っているシェル、祝福の儀だからって鍛錬をサボるようじゃ一流の剣士にはなれないからな」


「はいはい、モネは一族で一番、いや世界で一番の剣士になるもんね。それより、もう本当に始まっちゃうよ? ほら、いこいこ」


「そうだな、そろそろいくか」


 今日は俺の、モネ・ウルスの祝福の儀が行われる日だ。 祝福の儀は、その人の適性が神のお告げによって教えられる特別な行事だ。


 祝福の儀は毎年、十五歳の成人の日に行われ、この街の同世代が全員集合する。同世代のみんなが一堂に会するのは一生でこの時くらいのものだろう、どんな奴がいるかとても楽しみだ。


 俺の一族ウルス家は代々、剣士の適性を授かっている血筋だ。そのことから、剣族や剣氏なんて呼ばれることもあるのだ。


 そんな俺の望む適性も、もちろん剣士だ。その為に日々研鑽を積み重ねてきたのだ。この適性というのは才能が大きく占めるらしいが、それまでの生き方にも大きく左右されるらしい。そして俺は五歳の誕生日から一度も剣の稽古を欠かしたことはない。


 まず間違いなく剣士になる、そして俺は世界で最も強い剣士になるのだ。


「モネー、何してんの早く行くよー。そろそろ本当に時間ヤバいってー」


「あぁ、分かった。今行く」


 今日から俺の剣士としての人生がようやく幕開ける。そんな期待で胸がいっぱいだった。


 ❇︎


「はぁー、私の適性は神官だったよー。どうせ剣士じゃないなら歌姫とかがよかったなー」


 どうやらシェルの儀式が終わったようだ。本人は残念がっているが、神官はその先に多くの可能性が広がっているから中々いいのではないか? 本人の性格にもあっているだろうしな。


 シェルはウルス一族の中で珍しい女の子だ。サンプルが少ないからという理由で結構注目されていたりするのだが、本人は知らん顔だな。


「おい、モネは終わったか? 俺は当たり前に剣士だったぜ。今日から俺とお前は正式なライバルだな、この代の代表は必ず俺が頂くっ!」


「ふっ、俺は世界最強の剣士になるんだ。エイクに負けるわけにはいかない。お、次はどうやら俺の出番のようだな、じゃあ行ってくる」


「あぁ、俺のライバルの登場だな!」


 エイクは小さい頃からの友達で俺の親友でもあり、永遠のライバルだ。俺の世界最強を阻止するとしたらエイクだろうなと思っている。だがそれでも俺が最強になるんだけどな。


 祝福の儀は教会で執り行われる。同世代全員とその父兄が来ているから相当な人数が集まっているが、その衆目全員が祝福の証人となる。


「モネ・ウルス、ただ今より汝の祝福の儀を始める。目を閉じ、神経を研ぎ澄ませ、目の前の水晶に手をかざすのだ」


 人生に一度の大きな行事、流石に緊張したきた。だが、出る結果は決まっている。俺は剣士になるんだ、落ち着いて水晶に手をかざすだけでいい。


「ふぅー、」


 深呼吸して呼吸を整え、俺は水晶に手をかざした。


「モネ・ウルス、汝の祝福は……魔法士だ!」


 祝福の儀を行ってくれている神官様の声が静まり返った教会に響き渡った。


「え?」


「君は今日から魔法士だ、精一杯頑張りなさい」


 そう声をかけてくれた神官様の優しい声と顔とは対照的に、現実を受け入れられない俺の心は疑念と絶望で埋め尽くされていった。


 ❇︎


 ウルス家の家訓として、剣士にあらずんば男にあらず、という教えがある。これは自らの剣を振るい大切な人を守る教えとして言い伝えられている。そして、俺もそれを胸にこの十五年間生きてきた。


 何年かに一度稀に見る、ウルス家からの剣士以外の誕生、その報せ瞬く間に一族全体に知れ渡った。


 俺も幼き頃に一度だけ見たことがったが、それは幼心にも酷いものだった。だがその時は、その者の鍛錬が足りていないだけだと思っていた。そして今自分が正にその状況に置かれることになるとは夢にも思っていなかった。


 家に帰った俺は放心状態だった。剣士になれなかった男はウルス家から破門される。そして、その後すぐに俺がウルス家から破門されたという事実は町中に響き渡る。


 俺はもう、今日から人間じゃないのだ、家畜同様生きていく他ない。


「モネ、大丈夫か?」


 父さんが俺を心配して声をかけてくれた。でも大丈夫なわけがない、未だに現実だと受け入れられないほどだ。そしてもし受け入れたとしても、その後にやってくるのは恐らく涙だろう。俺は何も答えることができなかった。


「大丈夫だモネ、お前は俺の自慢の息子だ。誰よりも剣の稽古に励んできたのを知ってる。父さんの中でモネは世界で一番の剣士だ」


 父さんが俺の体を抱きしめて、そう言ってきた。正直、何も頭に入ってこない。


「そんなこと言ったって、父さんだってガッカリしてるんだろ! なんでよりによって自分の息子が剣士じゃないんだって、そんな慰めの言葉なんていらない! もう、俺はウルス家じゃ、人間じゃないんだ!」


 ドゴッ


「うっ」


 思いっきり横腹を蹴られた。あまりにも速すぎて見えなかった。そして、剣士が剣を使わない、手を使わないというのは最大の侮蔑だ。


「モネ、いい加減にしろ。どちらにせよお前は明日には破門になるんだぞ。ここで心まで折れたらもう取り返しのつかないことになるんだぞ? いいか、剣士ってのは神様に祝福されたから剣士なんじゃない、剣で大切な人を守るから剣士なんだ。父さんみたいにな? どうだモネ、お前は今剣士なのか?」


「と、父さん……」


 胸の内から色々な思いが溢れてきた。父さんはその代の代表で稀代の天才と呼ばれている。俺が今まで見てきた中でも常に最強の剣士だった。そんな尊敬すべき父から剣士がなんたるかを教えてもらった。そうだ、俺は剣士だ、世界最強の剣士になる男だ!


「俺は、俺は剣士だ! 父さん!」


「あぁ、それでこそいい息子だ。明日の夜明けにはもう一族の輩がやってくるだろう。その前に今からお前は逃げるんだ。いいか、賢者の森に行くんだ、そうすればきっと神様が導いてくれる。最大限足止めはするが、追手がくるまでそう長くはないと思え、それまで全力で逃げるんだぞ、いいな?」


「け、賢者の森!?」


「あぁ、だが大丈夫だ。お前ならきっと乗り越えられるはずだ。そして、これを持っていきなさい」


 俺は父さんから一振りの剣を渡された。なんの変哲もない剣だ。


「決して折れるんじゃないぞ? 大丈夫、お前は俺の子だ。そして今までの鍛錬は嘘を吐かない。お前は強い、さぁ行ってこい!」


 そう背中を押されて俺は真っ暗闇の中、家を飛び出した。

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