第二十一話 学校と教室とクラスメイト 6

 おじいちゃんから解散の言葉を受けると、みんな軽い挨拶をして教室から出てそれぞれの従者が迎えに来て──いない人達もいたけど──帰っていった。

 アリアちゃんとウルリーカさんもウルリーカさんが今日に急にここに連れてこられて村に連絡もしていなかったらしく、僕を抱きしめて僕の髪に顔をうずめながら、軽く言葉を交しただけで今度来れたときにちゃんとあいさつしますねと言い残して、アリアちゃんと一緒に村に帰っていった。


 誰もいない教室にいても仕方ないので僕も教室から出る。少し興奮しているのか廊下に残ってテンション高く会話する生徒達を横目に見ながら歩き、学校の玄関から出ると少し先のロータリーに大量の馬車が並んでいた。

多分寮じゃなくて街に住んでいる貴族様達が帰るための馬車なんだろうな。

 平民はご飯も無料で出る寮に住んでいるのが殆どで、商人でお金持ちの子供くらいが街の方に住んでいるみたいだね。

 なんとなくボーッと出ていく馬車を見ていたら声を掛けられた。


「ルカ君、お疲れ様です」

「あれ? トシュテンさんどうしたんです?」

「お迎えに上がりました」


 声がしたの方向を見ると執事服のトシュテンさんが深々と頭を下げて、僕を迎えに来たと言う。

 たしかに見覚えがある馬車があった。僕達を村から運んでくれた馬車だ。


「わわっ、僕に頭を下げるのは止めてくださいよ」

「いいですかルカ君、私は再び正式にお使えする身となりました。旦那様が雇った執事としてです。礼儀を知らないと旦那様の顔に泥を塗ることになります」

「で、でも、今までのことありますし……」


 トシュテンさんは村でも僕に対しても敬語だったけど、ここまでではなかったからひどく違和感がある。


「分かっています。私も他人の目があるところでしかしませんので慣れてください」

「慣れてくださいって言われても」

「認めてくれないと、家でもやりますよ? そして、ルカ様と呼びます」

「やめて! 家の中落ち着かなくなっちゃう!」


 僕が根負けして、「なんとか慣れます」と諦めたら、トシュテンさんは嬉しそうに笑っていた。


「ルカ君、レナエルも一緒に馬車に乗せてよろしいですか?」

「え? もちろん良いですけど、何で確認を?」

「外ではレナエルもルカ君達に仕える者になりますので、許可が必要となります」

「うーん、面倒くさいなぁ。あ、そういやアダン君は待たなくて良いんですか?」

「アダンをこの馬車に乗せるわけには行きません。旦那様との直接の繋がりがありませんので」

「あ、そうなんですね。ほんと面倒くさいですね」


 トシュテンさんは僕が心底面倒臭そうな顔をしたので、苦笑いをしていた。

 

 軽くトシュテンさんと話しながらレナエルちゃんを待っていると、校舎からざわざわとした声で騒々しくなってきた。


「あれ? なんか騒がしいですね」

「そうですな、まあ、なんとなくは分かりますが」

「え? トシュテンさん分かるの?」

「ええ、ルカ君。申し訳ありませんが、レナエルを守っていただけますか?」

「え? なんのことです? 守るのは良いですけど」


 トシュテンさんは何が起こっているのか分かっているみたいだったけど、レナエルちゃんを守るってなんのことだろう。

 馬車の外でトシュテンさんと世間話をしながらレナエルちゃんを待っていると、ざわざわが近づいてきたと思ったら、玄関の奥にレナエルちゃんが駆け足で出てくるのが見えた。僕達が目に入るとダッシュでこっちにって、後からレナエルちゃんを大勢の男子生徒が追いかけてくる。

 うわっ、なにこれこわっ。僕は今日何度目かわからない恐怖を感じていた。


 レナエルちゃんが外履きにも履き替えずそのまま僕に駆け寄って、僕の背中に隠れた。


「何? 何なの? これ」とレナエルちゃんにも何が起こったか分からず、息を切らせて僕の背中で震えていた。

 追いかけてきた男子生徒たちは僕達の場所の前で、距離を開けて止まっていたけど僕を睨んでいる人達が殆どだ。


「えっと? どうかしましたか?」

「なんだお前? その子を出せよ」

「そうだぞ、俺たち終わるまでは大人しく待っていたんだぞ」


 取り敢えず、僕は話を聞こうとしたけど、眼の前の人達の血走った目を見て、確かにこれはレナエルちゃんを守らないといけないと思いしっかりとレナエルちゃんを背中でかばう。

 その中ひときわ通る声が集まった人達の後から聞こえる。


「どきたまえ、平民共」


 その声で人混みが割れて、割れた先に貴族様っぽい人が見える。なんかさっき教室前で同じようなことを見たぞ。

 出てきたのは男子の生徒だったけど。


「ふむ、そこの少年、どこの貴族は知らんが、私が見たことないのなら下級貴族の子息か」

「いえ、平民ですけど」

「平民だと? ならば何故馬車など用意している。……なるほど、金に物をいわせた商人か。ならば話が早い、そこの侍女を私が雇おう」

「は? 嫌ですけど?」


 何言ってんだ。この人、何で知らない人にレナエルちゃんを渡さなきゃいけないんだよ。


「……貴様。辺境伯閣下の領土だからといって、私がいつまでも平民相手に下手に出ると思ったら間違いだぞ」


 僕の背中を掴むレナエルちゃんの力が強くなった。貴族に狙われたんだそりゃ怖いだろう。トシュテンさんが守ってくれといったのはこれか。


「いや、僕はその辺境伯閣下が後見人をしてくれているし、あ、そうだ。ほらこれ」


 ちょっと可哀想だけどレナエルちゃんを前に出して、レナエルちゃんの制服の腕についているおじいちゃんの紋章を見せた。


「そ、それは……」


 傲慢そうな顔付だった眼の前の貴族様は紋章を見たら顔を引きつらせ真っ青になって、ガバッと音がするぐらいの勢いで頭を下げた。


「申し訳なかった! まさか辺境伯閣下がお雇いになられている者とは思いもよらず。いや、さすが辺境伯閣下だ。その侍女も粒揃いだとは」


 先程の尊大さなんてなかったように、謝ってお世辞をべらべらと喋り始めた。


「そうだ、どうだろう。私は地位がある貴族だ。侍女としてではなくその女性を私の嫁として──」

「わ、私はこの人と付き合っています! だからごめんなさい。ねっそうよねルカ! 今日好きって言ってくれたものね」

「あ、うん。そうです。レナエルちゃんと付き合っているルカです。よろしくお願いします」


 眼の前の貴族様が嫁にとか血迷いごとを言い始めたのが怖かったのかレナエルちゃんは、とっさに僕の手を取り付き合っているということにしていた。恋人として付き合っているとは言ってないし、確かに今日家族として好きだよって言った。嘘をつかずにごまかすなんて、レナエルちゃんもなかなかやるなぁ。

 

 あ、でも、貴族様と静観していた周りの人達に、妬みや憎しみがこもったような眼で見られるのはちょっと勘弁してほしかったな。

 そこでトシュテンさんが僕の前に出て視線を遮ってくれた。


「もう、よろしいでしょうか? これ以上の時間を掛けることは我が主人の命の妨げになりますので」

「も、もちろんだ。その、辺境伯閣下には」

「ええ、英雄である旦那様が後見人をされている人物とその侍女が気になった。ただそれだけで他には何もなかったと……」

「そ、そうだ。ただの一貴族が気になっただけだ」

「ええ、分かっております。それではヴェルディ・オーデンバリ様・・・・・・・・・・・・・、私共はこれで失礼いたします」

「わ、私の名前を知って──」


 トシュテンさんは奇麗な最敬礼を見せた後、僕とレナエルちゃんの背中に手を優しく添えながら馬車にうなすように移動した、僕たちはそれに逆らわず馬車に乗りトシュテンさんは御者席に座った。あ、手を繋いだままだった。  

ま、いっか、まだレナエルちゃんは落ち着いていないみたいだし。



「ふぅ、何とかなったね。貴族様が出てきた時はどうしようかと思ったけど、さすがおじいちゃん。こうなることを予想してたんだね」

「そうですね。そのための旦那様の侍女である証の紋章です。……それにしてもルカ君とレナエルが付き合ってたとは知りませんでしたよ」

「トシュテンさん分かってからかってるでしょ?」

「はっはっは、良いではないですか」


 御者が座る場所には小窓がついているので、そこを通してトシュテンさんと僕が話している間も、レナエルちゃんは僕の手を握ったままだ。そりゃあんな大勢に追われた後に貴族まで出てきたんだ怖かっただろうな。

 僕はレナエルちゃんを落ち着かせるため握った手の上からポンポンと優しく叩いて「もう大丈夫だよ」と言った。


「ルカぁ」


 レナエルちゃんは僕に抱きついてきた。こんな気弱なレナエルちゃんを見るのは初めてだ。

 ここは人の多さも村とは違うし、知らない人間ばっかりだ、だからレナエルちゃんもいつも通りなんて出来ないよね。僕はレナエルちゃんの背中を撫でてあげる。

途中落ち着いたようだったから離れようとしたけど、レナエルちゃんが「まだぁ」というから家に着くまで背中を撫で続けた。


 家に着いたら、トシュテンさんが扉を開けようとしてくれたのでそれを止める。トシュテンさんが疑問を覚える前に扉が勢いよく開いた。


「おにいちゃん! おかえりなさい」

「ただいま、アリーチェ。ほら僕だけじゃなくて」

「うん、おじいちゃんとおねぇちゃんもおかえ……り」


 僕しか見えてなかったのか他の二人にも挨拶するように促したら、トシュテンさんとレナエルちゃんに挨拶をしようとして僕の右腕にしっかりと抱きついているレナエルちゃんを見たらその言葉が途中で止まった。


「やー‼ そこはありーちぇのばしょなの! おねぇちゃんでもだめなの!」

「あ、ご、ごめん。アリーチェ」


 グイグイと押しのけるようとレナエルちゃんをアリーチェが押す。レナエルちゃんもそれを受けて離れようとしたけどその前に僕が口を開いた。


「こら! アリーチェ駄目でしょ!」

「え、お、おにいちゃん、おかおこわいの」


 僕がここまでしっかりとアリーチェを叱ったことはなかった。大体は父さんが悪くてアリーチェが不機嫌そうな態度を取ったり、ただ単に僕に甘えたくて我儘を言う時になだめるように軽く叱るだけだったから。

 ただ、今回のはいけない。落ち込んでいる人に対してはいけない行動だった。


「アリーチェだって悲しい時あるよね?」

「……あい」

「今のおねぇちゃんはどうだった?」

「……かなしそうだったの」

「うん、アリーチェは分かってたよね。アリーチェが悲しい時はみんなはどうしてくれる?」

「ぎゅってしてくれるの」

「うん、そうだよね。じゃあその時に他の人から無理矢理その場所を取られたら?」

「……やぁ、そんなことやなの」

「だったら、アリーチェが今やったとこは良くないことって分かるよね?」

「……」


 アリーチェは言葉が出せず涙をためながらただ頷いていた。


「ほら、おねぇちゃんに言うことあるでしょ」

「ごべんなざい」

「レナエルちゃん、これで許してあげてくれる」

「えっ? 私は別に……うん、分かった大丈夫よアリーチェほら仲直り」


 レナエルちゃんは子供のしたこのくらいのことで怒るような女の子じゃないことは知っているけど、これは躾だからね。その事は途中でわかったみたく、アリーチェを抱き寄せて仲直りということにしてくれた。


「ちゃんと謝れていい子だよアリーチェ。今日は右手はおねぇちゃんに貸してあげて、こっちにおいで」

「うん」


 アリーチェは涙を拭って僕の左腕に抱きついてきたので、そのまま抱え上げていつもより少しだけ強めに抱き寄せた。


「ぎゅーなの」

「うんうん、ぎゅー、怒ってごめんね」

「おにいちゃんはわるくないの。ありーちぇがわるかったの」

「うん、やっぱりルカはお兄ちゃんなのね……分かっていたけど私にもね」

「レナエルちゃん、なにか言った?」

「いいえ、何でもないわ。私頑張るから」

「うん、学校大変みたいだけど頑張ろうね」

「ふふっ、そうじゃないわ」

「えっ」

「良いのよ早く私達の家に入りましょう」


 そういや、まだ家の前だったよ。アリーチェを左腕で抱きかかえながら、強く僕の右腕を抱きしめてくるレナエルちゃんと共に家に入る。

 ……なんか、いい雰囲気だったから言えなかったけど、実はこの時いつもの自分の場所がないみゃーこは僕の背中に張り付いていた。

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