第十七話 学校と教室とクラスメイト 2

 アダンくんが倒れて焦った僕は、場所も知らないまま飛び出しちゃったので、ちょっと迷ったけど何とか保健室を見つけ出してそこにあるベッドに寝かせた。保健室の女医さんっぽい人もいたのでその人に頼み僕は保健室を出た。

 講堂からゾロゾロと生徒が出てきている。あっ……入学式終わったっぽいね。


 あ、そういえば僕、自分の教室分からないや。

 おじいちゃんも予め教えてくれておいても良かったのにギリギリまで内緒だとか言ってたからなぁ。どうしようかな、講堂に戻ればいいかな? と首を傾げていると、廊下の向こう側から話し声が聞こえて来る。


「辺境伯閣下も何をお考えか、我らが若様を小間使いの様に……」

「黙れ、数ある貴族の中から私が選ばれ、私が頼まれのだ。光栄と誇るべきことなのになんの不満がある」

「しかしですな、侯爵家の威厳というのも……」

「黙れと言っている。我が国の英雄に対する無礼は一切許さん」

「は、はい。申し訳ありません」


 話し声というかちょっとした諍いみたいだけどどうしたんだろうとそちらをじっと見ていると、廊下の曲がり角から豪奢な貴族服を着た多分父さんと同じくらいの年代のスラッとした金髪碧眼のイケメンの貴族様と執事服を着た初老の男性が現れた。

 執事の男性は、僕を見ると警戒するように貴族様の前に立ち、腰にある剣の柄を握ってこちらを睨んでくる。


「だれだ!」


 向こうからしたら入学式が終わったばかりなのに、目の前に生徒が現れたんだ、そりゃちょっとは警戒するよね。

 だから僕は両手を上げて何も持ってないことをアピールしつつ説明する。


「あの、友達が倒れたので保健室に連れて来ただけなんです」

「本当か? ならば名前と、何処の科なのかを名乗って学生証を見せていだきたい。ゆっくりとお願いする」


 僕が両手を上げたので執事さんも軽快はといていないけれども、言葉だけは柔らかくなってくれた。学生証は胸ポケットに入っているけど、でもどこの科なんて書いてないから僕は知らないよ。


「えっと、ルカと言います。学生証はあるんですけど、どこの科かはまだ教えてもらってなくてですね」

「なるほど、名前と黒髪にその制服。……そうか、君が辺境伯閣下我が君の……おい、剣から手を離せ」

「しかし、まだ確認は……」

「私が離せといったのだ」

「は、はっ、失礼いたしました」


 貴族様は執事さんに静かにだけど怒気をはらんだ声で執事さんに命令をすると、執事さんは焦ったように剣から手を離して貴族様の後ろに下がった。

 貴族様は僕に顔を向けると、執事さんに向ける厳しい表情とは違い柔らかな笑顔をこちらに見せてきた。


「わるかったね、ルカ君。閣下に頼まれて君を探していたんですよ」

「えっ? おじ……辺境伯閣下に?」

「そうです。君が出ていくのを見て、すぐに私に君を案内するよう頼まれたのです」

「ご、ごめんなさい。貴族様がわざわざ僕なんか……」

「いいえ、閣下に頼まれ事をしていただけるなど光栄の極み、君が気負うことなどないのですよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、では、私が案内しますのでついてきてください」

「そ、そんな、オスヴァルト様が自らなど、くだんの生徒は見つけたのです。後は下女を呼びますので……」

「いいや、私が行く。さて、ルカ君。場所は閣下より伺っております。行きましょう」

「えっとでも……」


 チラリとそちらに顔を向けると執事服の人がなんかすごい眼で僕を見ているんだけど。


「……私に恥をかかせるつもりか? 配下の礼儀も出来てないと」

「も、もうしわけありません」

「謝る相手をまちがっているだろう?」


 そう言うとその人は僕に向かって頭を下げた。ちらりと見えた顔が不満そうだけどこんな子供に頭下げさせられたら嫌だよね。


「ルカ君これで許してください」

「い、いえ。僕は全然……あの、頭を上げてください」

「良かったな、ルカ君が許してくれて…………首が飛ばずに済んだな」


 ボソリとなにか執事さんの耳元で囁くと執事さんは真っ青な顔をして汗を流していた。

 そんな執事さんを置いて貴族様は僕の背中に優しく手を添えてから移動し始めた。



 ──僕は困惑していた。貴族様に案内された教室にだ。

 ちらりと教室のドアから除いたんだけど、見た目感じ大学の教室やファンタジーの世界の教室って奴だ、机が段々になってて教卓を中心に円形になってる、あれそのままだ……形はね。


 ここまで来るのにちらりと見た教室とは、ただ明らかに使われている素材と空間の使い方が違う。

 他の教室の机はこんなに分厚く、光沢の入った明らかに高そうな一枚板ではなかった。

 ここにはそれが一列六席が二列分で十二席分あるんだけど、他の教室は机の前後の間隔が狭くぎゅうぎゅうに詰め込んである感じだった。パッと見ただけだから詳しいことは分からないけど三倍以上は机があったよ。


 ここは机そのものもでかいけど、前後の間隔にも余裕がありすぎる。それに椅子も小さいけれど座り心地の良さそうなフカフカとしたクッションを縫い付けてあり、椅子の装飾も細かい。

 明らかに僕は場違いだ。

 案内してくれた貴族様にもう一度確認してもらおうと声をかける。


「あのこれ、教室間違ってると思うんですが……」

「いいえ、ここで間違いではありません。我が父が納めるオーデンバリ侯爵家の名と私の首を掛けてあなたに誓いましょう」


 うわっ、侯爵って相当上の貴族だよね、本人がいいと言ったってそんな人に案内させてたなんて。

 いや、それも気になるけど、それよりものすごいものを掛けてない? この真剣な目から慣用句とかではなく本気で言っているのがわかる。


「い、いえ、信じられなかっただけで。あ、貴族様がじゃなくってですね、僕がここに入るってことを。えっと、オーデンバリ侯爵閣下を疑ってるわけじゃないので、そんな大切な物を掛けるのはやめてください。……お願いです」

「ふふ、冗談ですよ。私だってそんな軽々しくと首をかけたりしませんよ。貴族ジョークというやつです。それと私は侯爵では有りませんよ、ただの次期当主です。そうですねオスヴァルドとでも読んで下さい」

「は、はい。オスヴァルト様」


 冗談だなんてそれこそ冗談だろう。あの目、本当に間違っていたらその場で自分の首を跳ねかねない凄みがあった。

 これが貴族か。僕に対する物腰がすごく柔らかくそれでいてしっかりと芯がある感じがする。


「ルカ君の席は一番手前のここから向かって右手側になります」

「はい、わかりました」


 ルカ君じゃなくて僕なんか呼び捨てでいいんだけど、なんかまた首をかけられそうな気がしたのでそのことについては黙っていた。


「それでは、私はこれで……辺境伯閣下我が君にはくれぐれもよろしくお願いいたします」

「はい、わざわざ、オスヴァルト様自らありがとうございました」


 僕は頭を深く下げてお礼を言ったら、「いいんですよ」と言って優雅に手を降って颯爽と去っていった

 はー、なんていうか所作がきれいな人だったな。ああいう大人になりたい。……なれてはなかったね、そういえば。


 僕はまだ誰もいない教室になんとなく「お邪魔します」と言って入った。

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