第十五話 辺境の魔の森 3

 全員の採寸と注文が終わってキャサリンさんから僕の制服以外は七日もあれば全部できると教えてもらってからお店から出た僕達は、また馬車に揺られながらここでの住処となる家に連れて行ってもらったんだけど……なにこれ?

 僕達家族は馬車も入る大きな門をくぐって一軒の家の前で降ろされた。家を見て皆ぽかんとしちゃった。


「どうした? そんなにぽかんとした顔をしてほら家に入れ」


「ちょ、ちょっと待て親父。これはあまりにもデカすぎないか?」

「おじいちゃんこれ、貴族のお屋敷だよね」

「おうち、おっきいー」


 手を繋いでいるアリーチェはただ感心しているだけだったけど僕と父さんは驚いた声を上げる、母さんは驚いたと口に手を当てていた。ロジェさんとレナエルちゃんも同じような表情だ。

 目の前に建つ家は前の狭めの二LDKの十倍くらい広そうで、この家と広い庭がさっき潜った豪華な門と繋がっている塀に囲まれているってことは塀の内側が家の敷地内ってことになるよね。

 

「この程度、貴族の屋敷とは言わん。貴族の屋敷とはああいうのを言う」


 おじいちゃんが指をさす方向の高台から街を見下ろす場所には、この家のさらに十倍くらいの広さのお屋敷が建っていた。

 本当に二年で建てたの? ってくらい大きなお屋敷だ、いやお城って言ってもいいくらいだ。


「ここでの俺の屋敷だ。視察も毎回俺が行く必要もなくなったし、俺は暫くはこの街に滞在する」

「自分の都は良いのか?」

「ああ、俺もそろそろ後釜に任せて引退する」


 おじいちゃんは僕に馬車で話したことをここでも簡単にだけど説明していた。

 突然の引退表明に父さん達も驚いていたけど、おじいちゃんは気にせず話を続ける。


「それに、これくらいないと、トシュテン達が住めないだろ?」

「ふぇっ!? い、一緒に?」


 おじいちゃんが何か言いかけてるのを変な声を出したのレナエルちゃんが遮った。もちろん僕も驚いたけど変な声は出さなかったよ。


「なんだレナエル、聞いていなかったのか? トシュテンは執事、ロジェはエドワードの補助役として、レナエルお前は侍女見習いとして、俺が雇ってお前達に貸し与えたということにしている」

「どういう事?」

「エドワードのいざこざも全て終わったことに出来た。そして、あの村の成功を実績として、俺の息子としてここに置くことが出来る。公式ではないし庶子としてで貴族でも今はない。だが俺とのつながりは匂わせる、そうなると仕えるものが必要になるということだ。あくまでもそういうことになっているだけだがな、実際に仕えるのはトシュテンとロジェだけだ。と言ってもこの二人も村でやっていたことと殆ど変わらんがな。レナエルは好きにしていいが、俺に雇われているということだけは公言しておけよ。後で、その証の紋章を渡すから制服が出来上がったら縫いつけさせておけ、紋章だけでは平民には理解できないやつも多いからそこは気を付けろ」

「わかったけど、お祖父様。一緒の家に住むってのは……」


 レナエルちゃんが不満……じゃないな、なんか気まずそうにおじいちゃんに言ったがおじいちゃんは少し不思議そうな顔をした。


「何だ不服か? ロジェは是非にと言っていたぞ」

「と、父さん!?」

「いえーい、サプラーイズ」


 困惑するレナエルちゃんに、ロジェさんはおちゃらけてダブルピースサインなんか出してる。ロジェさん、そんなからかってるとまた……


「ふん!」

「いっってぇ! お前身体強化かけて蹴ったな!」

「父さんもかけたでしょ、そうやって防御しようとしたから悪いのよ」

「くっ、よく見破ったなレナエル」

「父さんは分かりやすいのよ」


 レナエルちゃん達がいつものような家族の団らんをしていると、家の方がちょっと騒がしくなってきて「ちょ、ちょっとまちなさい。ああっまたっ」とそんな声が聞こえてきた。あれ? 誰かいるの?


「何を騒いでいる。お前らしくもないぞカロリーナ」


 おじいちゃんは家の扉に近づいて開け放った。僕達も後から着いていく。アリーチェとはちゃんと手を繋いでいるよ。


「おばあちゃん? ああ、あの時先に行かせてたね」

「そうだ、中の確認と準備をさせていた」 


 家に入るとゲームの洋館でよく見るタイプのエントランスホールが広がっていた。一階と二階が吹き抜けでコ型に部屋が並んでいるあれだ。

 そして奥からトタタと聞こえると軽快な足音と、白い小さな塊が僕の方へ走ってくる。

 エントランスホールに少し眼を奪われていたけど、おじいちゃんから緊張が走ったので僕は慌ててそれを止める。

 キャサリンさんのときと同じ感じだったので、多分魔術を使おうとしたんだと思う。


「だ、大丈夫だから魔術はやめて! みゃーこだよ!」

「何っ!?……いや、あの猫が何でここにいる」


 おじいちゃんが驚いたような声を上げたけど、すぐに落ち着いて僕にみゃーこのことを聞いてきた。

 いつものように軽く爪を立てながら器用に登って両肩に立ち、これまたいつものようにアリーチェが僕の肩から追いやろうとするので左肩に寄せてアリーチェも抱っこして落ち着かせる。


「ほら、みゃーこだった。みゃーこは神出鬼没だからね」

「それにしても……いや、まてよ。アリア殿が気付いたのはその猫のことか?」


 おじいちゃんが何か考え込んでいるとみゃーこの後を追うように、息を切らせたおばあちゃんが後からでてくる。


「ま、まさか、この私がふ、触れも出来ないなんて」

「おばあちゃん大丈夫? ごめんなさい、みゃーこちょっと人見知りするんだ」


 今は肩に掛けたタオルのようにでろーんとぶら下がり、リラックスのでそうは見えないかもしれないけど。

 水魔法で創り出した水を口元に持っていくと、舌だけを出してペロペロと水を飲む。


「確かに、一回だけ見たわね」


 おばあちゃんが前見た時と、同じ様に水を飲ませたら思い出したらしく、うなずいていた。


「家に入ったら、普通にそのが歩いていてびっくりしたわ。捕まえようとしても捕まらないし」

「みゃーこが迷惑かけてごめんなさい。ほらみゃーこも謝って……寝てる」


 僕の肩でふすーふすーと穏やかな寝息を鳴らしながら、みゃーこはすやすやしていた。

 逆側からも同じような寝息が聞こえると思ったらアリーチェもすやすやだった。うーん、よく似た姉妹だな。


「あら、流石に疲れたのかしらね。ベッドの準備はできているから、寝かせてきなさい」


 二つの寝息を聞くとおばあちゃんは穏やかな表情になった。まあ、かわいいもんね。癒やされるよ。

 僕は気持ちよさそうに眠る一人と一匹をちゃんと寝かせるため、おばあちゃんに教えてもらった寝室がある二階へと登った。

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