第十四話 辺境の魔の森 2
「それで? なんの用だい? 何か用があるから話しかけたんだろう?」
アリアちゃんが少し煙たげにおじいちゃんに問いかける。
「ええ、もちろんです。ただ、失礼ではありますが、アリア殿ではなくルカのことでですが」
「ルカくんのことか! じゃあ、もっと大事じゃないか、早くしてあげておくれ」
「ありがとうございます」とおじいちゃんは胸元に手を当てる貴族の礼を取って深く頭を下げていた。後で聞いたんだけれど、これはおじいちゃんの立場からすると最敬礼らしく、それこそおじいちゃんは王様くらいにしかしないらしい、王族ではなく王様だ。さらに自国の王にですら膝をつかないことを許されている立場だとか。
「ルカの制服の仕立てを今からやりますので、それに試験も体裁の取れる点数を取るために少し仕込みませんとな」
「そっか! 僕がやった生地のやつだね。なかなかにあれは貴重だよ?」
「それはもちろん分かっております。私が信頼する仕立屋も生地を見たら一週間ほど寝込んだと聞きましたからな」
はっはっはっとおじいちゃんは笑っていたけど、見たら寝込む生地ってなんだよ。こわい。
「えっと、僕、普通の生地でいいんだけど」
「だろうな。お前はそう言うと思ったがこれも事情がある。あきらめて受け入れろ」
おじいちゃんは完全に決まったことのように話している。ここまできっぱりと言うんだからなにか深い事情があるんだろうな、僕が口を出せることじゃないんだろう。
「ま、普通あれで服なんて作らないからね。と、言うか生地にすらしないから珍しいだけさ。作ろうと思えば結構な量は作れるんだよ。だから気にしない気にしない」
「う、うん」
それでも、聞いていると僕が着る制服の貴重さがどんどんと浮き彫りになってこわい。だから、これ以上聞くことをやめて無理やり納得することにした。
「さて、仕立屋も待たせています。申し訳ございませんが、私達はこれで」
「うん、それじゃね。……あ、学校始まるのいつだっけ?」
「今からちょうど三十日後になりますな」
「三十日かぁ、まだ調整した体になれてないからそんな中途半端な時間だとちょっと日付がずれそうかな──そうだ、ウルリーカの所に行って教えてくれるようお願いしてみよう」
アリアちゃんは「じゃあね」と僕に手を降って姿を消しそうとした所僕は不意に思い出し、待ったをかけた。
「ごめん、アリアちゃんちょっと待って」
「ん? どうしたのかな?」
「あのアリーチェの補助をさせてくれてありがとう」
「うん、それがどうしたんだい?」
「おかげで、村の魔力を出た時にアリーチェを落ち着かせることが出来た。アリアちゃんはそれが分かってて僕に前もって補助をさせていたんだよね」
「……」
「アリアちゃん?」
「うん! もちろんさ!」
一瞬の間があったけどサムズアップをしてうなずいた。
「気にしなくていいよ、じゃあね」と言って今度こそ姿を消した。ああ、前もこうやって移動していたのかと地面奥深くにある樹脈の流れにアリアちゃんの魔力が乗ったのを感じる。
目で見えてるわけじゃないけど、なんとなく目で追うと確かに僕達がいた村の方向に高速移動していた。
「これがハイエルフの転移か……どうしたルカ? 何を見ている?」
「ん? いや何でもないよ。つい目で追っちゃっただけ」
「なにか虫でもいたのか? まあいい、ほら行くぞ。仕立てるのに本当に時間がないんだ」
「はーい」と返事をしてみんなが待っている馬車に戻りすぐに出発した。
そして、これまたすぐに目的地に付いた。魔の森の校舎からは全く見えないけど、馬車で少し行った所におじいちゃんが言った通り街ができていた。
賑わっていて、活気がある。
これも後で知った話なんだけど、この世界では水や食料は重要ではあっても貴重じゃない、なにせ自分たちで水を生み出せる。食料も自分たちで生み出した水で畑の水も賄うことが出来る。暖を取ることや雨風をしのげる簡単な家を作ることも自分たちで出来る。
だから、街を作る事は簡単でも、あちこちに作ったりはしない。
重要な場所や僕達の村のような価値のある場所にしか作らない。意味のない場所に住むより集まって協力した方が楽だからだ。
だからこそ、こうやって街を開くときには特別なことを期待した人達やお金になると踏んだ商人がこぞって集まってくるらしい。
街を開いたすぐは、ご祝儀みたいな感じで一気に盛り上がるとか、特におじいちゃんの名前で開いた街は信頼度が段違いだそうだ。あ、僕達の村は魔力草は隠さないといけなかったみたいだから、表向きは大規模農地として作られたというね。
「ついたぞ。トシュテンもエドワードとロジェ達を呼んでこい」
「かしこまりました。それとありがとうございます」
「うむ」
「カロリーナお前は……」
「エドワードの家ですね」
「そうだ、だが俺の言葉を遮るな」
「あら、失礼いたしました旦那様」
トシュテンさんにはなにか通じたらしくお礼を言って、父さん達が乗る馬車に向かっていった。
おばあちゃんは笑いながらあまり悪いとも思ってない風に謝っていた。
そして、しばらくすると呼ばれた全員が揃った。
「さて行くとするか。全員採寸をしてもらえ。ロジェお前達もだ」
「俺達もよろしいのですか? カリスト様」
「お前もエドワードも祭典用の礼服を持ってないだろう。レナエルは制服のためもあるがドレスも作らせる。ソニアちゃんにもドレスと家着を仕立ててあげよう、何着でも良いぞ」
「お祖父様良いの?」
「えっ、そんなお父様、悪いですよ」
レナエルちゃんは女の子らしく綺麗な服が着れるのことに嬉しそうに、母さんは本当に遠慮していたみたいだった。
「遠慮なんかしなくていい、この程度なんてないことだ。……特にソニアちゃんには俺が今までの礼をしたいんだよ」
「……はい」
おじいちゃんが父さんと母さんを見つめて、申し訳なそうな複雑そうな顔をした。
なんかしんみりとした空気が流れたけれどそんな空気を壊してくれたのは、やっぱりアリーチェだった。
「ありーちぇも!」
「おおう、もちろんだともアリーチェにもいっぱい作ってやろう。おじいちゃんに任せなさい」
「うん! おじいちゃん。ありがとうだいすき」
ありがとうだいすきと笑顔を向けられたおじいちゃんは、それはもう顔中の筋肉が緩んだだらしない顔になった。うわっ父さんそっくりだ。
僕の思考と同時に「うわっ、ルカにそっくりだ」と父さんの声が聞こえた気がした。
「それでアリーチェはどんな服がいい?」
「にいたんといっしょ! あ、ちがう。おにいちゃんといっしょ!」
「そうかそうか、じゃあアリーチェの分の制服も作ってあげよう」
「お、おい、親父。アリーチェに制服なんて作っても仕方ないだろう」
父さんが抗議の声を上げるが、アリーチェにすねられて嫌いって言われない様に、ものすごい小声だった。
「いいんだよ別に、俺の所の制服だ好きに作って何が悪い。それとも何か? お前は自分の息子と娘がお揃いの制服来ているところ見たくないのか?」
「う、そりゃ見たいに決まってんだろ」
「だったらいいよな? すぐに合わなくだろうがある程度までは他のやつも含めて、仕立て直しも出来るように手配もしておく、着れなくなったら取っておくか売るか好きにしていい」
「すまねぇ」
「ただし、お前の分は自分で出せよ」
「はぁ!? そんな金ねぇよ……」
「冗談だ冗談。情けない声を出すな。しゃきっとしろ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
背中をバンバンと叩かれて父さんはぶつぶつと言っていた。
父さんもおじいちゃんの手に掛かれば形無しだな。──いや待てよ、おばあちゃんにも母さんにも弱いし、アリーチェにももちろん弱い。あれ? もしかして父さんが強いのって僕にだけじゃ?──
衝撃の事実に気付いた僕は少し身震いをしながら、みんなと一緒にお店に入っていった。
ぞろぞろと皆でお店に入ると店員さんが満面の笑みで待ち構えていた。
「いらっしゃ~い。お待ちしてましたわ、カリスト様ぁ」
「エイク、心配してたが元気そうだな。生地を見ただけで倒れたと聞いた時は驚いたぞ」
いや、おじいちゃんさっき笑ってたよね。いやいや、そんなことより僕は心の底から驚愕していた。
「いやだわ、カリスト様。今はキャサリンと呼んでと言ったじゃない」
「あ、ああ。そうだなキャサリンだったな」
「そ・れ・に、見て倒れたんじゃないわ。つい素手で触っちゃったら倒れたのよ」
あちこちにハートマークが飛んでそうな喋り方をする眼の前のエイク、いやキャサリンと呼ばれた人は整った顔に青色のソバージュヘアをしている。そして、190cmを超えてそうな父さんより頭一つくらい大きく、更にマッチョだ。
──本当にいたんだ……ファンタジーノベルにありがちなアパレル系にいる筋肉ムキムキマッチョマンのオカマさんって。……いや待って? テンプレ通りの人がいた衝撃でちゃんと聞き取れなかったけど、なんかまたアリアちゃんの生地について恐ろしいこと言わなかった?
「アタシのことは置いといて、カリスト様?」
「なんだ?」
「その子にあの生地を使って制服を作るのよね?」
「そうだが、どうした? やはり期間が短すぎたか? だが、なんとか間に合わせて──」
「私は反対よ!」
キャサリンさんは腰に両拳をドゴンッと当てて、いわゆる怒ってますよのポーズを取った。拳を腰に当てた衝撃波がこちらまで来て可愛げは皆無だったけど。
「おい、今更なんだ。お前も制作には乗り気だったろ?」
「今反対になったわ! こーんな可愛い子に着せれるわけないじゃない、あんな物!」
そう言ってキャサリンさんは僕をヒョイッと抱き上げた。うわー目線がたかーい。
「おい、俺の孫を離せ。あとあんな物呼ばわりはよせ」
「なによ。あなたばっかり可愛い子をそばにおいて、いいじゃない少しくらい抱かせてくれても」
「お前が言うと別の意味に聞こえるからやめろ」
僕は危害を加えるつもりはないと分かったので、抵抗もせずにキャサリンさんにされるがまま撫で回されていた。あれ? この指って──
「水掻き?」
「あら? 気付いたかしら? そうよ私は
いえ、全くわからないです。なに? マーマルズって。水掻き以外は僕と変わらないようにも見えるけど。
いや、今耳がパタンと閉じたからそこも違うのかな。
「マーマルズと言われても、ルカは辺境で育った平民だから分からんぞ。それよりも離せ、俺の大事な孫だ」
おじいちゃんからピリッとしたような緊張が走り、その後耳元でバチンと音がしたと思ったらキャサリンさんの両手がバンザイした格好になっていて、僕はおじいちゃんに抱っこされていた。
すごい! 衝撃を発生させて腕をかち上げたんだろうけど僕には全く影響がなかった。それに魔法発動直前にしか何が起きるのか全く分からなかった。
「いったーい。魔術使うなんてひどいじゃない」
「傷はつかないようにしてやったんだありがたく思え。これから制服を作るのに支障があっては困るからな」
「だから反対だって言ってるじゃない!」
「はぁ、埒が明かん。……おい、そこの! 俺の生地をもってこい」
「は、はい!」
キャサリンさんに圧倒されて影が薄かったけど、その後ろにも数人店員さんと思しき人達がいた。
その人達は僕を下ろしたおじいちゃんに命令されて、駆け足で店の奥に引っ込んでからすぐに木で出来た箱を持って戻ってきた。桐っぽい箱だね。
「ちょっと何する気?」
「お前の心配事を消してやるんだよ。ほらルカ、キャッチしろ」
蓋を開けたおじいちゃんはそう言って、箱は持ったまま振って中身だけを僕に放り投げてきた。あんな物呼ばわりはよせと言った割に扱い雑じゃない?
そんなこと思いながらもおじいちゃんが投げてきたものを言われた通りキャッチする。
うん、綺麗な藍色の反物だ。制服の生地として使うだけあって厚めだけどなんかすごい肌触りいいな、これ。
「おじいちゃん、それでどうするの?」
「何もしなくていい」
「へ?」
僕が反物を持ったまま疑問に首を傾げると、キャサリンさんが心配そうな声を上げる。
「ちょっ、ちょっと大丈夫なのボウヤ!?」
「ボウヤじゃなくてルカと言います。初めましてよろしくお願いします」
「あ、これはご丁寧に、アタシはキャサリンと呼んで……じゃなくて! 魔力は平気なの?」
「魔力? ああ、吸われそうになる感覚はありますけど、ちゃんと止めてますよ。あ、それとも吸わせたほうが良かったですか?」
この生地が貴重だって意味が持ってみたら分かった。ものすごく魔力を通しやすい。魔力操作しなくても自分で勝手に吸い上げるみたいだ。
なるほど、魔力通すのがこんなに楽なら誰だって欲しくなるよね。あれ? でもアリアちゃんこれで生地なんて作らないって言ってたな。
ああ、本来武器とかに使うのか。と、元の素材が何なのか知らないけど僕は勝手に納得していた。
でもこれに魔力を込めるならちょっと大変かな、魔力を循環を早めないと反物はすぐには満タンにならなそう。うーん、興味湧いてきたぞ。よし! 魔力込めてみるとしますか!
魔力を励起させながら内外循環を早める。そして止めていた魔力の流れを流し込む方向に変更。
「ちょ、ちょっとボウヤ、魔力高めて何をする気?」
ボウヤじゃないって言ったのに、ちょっとぼやきながら反物に魔力を一気に流し込む。
おぉー、僕の色がついた魔力のままなのに、すっごいスムーズに入っていく……うん、満タン! 木剣とかより遥かに許容量多いね。
「あ、魔力込めちゃったけど、これでもいいの? おじいちゃん」
「あ、ああ。……エイクも納得しただろう?」
「……ええ、本当にいと深き御方が見初められた子なのね。あと、アタシはキャサリンよ」
キャサリンさんのさっきまでのゆるい雰囲気はどこへやら、落ち着いた声でうなずいていた。真面目な顔のまま名前の訂正はしてたけど。
キャサリンさんが何で反対していたかは分からずじまいだったけれど、納得はしたらしく僕達の採寸が始まった。
この一騒動の間、僕の家族とレナエルちゃん達が何をしていたかというと、最初は普通に傍観してたんだけど、僕がキャサリンさんに抱っこされたあたりからアリーチェが頬を膨らませてこっちに来ようとして、それをみんなで大事な話だからとなだめすかしていたらしい。
採寸はホッとした顔の店員さん達が一瞬で終わらせていた。効果音で言えばシュバババっ感じだった。
ちなみにキャサリンさんことエイクさんはおじいちゃんが冒険者だった頃の仲間だったらしく、まあ見た目通り拳で戦うファイターだったと聞いた。
元冒険者でファイター、現裁縫師で筋肉ムキムキマッチョマン、本当にテンプレ通りです。ありがとうございました。
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