第三十九話 僕の痛み
動かない! なんで動かないんだよ!
僕の体が別の誰かのものになったかのようにいうことを聞いてくれない。
心の奥底から今行かないと、後悔するというのを痛いほど告げて来ているのに、そして、それが本当のことだとわかっているのに、僕の体がきしみを上げても、動かない、動かせない。
僕の体、いや、それだけじゃない。
精神も魔力も行くなと告げてきている。
その奥底にあるものが、僕に制御をかけてくる。
「おい、ルカ! 何をしているんだ! こっちに戻ってこい、そうすれば大丈夫だ!」
父さんは僕の奥底にあるものがなにか知っているのか、僕に戻ってこいと声をかけてくる。
でも、父さんだめだ。行かないと、今すぐ行って僕が家族を守らないと、僕がここまで生きてきた意味がなくなるじゃないか。
──でも、体は動かない、だけど魔力は外に放出ができないが、先程励起させたおかげか、なんとか自分の体の中なら魔力が操作できた。
普段とは違い水が泥にでも、なったような感覚だけど、なんとか動く。
何かの抵抗により動かすたびに、体に激痛が走るがなんとか動かせる。
痛みなんて、どうでもいいことは放っておいて、僕は目をつぶり、魔力の感覚を研ぎ澄ませる。自分の中の違和感を、この状態を起こしている原因を探り出すために。
「契約魔法が肉体に直接影響をあたえるだと? そんなことはありえん、一体どうなってる」
「そんなことは知らねぇよ、だが、この前のこともあるし、今、ルカが苦しんでるじゃねーか!」
おじいちゃんと父さんがなにか言い争っていたが、僕はそれを無視して更に集中する。
深く精神と魔力に潜っていくとふいに理解した。たまに、シスターが僕の額に額を合わせて来たり、手を置いてくるのは、僕の中にあるこいつと僕の様子を見てくれていたということが。
そのときに流れてくる暖かなものがシスターの魔力だったんだろう。
その暖かなものの流れを真似るように、自分の内側を探るように、魔力を操作する。
魔力を操作し、僕の精神の深いところまで潜っていく、僕が一番良く知っている自分の体ことだ、魔力による精査もこの今の状態でも問題なくできた。
──そして、この状態だからか初めて認識できた。僕の精神と魔力に張り付くように構成された何かが、今までは気にも留めていなかった確かな違和感がそこにはあった。そいつは僕から魔力を奪いながら、動いているみたいだった。
これがなぜ僕の中にあって、これが何なのかは僕には詳しくはわからない。でもこいつが今、アリーチェたちの所に戻ることを阻害してることだけは、はっきりと分かる。
これは僕以外の誰かの魔力で作られた魔法だ。
最近やってきたように構造を調べるようにすると、こいつの魔法構造と全体像が見えてきた。その構造体の外側に魔力遮断をいつもより繊細に薄く、魔法と僕の魔力の間をまるで外科手術みたいに、分けるようにかけていく。
ただそれだけで、痛みが少しずつ引いていき、完全にわけてしまうと嘘のように痛みはどこかに消えてしまった。
外した魔法はその構造体の内部に魔力を流し込むと、薄皮の程度の抵抗があったが、すぐに魔力は内部に入り込んで内部に流した途端、ボロボロと崩れていった。
魔力を強く内部に留まらせるように流すことによって、あのとき試して破壊した石のように、破壊しようとしたんだけど、そこまでしなくても簡単に破壊できた。
破壊した途端、効力を失い魔力の粒に変わり、僕の魔力に弾き飛ばされ体外へと排出されて、きらりとした魔力の光だけを残して消えてしまった。
──ただ、その消える際に『覚悟を決めろ』と聞こえた気がした。
僕の中から魔法が消えたとき、僕は全能感に包まれた。
魔力への感覚が恐ろしく鋭敏になっている。
呼吸をするように魔力の操作をするように心掛けていたが、今は呼吸より更に自然に動かせる。
内側と外側の二重自己強化をかけ、爆発するようにその場からアリーチェたちのところへと駆け出す。
「ルカ! おい、ルカ!!」
後ろから父さんの声が聞こえてくるので、「母さんとアリーチェが危ない! 一緒に来て!」と足を止めずに声をかけた。
僕の言葉を聞いて、疑いもせず父さんはすぐに「親父!」とおじいちゃんに言うと、おじいちゃんも「ここは任せておけと」とすぐに了承して、僕の後を追うこと許してくれていた。
スピードを上げて農地を抜け、村の門をくぐる、自分で思った以上のスピードが出てバランスを崩すがなんとか立て直した。
場所はどこだ? と思ったとき、僕の感覚にまた予感がよぎり、それが家の方だと分かった。
そのままスピードを更に上げて、高速で背景が流れるなか家へと走る。
村の広場の脇を通ったとき炊き出しをしている人達のが驚いた顔でこちらを見たが、心のなかで謝ってそのまま通り抜ける。
この速度なら広場をすぎれば、すぐに家が見えてくる。
思ったとおりに家が見えて来て、その時僕の目に写ったのは、黒い靄に包まれた人型の何かが、母さんとアリーチェ、レナエルちゃんに襲いかかろうとしている姿だった。
僕はその光景を見ただけで、怒りで頭に血が上りそうになりながらも、それを抑え更にスピードを上げて突っ込む。
思い切り横から飛び蹴りを入れて、三人から離そうとしたけれど蹴り込む瞬間、嫌な予感がして靴の裏に土魔法でブロックを創り、それごと蹴り込んだ。
その体にずぶりとブロックが埋まった。
その場から数メートルは飛ばしたが、蹴り込んだ力をかなり吸収されたらしく、思ったよりは動かなかった。三人からだいぶ離せたので良しとしておく。
「ルカ、足が!」
僕に向かって叫ぶレナエルちゃんの声で、足を見てみると先程蹴り込んだ際に靴の裏に相手の体が少し触れたらしく、そこに黒い粘液みたいな物が付着し腐敗したようにに靴が崩壊していた。
慌てて、靴を脱ぐが足の裏にも付いたらしく、僕の魔力を侵食するかのようにせめぎ合っている。
それに恐怖を感じ、急いで魔力を強化すると弾き飛ぶように消滅していたので、なんとかなったようだ。
あらためて、敵に向き合うと体から僕が蹴り込んで体に埋まったブロックを侵食せずそのままの形で排出していた。
ブロックにも魔力を込めていたから侵食できなかったのか?
だけど、それよりもちゃんと向き合って分かった。
全体が靄で覆われ、頭の半分と左足が、黒い肉みたいなので出来ているが、それ以外は人間の姿をしている。
生きている人間ではないのかとも思ったけどそれも違うようだ。
ここに来た瞬間だけ見たけど、あの母さんを見ていたおぞましい眼は生きている人間の眼だ。
「何だ、クソガキ。俺様は貴族だぞ。貴様みたいな平民が触れていい存在じゃないんだ」
「そんなことしらないよ。僕の家族に手を出すな」
「平民は貴族のおもちゃだぞ? 俺様が好きに使って何が悪い」
だめだ、こういった奴に何を言っても、通じないだろうな。
「死ねよ、クソガキ」
そう言って離れた場所から右手を振りかぶった。
僕は嫌な予感がして相手の後ろにボーンを生み出して、足を払った。
倒せはしなかったけどバランスを崩せた、しかし、崩れながらもそのまま右手を振り下ろしてきた。
奴が振り下ろした右手はものすごいスピードで伸びてきたけど、バランスを崩せたおかげで僕よりだいぶ前の地面を抉っただけで終わった。
──どうしよう。勢いよく来たのはいいけど、僕は戦うすべを知らない。
今のを防げたのも、偶然と言っていい。
また振りかぶろうとした時に後ろから父さんの声が聞こえてくる。
「ルカ! そのまま動かずにいろよ!」
父さんの言う通り動かずにいたら、僕のすぐ横を何かがものすごい勢いで横切っていった。
相手が動こうとしたのでボーンでとっさに足を掴むと、横切ったそれは男の胸に突き刺さり、僕が蹴り込んだ以上の威力だったらしく、男は掴んだ足を軸に地面に叩きつけられた。倒れた男の胸には木剣が突き刺さっていた。
父さんは走り込んできた勢いのまま、男に近づいて木剣を抜き更に切りつけようとしたけれど、人間ではありえない倒れた格好でボーンを振りほどき、背中がうごめき横にスライドして避けた。
「ちっ、気持ち悪い動きをしやがって、俺の家族に手を出そうとしたんだ、覚悟をしろ」
「く、くそがっ。何だこの痛みはこんなはずじゃないだろう! 聞いてんのかよ!」
僕たちじゃない何かに話しかけているような男の胸からは黒い湯気のようなものが立ち上っていた。
「なにをわけのわからねぇこといってやがる。──貴様、その顔は」
起き上がってきた男の顔を見て、父さんの顔色と声質が変わった。すごく怖い顔をしている。
それから魔力がこもった木剣を男に向けながら後ろを振り返り、母さんを見た。
「ソニア! 大丈夫か!」
「え、ええ。私は、私達はなんともないわ。大丈夫、私はもう大丈夫よエドワード」
「そうか、だったらこれは俺の恨みだ。お前は死んだと聞いている。だから何してもいいよな? 糞貴族」
「死んだだと? 馬鹿なこというな俺様は生きているし次期領主様だ。貴様は辺境伯の息子か! こんなとこに押しやられてかわいそうによ。あんまりかわいそうだから俺が遊んでやろうと思ったんだよ。もちろんお前とその女でな!」
辺境伯の息子? 父さんが? おじいちゃんは辺境伯様の使いだって言っていたのにどういうことだ?
いや、それは後回しだ。今はこいつをなんとかしないと。
でも、僕は手を出せなくて、目の前で父さんと男が戦っているのを見ているしか出来ない。
男は先程のように手を伸縮させ振り回して、父さんに攻撃をする。父さんはそれをすべて避け、避けながら切っていた。
切ったところからは先程と同じように黒い湯気みたいなのが上がるが、大して効果はないようだった。
「あーいてぇな、おとなしく殴られて食われろよ」
「だれが、そんなことさせるかよ」
浅い傷じゃ少し経つと黒い湯気も収まり、傷も治っている。このままじゃ、ジリ貧なんじゃないのか?
僕は一つ案が思いついた。次動きが止まったら仕掛ける。もちろん安全圏から。
先ほどと同じように父さんと男が切り結ぶ。
そして、一旦距離をおいた。──今だ!
僕はボーンを生み出し腰にタックルを仕掛けた。
「はっ! こんなもの足止めにもならんわ」
男がそう言って振りほどこうとしたけど、もちろんこれで終わりなんかじゃない。
一体で駄目なのはわかっていた、でも、一体で駄目なら数十体出せばいいじゃない。
大中小、数々のボーンを生み出し首から下はボーンで埋め尽くされるほど取り付かせる。最初の一体は一瞬動きを止めるためだけのものだった。
「な、なにっ! 糞が! 離せ!」
「よし、でかしたぞルカ! ソニア、アリーチェとレナエルの眼を隠せ! こっちを見せるなよ」
「わかったわ!」
父さんが男に駆け込みながら、母さんに言って今から起きることを二人に見せないようにしていた。
父さんの持つ木剣から、今まで以上に魔力が溢れだした。
「おおっらぁ!!」
男の首は気合いを入れたその一撃で、切り落とされ地面に転がった。
「まだだ、ルカこいつらをどかせ」
父さんに言われた通り、ボーンたちを離れさせる。
ボーン達が離れた瞬間父さんは残った体を切りつけ、僕の眼には止まらない速さで剣を動かしていた。
そして気付いたときには、体はばらばらになり体も黒い靄も空気に解けるように消えていった。
少しグロかったけど内臓も何もなく、ゲームの敵を倒したときのエフェクトのような消え方だったので、そこまでではなかった。
でも、残った頭はグロいからあんまりそっちを見たくはなかった。
父さんは気にせず近寄り、「よし、ちゃんと死んでるな。頭はあったら親父の役に立つかもしれんしな」とつぶやいた。
戦いが終わり、アリーチェの顔を見ると、まだ不安そうな顔をしている。
怖いのは僕と父さんがやっつけたからね、大体父さんがやったけど、もう平気だよ。
アリーチェと母さん、あとレナエルちゃんの下に歩き出した。
みんなの顔が近くなっていく。
まだ、不安そうなアリーチェの顔を見ると、僕の心の底から愛しさと、抱きしめて安心させてやらなきゃという気持ちが溢れ出てきた。
──僕は、このとき致命的な見落としをした。
なぜ、僕が記憶を持って転生したということを。もう、思い出せるはずだったのに。
思い出していたなら決して家族の下へとは、近寄らずそのまま姿を消せていた。
だが、僕は容易に近寄ってしまった。
──『その心は反転する』
ドクンと心臓がなったような感じがして、僕は
僕の体とその意識は恐ろしいまでの殺意をもって、アリーチェたちに腕を向けその先から、ショットガンから放たれたような土の散弾を、躊躇いもなく撃ち出した。
「ルカ! お前何を!」
父さんの叫びが聞こえ、僕は我に返る。
僕は、いま、なにを。
──人を殺すには十分以上の力を持ったそれは、アリーチェたちには向かわず大きくハズレ空に撃ち出していた。
ボーンが僕の腕をかち上げ、軌道をそらしたからだ。
そして、つぎつぎとボーン達が僕に押し寄せ、関節を極めながら地面に引きずり倒し、上に乗って僕を動けなくしてくれた。
その間、僕は茫然自失だった、何が起こったか理解したくない。
──でも、理解してしまった。
僕が、アリーチェを、殺そうとした。
殺意を持って殺そうとしたのだ。
絶望と恐怖で目の前が暗くなる。
『あぁ、ああ。なんておいしさなの、おかげで頭の中がはっきりしたわ』
僕が絶望で、心が割れそうになっている時、頭だけになったその男の口から発せられたのは、どう聞いても女の声だった。
「なんだと貴様は死んでいたはず、なんで生きてやがる」
「うん、ちゃんと死んだみたいよ? 一緒にスライムちゃんもね」
僕が起こしたことに父さんも混乱していたが、喋りだしたそいつが敵だということは分かったらしく、木剣を構えた。
「てめぇがルカになにかしやがったのか」
「いいえ、私じゃないわ。──いえ、私かしら? ねぇ、坊や。どうかしら私だと思う?」
その女の声の存在は僕に話しかけてくる、この声を聞いていると気持ち悪くなってくる。
「…………」
気持ち悪いが僕はしゃべる気力さえ残っておらず、黙っていることしか出来なかった。
「あら、答えてくれないのね。私、悲しいわ。坊やから感じるのは確かに私の力なのに、私は何も覚えてないの。どうも生まれ変わる時に、記憶を落としたみたいね」
記憶を落としたというその声は、そんなことはどうでもいいというような響きを持っていた。
「坊やは、ルカくんていうのね。──るーくんって呼んでいいかしら? あら? ものすごくしっくり来るわね。そうね、これからはるーくんって呼ぶわね」
「てめぇ何を言ってるんだ」
勝手に僕にあだ名を付けて勝手に納得しているそいつに父さんが困惑したような声を出す。
「なにって、呼び名は大切でしょう? どうやら私が唾を付けている子みたいだし、その子の感情はものすごくおいしかったわ。この貴族くんの感情なんて比べるのもおこがましいくらいだわ。ねぇ、るーくん?」
さっきからだ。さっきからこいつが僕のことをるーくんと呼ぶたび、気持ち悪さと同時に頭の奥がうずくような頭痛がする。
「お話してくれないのね。私達はあなた達に呼ばれてここまで来たのよ? せっかく来たんだから、もっとお話してくれてもいいのに」
「──呼んでなんかいない」
僕は絞り出すようにそれだけ答えることが出来た。それだけこいつが僕達に呼ばれたという台詞が不快だったからだ。
「いいえ、呼ばれたのよ。始まりはこの体の持ち主だったの、私は知らないけど死にそうになった時、スライムちゃんに取り込まれて、一つになったみたいね。その後私がスライムちゃんと同じような姿で生まれて、食べられちゃったの。そのくらいでは私は死なないけれど、力を戻さないと遊べないから、スライムちゃんに少し教えてあげて、この体の死ぬ間際の記憶を再生させて、あんまり美味しくはなかったけどしかたなく感情を食べていたのよね」
いきなり、女の声がべらべらと話をし始める。これも僕に不快さを与えてくる。
「ある日、そこの女の子が生まれた日かしら? それを感じたスライムちゃんがどうしてもその子を食べなきゃっていうから、私もこっそりお手伝いしながらここまで来たのよ。スライムちゃんは単純だからまっすぐ村に入ろうとしたから、貴族くんに手伝ってもらって、色々頑張ってようやく食べさせてあげれると思ったら、貴族くんはそこの女の人に欲情して時間を使うから、その間に邪魔されちゃったわ。でもね、ここまで来て分かったの、るーくんに埋められた私の残滓を感じたのよ。これは運命じゃないかしら」
この声、この喋り方を聞いていると、どんどん頭の奥のうずきが強くなっていく。
「それでね、あなた達にやられて私も消えようとした時、たぶん私が生まれ変わる前に掛けた魔法が発動して、ルーくんが私に絶望の感情という美味しいご飯をくれたおかげで、力が少し戻ったのよ。るーくんあなたは私の命の恩人だわ」
「もうだまれ!」
父さんがそいつの言うことに我慢の限界が来たのか木剣で頭を串刺しにして、こんどこそとどめを刺した。
僕はそれを見ながら、頭のうずきが限界まで来て、その痛みとともに意識は記憶の泉の中に沈んでいった。
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