第四十話 俺は魔法に遊ばれる

 あれは僕がまだ俺だったころ、実家はすでに出ていたが、両親と妹の誕生日祝いのために帰ってきた日が最後の記憶だ。


 「久しぶり帰ってきたけど、何も変わってないな」


 俺は門の前で、家を見上げるが何も変わっていない。

 まあ、たまに帰らないと妹が不機嫌になるので、久しぶりと言っても行事ごとには帰ってくるから、離れたとしても半年くらいなんだけどな。

 鍵は持っているが、いきなり入るのも気がひけるので、一応インターホンを鳴らす。

 ……が、誰もインターホンに出ない。


 「……誰もいないわけないよな?」


 両親の車も停まってるし、妹はまだ免許を取っていないから、別の車で出かけたというわけでもないだろう。俺が今日帰ることは伝えているしな。


 しょうがないかと呟いて、門を開けて中に入り、家の鍵を取り出して玄関を開けた。


 今日は両親と妹の誕生日だ。両親は誕生日が同じことをきっかけに仲良くなって、冗談混じりで同じ誕生日を狙って生もうとして見事同じ日に生まれたのが妹だ。俺? 俺はなんの関係もなく生まれた。誕生日だって夏と冬で真逆だ。


 両親と妹への誕生日プレゼント忘れてないことを確認して、玄関の扉をくぐると、リビングから聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。

 両親と少し聞き覚えのある声との話し声だ。


「何だやっぱりいるじゃないか。まだ耳が遠くなる歳でもないぞ」


 そう思ったが玄関を見ると、見慣れない靴が一足あった。

 客が来ているのかとつぶやきながら、客が来ててもインターホンくらいでろよと思いながら、リビングに向かう。

 

 リビングに続く扉の前まで来ると、両親が俺の話しをしているのが聞こえ、足を止めた。

 少し聞いてみるとどうも俺の思い出話をしているらしく、中学生の頃の話をしていた。

 

 誰と話しているのかわからないが、俺は自分の過去話に恥ずかしさを感じて、話の腰を折ろうとノックしてから扉を開けた。


「ただいま、父さん母さん。あ、お客さんですか?」


 俺は分かっていながらとぼけて、リビングのソファに並んで座る両親の後ろ姿に挨拶をして話を止めようとした。

 テーブルを挟んで、正面に座るこちらを見ているお客さんにも挨拶をしようと、顔を向けるが、ああ、この人は……。

 

「もしかして、お隣の?」

「ええ、お久しぶりね。るーくん」


 俺にるーくんと呼びかけたのは、黒髪ストレートでおしとやかで柔らかい印象だと近所では評判な、隣に住むお姉さんだった。


「……はい、お久しぶりです。今日はなぜうちに?」

「ご両親と妹さんの誕生日にるーくんも、帰ってくると聞いてお呼ばれしたのよ」

「そうですか」

「あら? そんな嫌そうな顔をしてどうしたのかしら?」

「いえ、そんなことは……」


 そんなことはあった。俺はこの人が苦手だ。

 最初に会ったときから、何を考えているか、わからないその目が苦手だった。

 気持ち悪いと言っても過言ではない。


 少し冷えた空気が流れたが、目の前の人はいつもどおりニコニコとして吐き気がする。

 そしてこの空気を気にしないのがもうひとりいた。


「それでね? あの子ったら中学生のときでも今と変わらず──」

「母さん? なにを?」


 母さんはこの空気にも──というより、俺が帰ってきて挨拶をしたのにそれにも気づかず、こちらを向かず、ただ、目の前の人に話しかけている。

 その異様さに背筋が寒くなった。


「あ、もういいですわ、おばさま。お話ありがとう、るーくんのこと聞けて楽しかったわ」


 その言葉で母さんはカクンと頭を落とすようにさげ、黙り込んだ。


「母さん!?」


 俺はその不気味な行動に、慌てて母さんに近寄った。

 母さんは、虚ろな目をしてうつむいていて、話しかけても揺さぶっても反応がない。

 よく見ると、母さんの隣りに座っている父さんも同じだ。


「大丈夫よ。るーくん、まだ何もしてないわ。ただ意識がないだけよ」

「お前! 一体何をした!」

「だから、何もしてないわ、まだね」

「ふざけるな! 変な薬でも盛りやがったのか!」


 そこで、不意に気付いた。今日は三人の誕生日なんだ、妹も一緒にいるはずだ。


「智絵里はどうした! 一緒にいるはずだ」

「ちーちゃんね。そこら辺で寝転がってるわ」

 

 俺からはテーブルの影になっていてよく見えなかったが、言われてよく見ると確かに足のようなものが見えたので、慌てて近寄った。


「智絵里、大丈夫か、智絵里!」

「ちょっと魔法が効きづらかったから、少し強めにかけただけだから大丈夫よ」

「魔法? 馬鹿なことを言ってないで何をしたか言え!」

「本当に魔法なのよ」


 智絵里の様子を見ていたらいつの間にか後ろに立っていて、俺の頭に触れてきた。


「とりあえず、体だけ自由を奪ったわ、あ、喋れるようにはしてるから、まだお話しましょう」

「何を馬鹿な──なんだと」


 本当に動かない、こいつが言っている通り口は動くが、体は指一本動かなくなっている。


「これで少しは信じてもらえたかしら」

「……俺たちをどうするつもりだ」

「どうって、もちろん。食べるのよ」

「は? ──俺だけにしろ」

 

 こいつの言うことが理解出来なかった、だがこのままでは家族に被害が及ぶと思ったら、つい口からそんな言葉が出てきていた。


「ああ、それよ。やっぱりるーくんの味は素敵だわ」

「何を言っている」

「ああ、食べると言っても、お肉をいただくわけじゃないわ、私たち悪魔は感情を食べるの、怒りとか愛情とか色々のね」

「だったら、愛情だけ食ってればいいだろ。その顔だ、男なんてとっかえひっかえできるだろう」


 こいつの口から悪魔というありえない言葉が出てきたけれど、俺はその言葉にすごくしっくりと来た。そうだ、こいつはあくまで間違いない。


「うーん、しようと思えば出来るけれど、その味はあまりわたし好きじゃないの。それに私はグルメなの、いろいろな味を試したいのよ」

「くそっ、こんな奴がいるなんて、警察はなにしているんだ」

「おまわりさんのせいじゃないわよ、この世界に悪魔はわたししかいないと思うし」

「なに?」


 この世界といったぞ。まるで別世界から来たみたいな言い草だな。


「うん、別世界から来たのよ」


 俺の心を読んだかのように、返事をしてきた。


「ちょっとお話しするわね、わたしたち悪魔は精神を操る魔法が得意な種族だったの、食事も感情を食べて生きてるのね。だから色々頑張っていたのよ。向こうではハイエルフって呼ばれる化け物みたいな強さの種族がいるの」

「お前も十分化け物だよ」

「あらそう? ありがとう。それでね普通はわたしたちの魔法なんて効かないんだけど、わたしたちも努力と根性で魔法を鍛えて見つけたの、同族を九割ほど生贄に捧げればハイエルフに魔法を通せるって」


 俺の嫌味なんて嫌味としてすら取っておらず、ニコニコと話を続ける。


「狙ったのは人間の強さが好きのハイエルフだったわ、少し精神の方向性を変えてあげたの。人間の強さのきらめきを最大限に活かすには、ギリギリまで追い詰めてやればいいって、『愛するがゆえに殺す』っていう呪いをかけてあげたの、そうしたら人間の追い詰められた強さを求めるため、大虐殺を始めてくれたわ。だからそのときに起こる感情をいただくために、わたしたちも魔王と呼ばれ始めた彼の下に全員集まったわ」


 そこまで話してから、ため息を付いてまた話し始めた。


「せっかく私たちは魔王くんの下で、阿鼻叫喚の感情を食べて楽しくやっていたのに、裏切られちゃったの。油断して全員集まったところで一網打尽よ「お前たちは害悪である、一利の価値すらない」だって、ひどいと思わない?」

「……」

「ちなみに、私はひどいと思わないわ。こんな存在がそばにいたら私だって、早くいなくなってほしいもの。迷惑だわ」

「だったら、いなくなってくれよ」

「残念だけど、それは出来ないわ。あなたたちが迷惑でも私は楽しいもの」

「なんでそんな害悪がここにいるんだよ」

「魔王くんにやられて消滅しかけてる仲間たちの魂と精神を使って、なんとか転生できたのよ。尊い犠牲だったわ、まさか違う世界に来るとは思わなかったけど。そうね、いわゆる異世界転生ってやつね。るーくんも好きでしょう? 強い力を持って生まれて、好き勝手する。創作物でよく見る展開だわ、だから私も好き勝手やってるの。こういうのがテンプレっていうんでしょ?」

「なんでこんな話をべらべらとする」

「わたしはお話するの大好きなの。それにほら、冥土の土産というのかしら? るーくんたちはこれから食べられた後は死んじゃうかもしれないわ、知りたいことを残したまま死んでしまったら、かわいそうだもの」


 それじゃ、楽しませてね。そう言って俺の額に指を当てる。

 当てたまま話を再開する。


「最初はどうしようかしらと悩んでいたのよ。ちーちゃんを男に犯させて、それをルーくんに見てもらおうと思ったんだけど、それじゃ単純で面白くないから却下したの。それでちーちゃんを調べて考えようと思ったら、面白いことがわかったのね」

「やめろ」

「うん、やめない。ちーちゃんはね、るーくんが好きなのよ。それも兄としてじゃなくて男としてね。抱かれたいとすら思っているみたいね」

「やめろ!」

「るーくんはそれを知っていたのね。だから高校を卒業したら遠くの大学へ行って家を出た。時間と距離を置けば、ちーちゃんも落ち着いてくれると思ったのね。でも家族が大事だからこういったお祝い事とかにすぐ帰ってきちゃうのよね。そして、貴方も異様よ? 貴方の家は貴方以外が誕生日が一緒、祝うのも一緒。だからものすごく豪勢にやってるわね。貴方の誕生日はそれに比べたら、だいぶ質素なのにね?」

「だからどうした!」

「子供の頃からそうだったんでしょ? でも貴方はそれで良かった。家族さえ幸せそうに笑ってくれるなら自分も幸せだった。そんな子供、異様と言うしかないでしょ? ちょっとした疎外感だけでひどく傷つくのが子供よ? でも貴方は心の底から幸せだった。私はそれを覗いたときからそんな貴方に夢中なの。こうやって美味しそうに育つのを待つくらいには夢中なの。とてもとても、美味しそうに育ってくれて私は嬉しいわ」


 本当に気持ちが悪い。何だこの生き物は。


「話を戻すけれど、ちーちゃんをのぞいた私はいいことを思いついたわ。ちーちゃんの夢を叶えてやることにしたの、貴方にちーちゃんを抱かせるの。その時、貴方はどんな気持ちを抱くのかしら? ちーちゃんは喜ぶと思うけど、貴方は本当にわからないわ。喜ぶのかしら? それとも絶望? 嫌悪? もしかしてるーくんも愛情が芽生えちゃうかも、楽しみだわ」


 俺の額から指が離れると、リビングに身動き取れず横たわっている智絵里に、俺の体は勝手に近づいていく。


「……たのむ、やめてくれ」

「うん、わたしもおねがいするわ、やらせてちょうだい」


 心の底から楽しそうにニコニコとして、聞く耳なんて持つ気がない。

 智絵里の服に手をかけたところで、唯一動く口で思い切り唇を噛みちぎった。


「ぐ、ぐぅ」


 唇から激痛が走るがその痛みで、体の自由が戻った。

 口の中の血と肉片を吐き捨て、悪魔に殴りかかる。

 ガツリとした手応えを拳に感じ、悪魔とはいうがその女の体並の力しかないのか、殴り飛ばされていた。


「ああ、いいわ。その怒りと憎しみ。とても美味しいわ。それに痛み程度でわたしの魔法を解くなんて、ちーちゃん同様耐性が高いのかしら」


 殴り飛ばされ倒れたが、何事もなかったように立ち上がり、こちらを見つめ舌なめずりをしている。


「どうしようかしら、すごく楽しくなってきたわ。どう? その怒りのままわたしを抱いてくれないかしら。この体はまだ純潔よ、るーくんも楽しめると思うけど」

「ふ、ふざけるな!」

「あらあら? 駄目なのね。だったら、これはどうかしら? まずはおじさまを今みたいに殴り飛ばしてくれないかしら?」

「は?」


 何を訳のわからないことを、なぜ俺が父さんを殴らないと行けないんだ、馬鹿か、こいつは、ソファにうなだれて座る父さんの姿を見る。


 その瞬間、ドクンと心臓が脈打ったような感覚が走り、俺は次の瞬間、父さんを憎しみを込めて殴り飛ばしていた。


「……は?」


 今起こったことが分からず、俺の頭には理解できなかった。


「ああ、これなのね。あなたに合う魔法見つけちゃった。『その心は反転する』わ。るーくんの愛情が強ければ強いほど、反対の感情へ変化する魔法よ。一瞬だけしか効果はないけれど、一瞬だからこそ耐えられないでしょう? 好きの反対は無関心て言葉があったわよね。わたしはそれは間違っていると思うわ、強い感情の反対はやっぱり強い感情なのよ。無関心は遥か彼岸にあるような一番遠い場所なの」

「……いやだ、こんなのはいやだ」

「ああ、絶望するのね。そうよね、貴方にとって家族は一番大切なもの。ちーちゃんを抱かせるなんて生ぬるいことを考えてごめんなさい。やっぱりその手で、憎しみを持って殺したあと、愛情を取り戻さないとね」


 俺は心が折れそうになっていた。いや、ほとんど折れていた。

 父さんを見ると胸が動いている。良かった生きている。俺のプレゼントが父さんの下敷きになっているのが見えた。

 せっかく苦労して見つけてきた酒器セットが、潰れて割れていた。


 どうして、ただ、誕生日を祝ってまた普通の日々に戻るだけのはずだったのに、どうしてこんなことに。


「あら? 誕生日プレゼント割れちゃったのね。ごめんなさいもうちょっと考えて殴らせてあげればよかったわね」

「それもこれも貴様が!」

「その感情は嬉しいけど、今はわたしよりもちーちゃんを見て頂戴」


 悪魔のその言葉につい智絵里を見てしまった。


『その心は反転する』


 俺は智絵里に飛びかかり、首を思い切り締め上げる──前に、腕を止めることが出来た。

 その時、びきりと体の奥で音はしないが確実に何かが砕けた音が響いた。


「すごい! なんの力を持たない人間が呪いを耐えたわ! 素敵よるーくん。本当に素敵!!」


 心から感心している声が上がり、俺はその声に向かってもう一度拳を振り上げた。

 だが、振り下ろした手はまるで力が入らず、胸のあたりをペチリと当たるだけだった。

 

「あら? 抱きしめてほしいのかしら。いいわよ? ほら」


 両手を広げ気持ち悪いことを言い出す悪魔だったが、その俺が殴ったあたりにキラリと光る爪楊枝みたいなものが刺さっていた。

 

 なんだろうかと思いよく見ようとすると、悪魔が膝から崩れ落ちた。


「あ、あら? 力が入らないわね。──ああ、これは小さいけど聖剣ね。るーくん聖剣を創り出したのよ。その顔は何も分かってないみたいだけどすごいことなのよ。今なら少し魔王くんの気持ちがわかるわ、これが人間が追い詰められた時の力ね」


 悪魔がなにか言っているが、俺の意識はさっきから少しずつ遠くなっていっている。


「うん、だめみたいね。こっちではわたしも脆弱なのよね、この程度で死んじゃうの。でも、ここでお別れなんて寂しいわ、だからわたしも全力を尽くすわね」


 悪魔の声が近くに聞こえ、そして、俺の意識も消えていった。





 ──光が閉じたまぶたを透かして、眼に当たる。

 生きている? あのとき、俺の中で大切な何かが壊れた感触が確かにあったのに……、あのとき? あのときってなんだ? 自分で考えといてよくわからんな。


 眩しさが辛いので腕で影を作ろうと、右腕を上げたときに違和感を感じる。

 その違和感を確かめるため、もう片方の腕で触ってみると、ものすごくすべすべして、さらにぷにぷにだった。


 触った感触に驚き目を開けて、起き上がろうとしたけど横にコロンと転がっただけで起き上がれなかった。


 その転がった感触すらも違和感を感じて、混乱している所に落ち着いた女性の声が掛けられた。


「あら? ルカ。起きちゃった? ごめんなさい眩しかったのね」


 だれだ? 聞き覚えのない声だ。その顔も見覚えがない。

 その声の持ち主は、成人男性である俺の身体を軽く持ち上げた。

 

 きょ、巨人? 俺はますます混乱するばかりだ。


「あ、よだれついてるわ。ふきふきしましょうねー」


 女性はきれいな布を取り出すと『水よ』と、呟いた。

 言葉と同時に、布が濡れて水滴が滴り落ちていた。


「あ、あら? 調整失敗したかしら。ちょっとまっててね。ルカ」


 女性は俺の額にキスをしてさきほど寝ていた場所に戻した。


 キスされたとき「何を」と言いたかったが、口から出たのは「あうあ」という、言葉にもならない声だった。


 それで、あらためて自分の体を見てみるとどう見ても赤子の体だ。

 まさか、転生したとでも? まさかとは思うが、俺の体は縮んでしまっているし、喋れもしない。

 何より先程の女性が水よと言っただけで、水がいきなり現れた。

 魔法が使える世界に転生してしまったのか……。


 俺が死んでしまったことは悲しいことだけど、俺の命で両親と妹を守った気がする。

 なぜ転生したのかは、小説や漫画みたいに神様から説明があったりとかはなかったからわからないから、してしまったものは仕方がない。


 感情は体が変わったからか前世は前世だと、なんとか割り切れてるようだ。

 俺は先程の光景が気になって俺も『水よ』と、唱えてみた。

 すると、湿ったような感触が掌に生まれ、少しだけど魔法が使えたことに感動した。


 それからすぐに布を絞った女性がもどってきて俺の口と「あら? ルカの手にもこぼしちゃったかしら」といって、掌を拭いてくれた。

 流石に記憶があると、恥ずかしいな。


 それから、俺は女性、ソニアという母親とエドワードという父親の間に生まれたルカという名前の子供だとわかった。名前は前世の頃と似ているな。


 父親の方は何故か俺を疑いの眼差しで見ることがあったが、その原因に気付いたのは俺の髪が前世のような黒髪だったことだ。

 両親とどちらとも違う色だ、男親なら生んだという事実がないため、確かに疑うことだ。


 俺は母さんが「エドワードにも私にも髪の色も目の色も似なかったわね。魔力のせいかしら?」と、俺と二人きりの時に俺の頭を撫でながら、話ていたので二人の子供だと確信している。

 

 そんな事がありつつも平和な日々をときどき魔法をこっそり使いながら送り、時間が過ぎていった。



 そんな平穏な日々も突如として終りを迎える。

 

 いつものように俺をあやす母さんと、恥ずかしさを感じながらもその無償の愛を嬉しく思っているその時だった。


──『その心は反転する』


 変な胸の鼓動を感じたと思ったときには、俺の指は母さんの眼に向かっていた。

 その時は母さんが避けて、「駄目よルカ」と優しく叱って何事もなく終わったが俺の心は違っていた。


 赤子が分からず眼に指をやることはよくあることだ。だけど、俺の意識は赤子のものではないし、なにより行った。


 そして、その時にふいに死んだ日の記憶が蘇った。


『るーくん、この祝福呪いが初めて発動した時に、前世の記憶が戻るようにしてあげたわ、新鮮な感情楽しんでね』

 

 あの女の最後の台詞だ。


 これは愛情をちゃんと理解した時に初めて発動する呪いだったんだ。体が成長して愛情が反転すれば、その時は目の前にいる人を殺す、そして記憶が戻る。そういった呪いだったんだろう。

 なぜかはわからないが、呪いがうまく発動せず最後の日以外の記憶があったおかげで、赤子ころに理解し発動して、いたずらみたいなことだけで終わった。 


 だが、わかることはまだ呪いは残っているということだ。

 その日からどうにかして呪いを解除できないかと試行錯誤を繰り返したが、とっかかりさえ見つからなかった。


 まだこの呪いの存在を知らなかったとき、暇な時に魔力を使い切って回復させれば魔力が増えるか? と考えて試していたけど全く増えなかったことを思い出した。

 その時は体感で残り五%ほどになった時に体が自動的に魔力の放出を止めて、体の内に鈍痛のようなものを感じた。


 残り五%で止めず、魔力を全部使ってしまえば、この呪いも一緒になくなってしまわないかと考え、体の中の魔力を放出し始めた。

 やはり残り魔力が五%ほどになった時に体が自動的に魔力の放出を止める。

 それども絞り出すように魔力を放出し続け残りの魔力が一%になった時に体中に激痛が走り、死が見えた。

 すぐそばまで死が近づいたせいか、俺の意識はブツリと途絶えた。


 結果は失敗だった。


 俺の魔力が減ったことはどうでもいいことだが、やはり呪いは健在だった。


 そこから俺は色々と試してみた。あまりにも手掛かりがないため前世の記憶のファンタジー的なことも試してみたけれど、効果があるのは見つからなかった。

 色々試す内に、ヨガとかであるチャクラと呼ばれている場所に魔力を集中してみた時に初めて手応えがあった。


 チャクラの場所に、魔力と精神を集中しているとじんわりとその部分に魔力が集まり、魔力が高まっている感じがした。


 チャクラ一箇所に集中しては次の日、別の一箇所に集中しては次の日を繰り返した。

 それから集中する箇所を増やしていって七箇所同時までいったら、世界と自分が広がった感じがした。


 恐ろしいまでの全能感を感じ、どこまでも自分が広がっていき、魔力と精神が世界に解けていっているのが分かる。

 このままいけば俺は死んでしまうかもしれないが、父と母に危害を加えることはなくなる。

 二人を悲しませてしまうが、中世みたいな世界だ、子供が亡くなることなんて珍しいことではないだろう。立ち直ってくれるはずだ。そう信じたい。



 ──どんどんと意識が拡散する中、俺はふいに残酷な光景を見せられた。


 見えた光景は二つ。


 たぶん開拓作業中か? 狼に似たでかい生き物が村に近づいていたのに気づくのが遅れ、村に侵入されて母と妹が襲われそうになる。それを身を挺して父が助け、父は大怪我を負っていた。


 次はよくわからないゲル状の物体に、母と妹、その二人が無残に殺され──食われているシーンだ。


 その光景が現実にしか感じ取れなかった俺は発狂しそうになりながら父と母を、妹を助けろと叫んだが、ここで死んだであろう俺の姿は見当たらなかった。


 ああ、なんて理不尽なんだ、俺はここでおとなしく死ぬことすらできないのか。

 この状態だから分かった。いや、この状態だからこそ見てしまった。あの光景は未来の光景だ。

 見てしまったからには見過ごすなんて、とてもじゃないができない。


 だけど、どうやって戻る? 意識は世界に拡散されようとしている。

 今まで抵抗せずに身を任せていたが抵抗しようと思えば出来る。出来るがそれも時間の問題だろう。


 そして戻ったとしてどうする? 俺の呪いはいつ爆発するかわからない時限爆弾のようなものだ。しかも何度でも爆発する。

 瞬間で抵抗し、無限に抵抗し続けなければならない。

 そんなことができるのか? 止めてくれるなにかが必要ではないのか?


 考えていると、今の状態でも何故か俺の手をにぎってくる人の感触を感じる。

 この魔力は母さんか? 父さんのも感じる。


 俺を取り戻そうとする、二人の魔力に引きずられ拡散していた意識がもとに戻っていく。

 とりあえずはこれで戻れる。これからはどうしようかと考えながら、魔力の流れに身を任せようとしたとき、父さんの魔力の奥の方になにか力を感じる。


 これもまた世界の魔力と一つになっている状態だから分かったんだろう、これは契約の魔法だ。

 あの悪魔の力に似ている感じがする。

 契約の内容は、この村の開拓か、それとそれに関する罰則。


 ──そうだ。似た力なら、上書きできないか?


 そんなことを思った。


 父さんの魔力を自ら取り込み、契約魔法の力を奪う。

 ……奪ったと思ったが依然として父さんの中の契約魔法は変わらず、その契約のコピーと力の一部を奪った感じになったようだ。


 自分の下へときた契約魔法を視るが……弱い。

 これはただの約束事だ、強制力なんてない。これじゃ呪いの力には太刀打ちできない。

 もし、こいつで呪いに対抗しようとしても、突き抜けてくるだろう。


 だが、細い糸だが今はこれしか解決方法がない。このまま戻っては俺が成長したときに、母や父、生まれてくるであろう妹を殺すことになる。


 ──また、あの最後の日の悪魔の台詞が脳裏によみがえる。『私の精神と魂を代償にして、あなたにかけた祝福呪いを強くしたわ。これで私の残滓がいつまでもるーくんと一緒よ』と。


 そうか、精神と魂を代償に……。


 だけど魂は駄目だ。ここで死んだら意味がない。

 精神はいい。だが、前世の記憶は残さないと駄目だ。ただの子供になってしまっては力を育てられない。


 ──だったら、俺の人格を代償にこれを強化する。


 その前に俺の魂にやるべきこと、やらないといけないことを刻み込む。人格と記憶が消えても無意識下の指針とするために。もちろん、予知のシーンも深く刻み込む。


 よし、覚悟は決めたぞ。俺は契約魔法を強化し始める。



 お前悪魔は無関心は一番離れた場所で、反対の言葉じゃないと言ったな。


 だったら俺にかける契約はこいつに刻まれた村の開拓だけに関心を向け、それ以外のすべてを無関心で塗りつぶしてやる。

 家族やそれ以外の人にも危害が加わらないよう無関心で塗りつぶす。人との関わりを持たずに、いや持てないようにして生きていく。

 完璧にできるかわからない、だけどやるしかない。

 母と妹を守るその時まで全てをなげうって力をつけていくために。


 時が来たら力をつけた自分が、この契約魔法を打ち破ってしまうだろう。その時は覚悟を決めろ。その下から出てくる呪いがやぶれないのなら、家族から離れろ、離れて野垂れ死にでもしろ。


 取り込んだ契約魔法が強化されていき、呪いの域まで達し罰則も直接俺にかかるようになってしまったがそれでもいいだろう、そいつが俺に巣食う呪いに纏わりつき、同化するように覆われていく。


 それから、代償に使った俺の意識が薄れはじめる、それと人格を犠牲にしたせいか俺のエピソード記憶も失われはじめてしまっている。

 俺は最後に思う、生まれてここまで少ない時間だったが、優しい母さんと、ぶっきらぼうの父さんに感謝を、そして、まだ見ぬ妹を守ると心に誓いながら。



 ──俺は転生に浮かれて、馬鹿なことをしでかした子供として赤子の間の記憶を塗り替えた。

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