第三十八話 戦闘の侵入の開始

 少し無駄な時間を使ってしまったので、走りながら向かう父さんとおじいちゃんの後をついていって、前線といえばいいのかな? 柵の前で弓を構えている集団が見えるところまで来た。


 「よし、まだここまで来てはいないな。ロジェが見張り担当のときで良かったぜ、あいつは遠見が得意だからな」

 

 遠見? 視力の強化のことかな? 多分そうだろうなと思っていたら、僕たちが駆け寄ってくるのが見えたのかこちらにロジェさんが近づいてきた。そしてビシッとした敬礼をした。


「ここで敬礼はするな、どうしたロジェ」

「はい、カリスト様、エドさん。どうも様子が変です」

「なに? ロジェよ。説明しろ」


 おじいちゃんの喋り方が僕たちといるときと違って、すごく堅い話し方になっている。

 ロジェさんもいつもの変な敬語混じりじゃなくて、普通の敬語を話していてそんなふうにも喋れるんだと思った。


「はい、発見しました魔獣の群れですが、ある一定まで近づいたら停止しまして、様子をうかがっていると別の群れが合流、その総数は四十五体まで増加しました」

「多いな、リーダーを失った他の群れが合流したのか? しかし、魔獣が他の魔獣を待つとは確かにおかしいな」

「いいえ、カリスト様。おかしいのはそれだけではありません。二つ目の群れもリーダーと思しき魔獣の存在を確認しております」

「リーダーがいる群れが争わず合流だと? そんなこと聞いたことないぞ……別の原因があるのか? 他にもなにかあるかもしれん、警戒は今まで以上にしておけよ」

「了解いたしました」


 そう言ってからロジェさんは持ち場に戻るため走っていった。

 まるで別人のようだったから、少しおどろいた、それを見た父さんが少しだけ説明してくれた。


「ルカ、おどろいたみたいだな」

「うん、別の人かと思った」

「昔の経験ってやつだ。あいつも優秀な兵士だったんだぞ」

「へー、普段は全然わからないのに」

「まあ、あいつも色々あったんだよ」


 詳しいことは話す気はないみたい、そりゃそうか子供に話してどうするんだってことだよね。


「ルカ、すまんが、早速やってくれるか?」

「矢を創るんだね。わかったよ、おじいちゃん」

「……ルカ、すまんが、外ではおじいちゃんじゃなくてカリスト様と呼んでくれ、他に示しがつかんのでな」

「あ、ごめんなさい。わかりました、カリスト様。これでいいですか?」


 そういうと、おじいちゃんはつらそうな顔をして目尻を揉んだあと、父さんに小声で話し始めた。


「エドワード、可愛い孫に他人行儀で話されるとこんなにつらいとは思わんかった」

「自分で言っといて、何いってんだよ。だったら呼び名だけで敬語をやめさせればいいだろ? 子供なんだし誰も変には思わねーよ」


 父さんも他の人に聞こえないように小声で返していた。


「それだ。ルカ──」

「全部聞こえてたよ。こんなふうでいいよね? カリスト様」

「ああ! それでいい! 気を取り直してやるか!」


 元気を取り戻したおじいちゃんに、父さんは少し呆れたようにため息を付いて、「そうだな」とだけ返していた。



 まだ、魔獣は動いていないので僕は持ち場に付いている人の近くによって、矢を創り出そうとしたけど、これ一人頭いくつ作ればいいんだろう? うーん、四十五匹って言ってたよね。

 とりあえず、それの十倍でいいか、足りなくなったらまた作ればいいや。

 一応、声かけて創るか。


「矢を創りに来ました―」

「お、ルカか。あのとき創ってくれた矢はいい出来だったぞ。今回もよろしく頼むな」


 向こうは僕のことを知っているみたい。僕は顔を見てもピンとこなかったから知らない人かな?って思ったけど、話した内容からあの時森から出てきた狼を倒したときにいた人っぽいな。


「はい、今回もがんばってください」と、話を合わせてごまかすように返事をしてから、矢を創り始めた。

 

「お、おい。全員分ここに出されても困るぞ。他のとこで創ってくれ」

「? いえ、一人分なので後から他の人のとこにもちゃんと行きますよ?」


 一気に創り出して崩れても困るので、数十本単位でうまく積み上げるように創っていたら、焦ったように声をかけられた。

 

「は、はぁ? すでにこの前の時より数が多いんだが、お前大丈夫か?」

「ええ、このくらいならまだ大丈夫ですよ?」


 その人は僕の返事でぽかんとしていたけれど、他の人のところにもいかないといけないので、さっさと創り終わって「頑張ってください」とだけ声をかけて、次に行った。


 あ、そういえば、前と違って先を尖らせるだけじゃなく尾羽根ぽいのも創れたので、そのせいで魔力を余計に使うと思って心配してくれたのかな。


 そして、他の人達の所に創りに行ったけど、大体同じような反応をされた。

 魔力は外から集めればいいから自分の魔力なんてあんまり使わないから、このくらいなら平気なはずなのに、子供だから心配された? うーん、まあ、べつにどうでもいいか。

 

 

「うごいた! 来るぞ!」


 僕が矢を創り終えたくらいで父さんがよく通る声で、注意を促した。


「いいか! 矢は惜しむな! 当たらなくてもいい、奴らの動きを制限するだけでも効果がある。撃ち漏らして抜かれても焦るな、それは俺とカリスト殿が処分する。前だけを向いて打ち続けろ!」


 父さんの掛け声とともに自分たちを奮い立たせるためか、全員で発した「おおおお!!」という、叫び声が響き渡った。



◇◇◇◇


「馬鹿どもが、やはり俺様には気付かないみたいだな。所詮無能な平民ではこの程度か」


 魔物は狼の魔物をけしかけたすぐに、村に侵入していた。

 男の声でしゃべるようになった魔物は、体をヘドロみたいな物に変え、地面に溶け込みながら移動して誰の眼にも止まらずに入り込んだ。


 男の本来の感覚ならば、自分の体がこんなふうに変化するのは異常すぎる出来事なのに、それにも全く気付きもしなかった、むしろこれこそが正しいとすら感じていた。

 

 男が弓を撃っている村人のだいぶ離れた横を通り過ぎた時、男の視界が勝手に動き、一人の子供の姿を捉えていた。


「なんだ? 俺様はなんでクソガキなんか見ているんだ? あ? 気にするな? 分かった気にしねぇ」


 またもや誰かに答えるように、返事をすると衝動のまま、村の中を進んでいった。


 そして、誰にも見つからないまま、あっさりと目的地にたどり着く。

 男の目には一つの家の外にいる女が一人、女子が一人、幼女が一人目に入った。


 幼女を見た瞬間、体が空腹を訴え始め、体も食欲に反応するようにうごめき始めた。

 だが、そんな体のことよりも、男は女の姿に眼がいっていた。


 女を見ていると、体の奥から怒りと愉悦と性欲が湧き出てくる。

 男がそれらを感じた時、ヘドロのような体から人へと戻っていた。

 いきなり現れた男に、女達は驚いている。


「女! 見覚えがあるぞ! 俺様を殴った奴の女だな? そうだ、思い出したぞ。貴様をあのゴミの前でズタボロになるまで、いたぶってやると決めていたんだ。あいつはどこにいる? そこまで連れて行け」

「だ、誰? あなたなんて知ら……あぁ、あの時の……」


 男が一歩足を踏み出した時、女は真っ青になって後ずさりをしようとしたが、子供二人の事を見て、前に出てきた。


「おお、俺様のとこに来る気になったのか? いいだろう、可愛がってやるぜ」

「あなたのところなんていくわけないでしょう! 気持ち悪いこと言わないで!」

「あ? なんだと? 優しくしていればつけあがりやがって」


 男はまた一歩、足を踏み出し女達に近づいていく。


◇◇◇◇


 高速で動く狼の魔獣たちだったけど、大量の弓矢には敵わないようで攻めあぐねていた。

 僕はそれを父さんに連れて行かれた、だいぶ後方から見ていた。


「このままなら、俺達の出番もなさそうですなカリスト殿」

「そうだな、だが油断は禁物だぞ」

「分かっていますよ」


 後方だけど近くには人がいるので父さんも敬語っぽい話し方になっている。


 大丈夫そうなのか、良かったなと、思ったとき、前に魔獣を見つけた時の予感みたいな感じがした。

 いや、そんなもの比べ物にならないくらい嫌な予感だ。


 戻らなくては、母さんとアリーチェの所に行かなくてはと、恐怖に近い焦りが心の奥底から湧き上がってくる。


 ここからすぐに行かなくてはと、繰り返し僕の心に訴えかけてくる、その訴えに従い僕は踵を返し、走り出そうとした瞬間またあの痛みと体の自由が失われる。

 だけど、今回はそんなことには負けてなんていられない。魔力も消えそうになるが体内の魔力を最大に励起させて抵抗する。


 よし、なんとか動く。これならいける。

 と、思ったとき、おじいちゃんが口を開いた。


「何をやっているルカ、お前の仕事はまだあるかもしれないんだぞ。ちゃんとここにいろ」


 おじいちゃんからの命令に近い言葉をうけて、僕の体は先程の比ではないほどの激痛を受け、更には完全に硬直してしまった。

 

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