第三十七話 演説と木剣と戦闘準備

 魔物はおとなしくなった魔獣の頭から手を離した、これで群れの魔獣をすべて支配下に置けた。

 魔物は自分にこんな事ができるなど、魔獣を支配下に置いた今ですら分からなかった。

 何故か出来るとだけ、分かったのだ。


 そして、魔物は自分の敵に向かう前に、いつものように宿った人間から絶望の感情と魔力を吸収しようとした。


 ──が、干渉できない。それどころか宿ってから今までうめき声しか上げてこなかった人間が言葉を話し始めた。


「あ? ここはどこだ? ああ、あの村に魔獣を仕掛けて、俺様はその隙に村に入るのか、分かったぜ」


 人間が発した言葉の意味は、魔物には理解できなかったので、誰かと会話しているように喋っているのも分からなかった。

 だが、人間が自分の意志を持って動き出したのだけは理解できた。

 それと同時に魔物は人間の体を動かしにくくなっていった。

 

 魔物でも人間でもないそれ以外の何かが、主導権を勝手に切り替えたように。


◇◇◇◇


 僕達は村中に響く、警鐘の音に慌ててアリーチェを抱っこしてから、母さんとレナエルちゃんを引き連れて、村の広場に集まる。

 予め鐘がなったらここに集まるという話をされていた。


 戦えるものはいち早く村の門をくぐり、農地の端にある柵のところまで弓を持って走っていった。

 

 今は夕方だ。一番姿が見えにくいと言われている、いわゆる逢魔ヶ時おうまがどきで、村には暗い影落ちと、空はオレンジ色に照らし出されている。


 迎撃のリーダーとして柵へと行ったのはロジェさん、この場の混乱を抑えるために残ったのが、父さんとおじいちゃんだ。

 トシュテンさんもいるけれど多分ここに残る村の人達のリーダーをやるのだろう。


「みんな、初めてのことで混乱しているだろうが、落ち着いてくれ」


 戦えない人達が不安そうにうるさいくらいに騒いでいるなか、そう話し始めたのは父さんだ。おじいちゃんは後ろに控えている、妙な圧力を出しながら。


 父さんの言葉に耳を傾け始めたたのか、おじいちゃんの圧力に負けたのか、少し話し声がする程度までは落ち着いてきた。


「いいか? 魔獣はたしかに恐ろしいだろう。それはいきなり襲われた時の場合だ。村の内部に入り込まれて暴れられるのが一番恐ろしい」


 その時の想像したのか、主婦みたいな人達が自分の体を抑えて震えていた。


「だが! カリスト殿が辺境伯様の決めた予定に逆らってまで、こうやって危険を知らせに来てくださった!」


 父さんが大げさなくらいの手振りで、おじいちゃんに視線を集中させる。おじいちゃんは鷹揚にうなずいていた。


「魔獣対策はできている! 俺たちが決して村には一歩たりとも踏み入れさせん! さらに! カリスト殿も戦いに出てくれるとおっしゃってくれた!」


 そういや、おじいちゃんは強いんだったっけ? どんなふうに強いんだろ。と、思っていたら父さんが説明してくれた。


「みなも知っての通り、カリスト殿は魔術師だ。それも辺境伯様に認められたほどのだ。さらにカリスト殿は弓も人数分以上に用意してくださった。もちろん矢も大量にある! これで負ける要素などどこにある! もちろん! 俺も出るぞ!」


 そう言って父さんはアリアちゃんにもらった木剣を抜き放ち、掲げた。

 そんな木剣で大丈夫か? と村の人は思っただろう。

 でも、次の瞬間その木剣から、ものすごい圧力を感じるほどの魔力がほとばしった。


 その圧力に少し気圧された後、集まった人達からの中から「そうだ!」という声が、数人から上がった。それをきっかけに村の人達の感情は恐怖から一転して、「そうだそうだ」とか「カリスト様バンザイ」とかの歓喜の声へと変わっていった。

 最初に声を上げた人が煽動臭いなと思ったが、もちろんそれは黙っていた。


「ここに集まった者たちは、交代で炊き出しを行ってくれ。長期戦にはならないと思うが念の為だ。もし怪我などしても安心してくれ、神父様とシスターも来てくれている」


 僕は父さんが指し示す方へ、顔を向けるとシスターと神父様、その横におばあちゃんが立っていた。

 並ばれると、シスターとおばあちゃん本当によく似ている。おばあちゃんもシスターみたいなヴェールを頭に被っているせいもあるのかな?


 そちらを見ていたらシスターとおばあちゃんが同じような振り方で、僕に手を振ってくれたので、アリーチェと一緒に手を振り替えしたら、隣でレナエルちゃんも一緒に降っていた。

 

 その間に父さんは細かい指示も終わらせたらしく、おじいちゃんと一緒に僕達のところへやってきた。

 先程の演説をしていた父さんはすごかった。ちゃんとしたリーダーとしてみんなの前に立っていた。


「どうだ、アリーチェ。さっきの俺はかっこよかっただろう?」

「あい!」


 僕からアリーチェを奪って父さんは抱っこし始めた、さっきの父さんの勇姿でアリーチェはは喜んでいるが、せっかくカッいいと思ったのに戻ってきて早々、アリーチェにドヤ顔で自慢し始めて、その落差に僕はがっかりだった。

 一緒に来たおじいちゃんは少し渋い顔をしている。


「どうしたの? おじいちゃん?」

「あ、ああ。なんでも……は、なくないな。エドワードその木剣どうした? そんな異様な魔力の通り良さ見たことないぞ」


 だけど、父さんはアリーチェに夢中になっていて、全く聞いていなかったたので、僕が手に入れた経緯をおじいちゃんに説明した。


「ハイエルフ殿が作った木剣だと……エドワード! ってやっぱり聞いてねぇ」

「あぁ、おじいちゃんもうすぐだからちょっとまってて」

「ちょっとって、なんのことだ?」


 多分もうすぐアリーチェが……ほら。


「やー! とうたんやー!」


可愛がりすぎて、扱いが雑になってきた父さんにアリーチェが嫌がって、両手でいっぱい突っ張って父さんを押しのけようとしていた。


 僕が近づくとアリーチェが僕に向かって一生懸命に、手を伸ばしてきたのでそのまま抱っこする、こういう時は父さんもアリーチェが痛がらないよう仕方なく離している。


 嫌がれたショックでへこんでる父さんに、おじいちゃんが軽く小突く。


「いてっ、何だよ親父」

「こんな時に馬鹿なことやってるんじゃない、それよりもお前が持つ木剣だ。ルカから説明は聞いた」

「ああ、これか俺みたいな魔力操作が苦手な奴でも、まさか魔力を通して強化できるとは、すごいよな」

「──そうだ、お前には分かってないかもしれないが、本来はありえんのだぞ」

「? どういうことだ? あっさり創って渡してくれたぞ」

「それがありえんのだ。……いまはいい。だがな? そいつは軽々しく見せるものではないぞ。これからは心に留めておけ」

「よくわからんが、わかった」


 父さんとおじいちゃんのはそこで会話を終わらせて、母さんとアリーチェ、レナエルちゃんに向き合った。


「ソニア、お前はアリーチェとレナエルを連れて、家で待機だ」

「私も炊き出しの手伝いをするわよ?」

「いや、最初は子供の世話をしなくてもいい連中に任せてある。それ以外は戦いに出るやつの子供の面倒を見てくれ。ソニアはレナエルだ」

「ええ、わかったわ、レナエルちゃん、いつものようによろしくね」

「うん、ソニアおばさん。あれ?おじさん、ルカはどうするの?」


 そういえばそうだ。父さんはぼくの名前は読んでいない。


「……ルカは」

「エドワード、俺から言おう。ルカは俺達と一緒だ」

「お父様!? エドワードどういうこと? なんでルカが!」


 僕が魔獣と戦うのか、どうしよう戦ったことないからわからないけど、言われたなら仕方ないのかな。


「落ち着いてくれソニア、親父それじゃ、誤解するだろ。ルカは俺達と一緒に行くが、後方で矢を創ってもらうことにしたんだ」

「準備はしているのでしょう? ルカが行かなくてもいいじゃない」

「準備はしている、しているが、大量に持ち運ぶよりルカにその場で作ってもらったほうが、圧倒的に効率がいい。それにこいつの生成速度は他のやつの比にならん」


 開拓作業が中止している時、戦闘の準備のために矢を創ってくれと言われて、出していたらに途中で止められたあれか。


「でも、エドワード。ルカはまだ十歳なのよ」

「ソニアちゃん、俺達も分かっている。だがこれも村のためだ、俺達は最善の手を打たねばならん」

「お父様……」


 村のため……、父さんとおじいちゃんが言うのなら仕方がない。


「いいよ母さん、僕行くから。村のためなら行かなきゃ」

「ルカ?」

「それにこんなことで、時間とってる場合じゃないでしょ? 早く行かなきゃ」


 そうだ、こんなとこにいる場合じゃない。早く行って、早く解決しないと開拓作業がいつまでも停まったままになるじゃないか。

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