第二十七話 辺境伯と子爵家と賊

「クリストフェル = エク= ビューストレイム辺境伯閣下に敬礼!!!」


 子爵と俺との領地の境目、その場所で、号令とともに馬車の窓から見える俺に向かい、子爵の兵士数十人が、見事に息のあった敬礼を見せる。

 こいつは子爵の息子で、あの野郎の弟だったか? 葬儀出席の後領地の視察へ戻る俺に兵士を連れて、子爵領地の境界線まで護衛と見送りのために来ている、今の敬礼からわかるが、しっかりと兵士をまとめ上げている。

 背筋を伸ばし、腕を後ろで組んだまま、よく通る声で俺に感謝の意を伝えてくる。


 俺はそいつを観察する。

 貴族にありがちな金髪碧眼、精悍で整った顔、俺の息子エドワードほどではないが鍛えられた体と、淀みのない魔力。

 魔力操作はおそらく兄だった者のほうが優秀だろうが、総合力では上を行くな。

 

「うむ、ご苦労であった」

「はっ、ありがたき幸せ」


 俺の簡易な返礼が終えたあとに、子爵の息子が敬礼の手を下げる、その後一拍置いてから兵士達が先程と同じように一糸の乱れもなく揃って、敬礼の手を下げる。

 先ほどは号令があった。しかし、今みたいに号令がなくともきれいに揃ってやがる。いいな、美しい。


「貴族規約とはいえ、御身を護衛もなく領地を離れ我らが地へご足労いただいたこと、そして、我が兄の葬儀にご参加いただいたこと、感謝の極みであります」


 貴族、もしくはそれに準ずるものが、兵団を連れて他の領地を移動際には、王への申請と領主への申請が揃わないといけない。そして、そのどちらも揃えるとなると戦争中であり、戦地へと向かう時以外は、ほとんど許可が出ない。


 そのため、視察に着いてこさせた奴らはここから一番近い街で、待機中だ。金もたっぷり渡してある、おそらくどんちゃん騒ぎでもしていることだろう。


は貴族の常だ。お前が気にすることではない」

「はっ、ありがとうございます。閣下」

「お前と兄とでは、育てられ方が随分と違うようだな? 王都の学園にでも行ったのか?」

「いいえ閣下、兄も自分も領地での教育で育ちました。兄は、父と正室である兄の母が、自分は第二夫人である母より教育を受けました」

「ほう! お前の母親は、さぞかし優秀なのだろうな」

「……はっ、王都の学園で教師をしていたと聞いています」


 おっと、これはものすごいエリートが母親だったのだな。学園の教師なぞ、なろうと思ってなれるものではないからな。

 王都には学園があり、貴族は当主が認めた子供三人までなら無条件で、それ以下と平民ならば優秀であるなら誰でも入れる。

 無条件で入れる方が楽だと思いがちだが、そうではない。

 当主が認めた人間が落ちこぼれた場合、本人はもちろんだが、

当主、家名に傷がつく。あそこの当主は次期当主の見極めも出来ない、その程度の家だったのだろうと。


 そのせいもあり、王都より離れている領地を持つ貴族は、それを言い訳に自領での教育のみを選ぶものもいる。

 子爵家もそうだったのだろうが、こうして見ると当主よりも正室よりも、第二夫人が優秀だったか。


「ふむ、お前の名前を聞いてやろう」

「はっ、シェスティン = グスタヴソン子爵が一子、ケルスティン=グスタヴソンであります」

「そうか、ケルスティンよ。お前が子爵になった時に俺の領地まで挨拶に来い。そのときになら

「りょ、了解であります」

「後、その軍人口調も直しておいたほうが良い」

「はっ、……いえ、わかりました、努力いたします」

「では、達者でな」


 そう言って俺は馬車を走らせる。

 ケルスティンとその兵士達はもう一度敬礼を取り、今度は俺の馬車が見なくなるまで、ピクリとも動かなかった。


「本当にアレの息子と弟か? 出来が良すぎて少し驚いたんだが?」


 俺は目の前に座る女、カロリーナに声をかける。

 こいつはトシュテンの妻で同じ村に住むウルリーカの姉だ。

 今回の子爵領に行ったときは、侍女としての立場で連れてきている。


「そうですね。血筋と言うよりも、育てた者の違いですね

「やはり教育の差か、血筋と魔力操作の才能が高くないと貴族にはなれんとは言っても、育ったのがアホではどうしようもないな。あのアホはうまいこと処理できてよかったがな」

 

 その俺の台詞にカロリーナの眉がピクリとした。


「エドワードに関して、私はまだ根に持ってますからね」

「何度も言わなくてもわかってる。だが俺も貴族として、エドワードが仮にも貴族相手にやったことを処罰しないといけなかったからな。そこは曲げられん」

「私もわかっています。だから許してはいますが、根にも持ってます」


 その頑固さを受けて、これだからハーフエルフは、と、口の中でつぶやいた。


「自分の孫のことを可愛いと思って、なにが悪いのです。それにルカのこともあります」

「ぐっ、あの子とは言うなよ……」


 そう、エドワードはこいつの孫だ、ルカの曾祖母になる。

 トシュテンより、前の夫と出来た娘がエドワードの母親だ。

 

 ハーフエルフは普通の人間より長生きだが、夫が早くに死んだととしても、次の夫は作らないくらいこいつらハーフエルフの愛情は深い。

 しかし、今のトシュテンの姿からは想像できないが、渋るカロリーナを相手にそれはもう情熱的に口説き落として、なんとか再婚までたどり着いたわけだ。


「そ、その話は置いといてだ。領地に戻ってきたから早めに着替えておく。お前も耳を出しておけよ」

「はい、旦那様。ごまかされておきます」


 貴族服から旅の服へ着替えて体格がわからないようにし、他の人間と会うときは腰を曲げじじいっぽくする。魔力操作も雑にする。

 領地視察時のちょっとした変装だが、これだけで意外と俺が辺境伯だと気付くやつはいない。


 そしてカロリーナはウルリーカの耳と違ってエルフの耳を持っている。

 それを見せるだけで普通の人間はカロリーナをエルフかハーフエルフだと思う。

 ハイエルフ?普通ハイエルフを見る機会なんてない。

 こまったことに、この大陸は今ハイエルフが存在してないしな。

 他の六つの大陸でそれぞれの世界樹のそばにいることだろう。


 辺境伯の使いの老夫婦、それが俺達の仮の立場だ。

 カロリーナを妻としているので、ますます俺を辺境伯本人だと疑う人間は減る。貴族は純血を好むからな。


「ああ、そうだ。魔の森の世界樹はどうだ? まだ、巫女は見つからないのか?」

「ええ、何度も試しては見たのですが、ハーフエルフやエルフだと、力が足りないですね。やはり、ハイエルフ様が新しく生まれないと、だめなのかもしれません」


 今、この世界にある世界樹はハイエルフ達が創り出した世界樹だ。

 この大陸の世界樹は、巫女がおらず十全に力を発揮していない。


 各地に偶発的に生まれる聖木とは、力の桁が違うらしく巫女としての力もそれ相応のものでないとだめらしい。


「しかし世界樹の巫女がいないとなると、この大陸の魔素の浄化にもいつか限界が来るぞ。現に魔の森もおかしな魔物が生まれたりしていると聞くしな」

「……もし、もしですよ? ハイエルフ様でなくてもいい可能性があるとするならば、人間から巫女が生まれるかもしれません」

「人間から? 今まで人間から巫女が生まれたことはないぞ。少なくとも俺は知らん」

「ええ、ですのであくまでも可能性の話です。万物の可能性を持つ人間ならあり得ると言うことです」

「そうか……教会に取られないと良いがな」


 巫女も契約の魔法と似た力を持つもの、教会が集める人間も契約魔法を扱える可能性を持つものだ。

 背に腹は変えられんが、教会に任せるのも業腹だからな。


◇◇◇◇


 しばらく馬車を走らせているとカロリーナが、静止の声を御者にかけた。


「馬車を止めてください、今すぐに」

「はい」


 御者が言われた通りにすぐに馬車を止めた。

 そして俺がカロリーナに「来たか?」と声をかけると、彼女はうなずいた。


「はい、前方に賊らしき集団がいます。襲撃ですね」

「よしよし、ちゃんとやってくれたな。子爵よ褒めてやるぞ」


 奴は最初俺の視察のスケジュールを知った時、賊の集団を集めそいつらを犠牲に、息子の敵として、俺に一太刀浴びせてやろうか、などと、頭の片隅にあっただろう。

 だが、俺に一太刀浴びせるとなると、優秀な人材が必要だ。

 先程見たケルスティン並のやつがだ。そんな人材、私怨のため浪費させるなど俺が許さない。


 だから、前にあった時に釘を指したわけだ。

 だが、それと同時に賊は差し向けろということも言ってやった。

 子爵は無駄とわかっていてもせめてもの嫌がらせのため、賊をそそのかし俺達を襲わせるだろう。

 もし、子爵が動かしたとバレても大丈夫なように、言質はわざと取らせてる。

 

「何人だ?そう多くはないだろうがな」

「いえ、結構な人数がいますよ。200といったところですね。細かい数字まで言いましょうか?」

「いらねぇ。しかし、思ったより多いな、子爵が表立って集めたか?」

「私の子飼いに調べさせましたが、その様子はありませんでしたよ」

「だろうな。だが、最初から徒党を組んでたにしては多すぎる」

 

 馬が射られては面倒なので、カロリーナと二人で馬車から降りて、御者には馬を守って待っていろと声をかけ、話をしながら賊へ近づいていった。


 前方にバラバラと賊達が待ち構えている。

 俺じゃ細かい数字はわからんが、確かにカロリーナの言った通りくらいはいるな。

 だが、さっき良い操兵を見たばかりのせいか、こいつらのまとまりの無さは見るに堪えない。全く美しくない。


 一番前にいる偉そうに蛮刀を肩に担いでいるのがおそらくリーダーだろう。


「よう、またせたな。なにか用か?」

「てめぇら、馬車から降りて悠々と余裕だな? なめてんのか!?」

「ああ、なめてるよ。それがどうした?」


 おーおー、顔が真っ赤になってるな。沸点が低すぎる。


「糞が! 女と金を渡してれば素直に殺してやったのによ! 貴族のじじいがよ、こうなったら殺してくれって言ってもやめてやらねぇ」

「お? 俺が貴族っての分かって襲ってきてるのか? 度胸あるな、褒めてやるぜ」

「はっ! 貴族がなんだってだよ! 俺様達に権力なんて通じねぇ! どうせ誰も帰れねぇんだ!」


 なるほど、平和が続くとこういった勘違い野郎達が生まれるわけだ。

 貴族が貴族たる由縁がわかっちゃいねぇ。

 ちょっとレクチャーしてやるか。その体にな。


「カロリーナ、何人残ると思う? 最弱でいくから俺は10人くらいは残ると思うが」

「いえ、せいぜい3人といったところでしょう。数は多くとも質はよくありません」

「そんなに少ないか? 賊なんてやってるんだ。少しは鍛えられてるだろう?」

「いえ、見てわかりました。おそらく住処を魔物に追われて逃げてきた者たちでしょう。負け犬ですよ」

「てめぇら! ごちゃごちゃとなにを言ってやがる!」

「ああ、こういうことだよ」


 その台詞のあとに俺は相手にもわかりやすいように、指をスナップさせた。

 その瞬間、指先から軽いスナップ音と賊側からバチンと強い弾ける音が聞こえる。

 族の親分が弾き飛ばされた音だ


「ぐっ、魔術ってやつか! だが俺にはこんなもん効かねぇぞ!」

「さすが、頭をはるだけはあるな、最低限はくぐり抜けたか」

「はっ、負け惜しみか? 魔術師なんてな、近づいてぶっ殺せばいいんだよ」


 そう言ってこちらに駆け出そうとしてきたので、もう一度弾き飛ばす。


「おっと、焦るなよ。ちょっと後ろの手下どもを見てやれよ」


 俺の言葉を疑問に思いながらも、親分が後ろを向くと、さっきまで俺達をニヤニヤと笑って見ていた奴らの動きが止まっている。


「どうしたおめぇら、全員で取り囲んでミンチにするぞ」

「まあ、そいつは無理な相談だろうな」


 俺が言った次の瞬間に、賊の手下どもが血を吹き出して崩れ落ちた。親分以外は2人残ってるな。カロリーナの言った通りか。


「私の勝ちですね。旦那様」

「あーそうだな」


 自慢気に行ってくるカロリーナに適当に返事する。

 

「て、てめぇ! なにをしやがった!」

「何って、お前が自分で言っただろう? 魔術だよ。お前達の全員に瞬きも満たない時間、石の杭ストーンパイルを発現させただけだ。お前と後二人は魔力抵抗で弾くことが出来たが、それ以外はだめだったな」

「なっ、なんだと」

「いいか? 教えてやる。貴族の本質はな、お前が言うような権力じゃない。本来は魔術行使による──大量殺人術だ。戦争がない今の時代はその基本を忘れてしまってる貴族もいるがな? 俺みたいな化け物が本来の貴族だよ」


 そのため魔力操作を強く、多く、広くできるかを貴族は重視する。

 その魔力の手というべきものが、できればできるほど広がれば広がるほど多く殺せるからだ

 たかが200人程度じゃ、俺でなくても貴族ならばできる。

 俺達大貴族に課せられてるのは一騎当だ。

 雑魚がいくら集まったところで、貴族に一蹴される。

 貴族とは領地を守るための、抑止力だ。

 

 確かにこいつが言ったのも間違いじゃない、貴族を殺りたければエドワードのような1対1に強いものをぶつけるのが一番ましだ。

 最弱で撃った魔術に弾かれるようでは、どうしようもないが。


 ほとんどの手下が死に、それを見た親分は吹き飛ばされたまま、腰が抜けたのか、地面にへたり込んでいる。

 俺はゆっくりとそいつに近づき、顔を合わせる。



「もう一度聞くぞ? 俺が貴族っての分かって襲ってきてるのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る