幕間1 過去と出会いと罰

 俺、エドワードはクリストフェル = エク= ビューストレイム辺境伯の庶子として生まれた。母は俺を生んでしばらくしてなくなったそうだ。


 一応貴族ではあるが、ほぼ平民と変わらない、成人してしまえばその貴族籍からも外されるだろう。

 親父──普段は辺境伯閣下と呼ばなければならないが、庶子である俺にも優しかった。

 優しいという表現があってるかは、わからないが少なくとも俺にはそう感じた。しっかりと道筋を示してくれて、俺を軍部の仕事にもつかせてくれた。


 親父の血のおかげか、魔力の才覚も体内魔力の効率的運用が群を抜いて良いというものをもって生まれた。

 自己強化、隠蔽、遠見、感知やその他の制限解除も直ぐにできた。

 制限解除が起きると今までできなかったことが前から知っていたかのように当たり前にできるようになる。

 土地や種族によっても呼び方は異なるらしいが、魔力の才覚をギフトとよんでいる所はこれをスキルを習得したと言うらしい。

 習得方法は先人から教わるのが多いが、誰にも教わらず身につける特殊な人間もいる。──まあ、ルカやアリーチェだが。


 ソニアと出会ったのは俺がまだ17のときで、ソニアが16だったかな? 

 国境沿いの砦に軍の合同演習に分隊長の一人として訪れたときだ。 

 国境の向こうの国とは和平を結んでおり、ここでの戦争の可能性は高くはないが、武力誇示のための軍事演習も多く、そのためか近くの街は結構な発展をしていた。

 そこに訪れた行商人家族の娘がソニアだった。初めてあった時、その物静かな立ち振る舞いと穏やかな表情に見惚れた。そうだ、一目惚れだったんだ。


 それからは猛アタックで口説いた。もちろん強引なことはしてないし、迷惑なんて掛けていない──いないと思う。


 それからアタックを続け、ソニアと付き合うことに成功した。


 事件が起きたのはしばらく立って結婚も受け入れてもらい、視察を名目に親父がこちらに来るということで、ソニアの家族を招くためソニアの商店に行こうとしたときだ。

 辺境伯が軽率なとは思うだろうが親父はよく身分を隠して出かけているし、襲われたとしても辺境伯当主とまでなった男は、そんじょそこらの野盗などが束になってかかってきても傷一つ負わない。


 俺が近くまで寄るとソニアの商店で騒ぎが起きていた。

 見ると、ソニアと男が店先で抱き合っている。それを見た俺はもちろんブチ切れた。

 浮気ではない、ソニアが男から顔を背け泣いていたからだ。


 俺は全力で走り寄り思い切り男をぶん殴った。吹き飛ばされた男が立ち上がりなにかを叫び剣を抜いた。すぐさま斬りかかってきたが俺は剣を拳でブチ折り、もう一発殴ってやった。

 倒れた男は自分の剣と俺の顔を交互に見て、腰が抜けたのか倒れたまま後ずさろうとしたところで、兵士に取り囲まれた。

 男を捕まえるのかと思ったがそれは違って俺が捕まった。

 ──男は子爵家の次期当主だったんだ。ソニアが泣いていたのは、俺の物になれとか、逆らうと家族がとか、店がどうとか、──まあ、権力を傘にきたクズがよく云うような台詞だ。


 親父の権力で釈放された俺は辺境伯の都へ戻され、

 それから辺境伯家当主と高速馬車で急いで駆け付けた子爵家当主の話し合いになった。

 庶子とは言え大貴族である辺境伯の息子、子爵家とは言え次期当主。

 もちろん、立場的には後者が圧倒的に上だ。子爵家としては次期当主に手を出されたんだ。普通なら死罪と賠償を要求するだろう。

 子爵家としても賠償は受け入れられるだろうが、慣習により平民の立場になったとはいえ、血のつながった息子に死罪を要求などしたら子爵家は辺境伯家から恨みを確実に買うことになる。それは避けたい。

 避けたいが次期当主に大衆の面前で暴行を加えた事による厳罰を与えないと貴族としてのプライドに傷がつく。

 

 双方が折り合いがつくよう話し合いの結果、次期当主は訓告処分となり、辺境伯側は賠償金を立替えて払い、俺は新しく作る開拓地送りとなって、そこで利息を含めた賠償金が払い終わるまで、その地から出られないことになった。口頭だけの注意となった次期当主は俺に向かってニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


 子爵家側が何処の場所なのか問うと、辺境伯の領地の中でもさらに辺境で森にはエルフ族が住んでおり、山にはドラゴンが眠っていると噂で、禁足地となっている場所を告げられた。

 子爵家当主は庶子とはいえ自分の息子に事実上の死罪を言い渡し、さらにはそんな辺境では到底稼ぎ出せないであろう賠償金を払わせる、辺境伯の苛烈さに唸り、この条件で納得をせざるを得なかった。


 公的な立会人のもと、賠償や罰に対する書類を書き上げ辺境伯家当主、子爵家当主、双方が署名した。

 その後教会に行く予定だ。契約の神の力を借り、この署名が正しきもので神聖なものだとするため、それと俺に逃亡防止のため、契約魔法を使用するためにだ。

 契約はこちらの用意した文面を神父様が書き上げ読み上げるとき正式に決まる。期間は賠償金を払い終えるまで、逃亡はさらなる賠償金──これは辺境伯家にだ──とか、逃亡以外は俺に対する罰を決めたときと、だいたい同じ内容だ。


 立会人が去ったあとの部屋で子爵家次期当主に向かって「今回は俺の息子がすまなかったな」と、頭こそ下げはしなかったが、大貴族である親父が謝った。


 自分の有利と見捨てられた俺を見て次期当主のいやらしい笑みは深まった。

 そこで調子に乗ったのか俺の契約魔法に対する文句を言い始めた。

 内容は、「逃亡しても賠償金を辺境伯閣下に払うだけでは罰にはならない、それに賠償金支払いも辺境伯閣下がその男に金を渡しそれで払ってしまうかもしれない。

 賠償金支払いは開拓した成果物からの支払い、それと逃亡に対する罰はやはり死罪でしょう」だ。


 それを聞いた子爵家当主は青ざめなにかを言う前に、親父が「いいだろう」と立会人を呼び戻し、内容を書き換えた。ただし、死罪は重い条件のため、逃亡とみなす条件や行使される猶予時間は考慮された。その内容で契約魔法は正式に神に認められ、俺に使用された。

 俺は少し重苦しいなにかを背負った気分になった。


 教会から出る間際、親父は子爵家当主に向かい「わかってるな」とつぶやき、子爵家当主は青い顔のまま、自分の息子を見てからうなずいた。


   ◇◇◇◇


「あー、終わった終わった、疲れたな。トシュテン酒だ──うむ。お前も飲むか? エド」


 執事長のトシュテンは親父が言い終わる直後に無言でワイングラスを差し出した。親父もそれを当たり前のように飲む。


「親──いえ、辺境伯閣下、自分は結構です」


 今回の話し合いでは、俺は黙って一言も喋らず反省した顔をしていろと言われていたが、あまりの内容でとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。


「なんだよ、親父でいいっていつも言ってるだろうが、──ははーんお前、さてはすねてるな? 」

「だってよ、あんな契約俺に死ねって言ってるようなもんだろ? 」

「馬鹿言うな、なんで俺が息子に向かってそんなこと言わなきゃならん。よく考えろ、お前は逃げるか?」

「そんなことしない、だけど──」

「だけど、エルフとドラゴンの住む地で開拓なんて無理だし、そんなところで金なんて返せねぇか?」


 俺はうなずき、そして「噂が……」とつぶやいた。

ドラゴンやエルフに関する噂は俺も聞いたことがあるからだ。だからこそ子爵家も受け入れた。


「噂か、『ハーフエルフを怒らせるな誰も勝てぬ、エルフを怒らせるな国がなくなる、ハイエルフを怒らせるな種が滅びる』だったか?」

「そう、噂だから大げさなんだろうけど、うそじゃないんだろ? 」

「さあなぁ?どうだったかな?なあ、ウルリーカ!」


 親父が大きな声を上げたと同時にいつの間にか移動していたトシュテンが扉を開けた。

 いきなり開けたせいか女性が2人、部屋に転がるように入ってきた。


「ソニア!?」


 もうひとりの女性は誰かは知らないが、もうひとりは俺の恋人のソニアだった。


「ああ、俺が向こうから連れてくるように言ったんだ」


 どうやらソニアは親父に召喚されて、この家まで来ていたようだ。


「申し訳ございません辺境伯様、この御無礼はいかようにも」


 オヤジの前だと気付いたソニアはすぐに両膝を尽き頭を垂れた、震えてるのは大貴族の前だからだろう。

 親父がそれを止め立つように促す。


「いいんだソニアちゃん、 立ちなさい。どうせ、そこのハーフエルフにそそのかされたんだろ?」

「えへへ、ソニアさんがお部屋で悲しそうな顔をしてましたので、つい連れてきてしまいました」

「ハーフエルフ!?」


 新緑の髪を持つ女性がソニアを立たせ、かばうように前に立った人がハーフエルフ? 噂に聞く通りに顔は整っていて美しいが人と区別がつかない。


「はい、そうです。ハーフエルフのウルリーカです。お見知り置きを」

「こ、こちらこそ、エドワードです。ハーフエルフの方に会えるとは光栄です」


 ペコリと頭を下げられたので俺も慌てて挨拶を返した。


「礼儀正しいんですね。クリストフェルさんの息子とは思えないくらいです」

「なに言ってるんだ、俺の息子だから、礼儀正しいに決まってるだろ」

「あら、それは失礼いたしました」

「ウルリーカ、俺の息子がエルフに怯えてやがるんだよ真実を教えてやってくれ」


 「わかりました」とウルリーカさんがうなずいた。


「まあ、概ね本当のことですね」

「やっぱり!本当のことじゃないか親父!」

「息子を変にからかうのは、やめてくれウルリーカ」


 「今はそんな状況じゃないんだよと」親父は目頭をもみ、ウルリーカさんに文句を言った。


「噂は本当ですよ?ただし、エルフやハイエルフ様は滅多なことでは怒りという感情を発したりしませんよ」


 もう、数百年はそういった感情持ったことないんじゃないんですか?と小首をかしげた。


「ハーフエルフの噂に関しては我々だけなにもないのは仲間外れみたいで、寂しいと自分たちで流した噂ですよ」

「え? 寂しい? ……エルフとハーフエルフって仲が悪いのでは? エルフの里を追い出されるって聞きました」

「ああ、それもですか。そうですね、エルフとじゃ生活が違いすぎるんですよ。エドワードさん、あなた、果物とナッツを少々とお茶だけで7日ほど過ごせます?」


 流石にそれは無理だと、俺は黙って首を振った。


「エルフは過ごせるんですよ。それすらもなくても生活できるくらいです。──そして我々ハーフエルフはエドワードさん達とあまり変わらない食事が必要です。だからエルフの森のすぐ近くに集落を作ってそこに住むんです」


「それが追い出されてるって思われてるんですね」とウルリーカさんが少し悲しそうにつぶやいた。


「分かっただろ、エルフは大丈夫だ。ドラゴンもエルフの近くじゃ暴れないと言うことも聞いている。そもそもドラゴンは人に興味はない。そして、賠償金もな?あそこは農地に適している平原が確かにあるが、あそこの開拓を計画していたのはあの地で魔力草を育てることが出来るからだ。……なあ?」


 なあ? はウルリーカさんに投げかけた台詞だ。

 それを受けて肯定するようにウルリーカさんが何度かうなずいた。

 魔力草はどこでも求められており、価格も相当なものだが何処でも育つものではないし、条件もあると聞く。それが育つとなると確かに賠償金も払えるだろう。


「あとは、──まあ、ソニアちゃんのことだな」


 親父に言われ部屋の隅で大人しくしていたソニアの顔を見た、ソニアとも別れなければいけないのかと悲しい気持ちになった。いくらか心配は減ったがあんな辺境の地に連れていけるわけがないと。

 だが、ソニアはまっすぐに親父を見て──


「私もエドワードについていきます。結婚の約束もしました。私を助けてくれました。それで罰を受けるというなら、一人でなんて行かせません」


 と言ってくれた。


「よし、俺も結婚を認める。──そうだなご祝儀が必要だな。トシュテン、建築が得意な魔術師と建材をあるだけ運べ、エドワードの部隊から希望者を募れ、街からもだ。もちろん支度金も出す。ついでだ、トシュテンお前もついていき、村長として村の管理をしろ」


 怒涛のようなオヤジの命令を受けたトシュテンは静かにお辞儀をして部屋から出ていった。


「親父、金は出させないって契約書に……」

「間違ってるぞ、エドワード。お前に金を渡さない、だ。だいたい、これはお前じゃなくソニアちゃんの結婚祝いとして送ってるんだ。勘違いするな、なあソニアちゃん」

「えっ? あっ、は、はい!?」

「親父やめてくれよソニアが困ってる」


 後でトシュテンが教えてくれた話だが、もともとこの開拓は何も受け継げない俺のために計画されており、渡すためには他の息子たちをどうやってごまかそう、どうしたものかと悩んでいた所、俺がこんな事件を起こしたからこれ幸いにと俺に贈ってくれたわけだ。


「親父、あと1つ心配があるんだけど、アイツが砦の街に戻ったらあんな性格だ、ソニアがいないこととかで、ソニアの両親に嫌がらせするんじゃないか?」

「ああ、それも大丈夫だ。この俺に立場も考えず意見を言ったんだ。天罰が──おっとこれは不敬だな、まあ何にしろ罰が当たり、事故にでもあって今頃崖下にでも転がってるだろうさ」



 ──親父が子爵につぶやいたのはこれか、俺は少し背筋が寒くなった。

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