幕間2 後悔と後悔と光明

 開拓地に来てから1年が過ぎた。農地の開拓は順調で、トシュテンが厳選した農民たちは流石で、あっという間に農地の開拓は進んでいった。


 まだ一年しか経っていないが初めての収穫物も得ることができた。

 麦は収穫率が良いらしく、農民のおっさんが流石は辺境伯様の改良された麦だと言っていた。


 肝心の魔力草の方も試しで作った畑から問題なく収穫できた。

 だが畑を広げるにも魔力草の農地は地面が岩のように硬い、魔力が満ちてる上に長年なにもされていなかったせいで固まっているらしい。

 自己強化を使って魔力を流し込むように掘らなければいけない、それでも何度も何度も掘って、ようやく魔力が解け、土が砕けていく。

 ここで魔力草は育つとウルリーカさん、いや、巫女様に太鼓判を押されてんだが、親父はそれでもちゃんと収穫ができるか実験をしてから計画を進めるつもりだったが、俺が事件を起こしてしまったので事前実験なしで計画を早めた。


 ウルリーカさんを巫女様と呼ぶのはここに世界樹の枝があるからだ。

 俺たち人族は世界の裏側にあるといわれている世界樹の枝が地面を突き破って生えてきていると信じている──何もないところにポツリと生えていることが多いから──が、ここにあるのもそうだが、巫女様に言わせると、世界樹の影響を受けたただの木が進化して生えているそうなのだ。

 ポツリと生えていることが多いのは、それだけの力を持っているため他の樹木が生えないところでも成長できるためだとか。呼ぶなら聖木と呼んでくださいとのことだ。


 聖木を中心に作られた集落はその結界により魔物や魔獣に襲われることが殆どなくなる。

 ここの聖木はまだ目覚めたばかりで村とその周辺の狭い場所で精一杯らしい。

 巫女様は聖木を目覚めさせるためにここに来た。

 ハイエルフはもちろんだが、エルフやハーフエルフで聖木と同調できる才覚を持ったものを巫女や巫子などと呼ぶらしく、貴族でも無礼な態度を取るだけでも罪になることもある。


 前に、エルフにも頼めるのかと聞いたところ、エルフも快く受けてはくれるのだが、引き受けたエルフがいつまでたっても来ないので代わりにハーフエルフに頼んで、10年ぐらい過ぎてから「約束通り来たよ」ということもあるらしいので、ハーフエルフに頼んだほうが確実という。


 俺は一年を振り返りつつ、教会の前をうろうろとしていた。もうすぐ俺の子供が生まれるからだ。


   ◇◇◇◇


 ──子供が生まれ持った魔力の影響で親とは違う特徴が出ることがあるという。


 でも、生まれた子供は黒髪、黒目で顔も作りが全然違うような気がする。俺は金髪で目の色は緑だ、ソニアは赤毛で目の色は青。二人と似ている場所が一箇所もないということがあるのか? と、心配になった俺はこっそり神父様に聴いてみたが、珍しいことだがないことはないと言われて少しホッとした。


 ルカと名付けた息子は、あまり泣かない子でじっとしていることが多い。赤子とはそういうものだろうか?

 たまに漏らしたおしっこを触って手をベチャベチャにしているのは赤子らしいが。

 おしめを汚したまま泣きもせず一日中寝てたりと変なところがある。

 極めつけは赤子にあるまじき穏やかな表情を浮かべ放しになっていたときだ。

 ソニアは心配したが熱もなく、食欲もあり排泄も問題ないし健康そのものだ。──今でも思い出すと自分をぶち殺してやりたいが、この時の俺は、自分とどこも似ていないルカに何処か興味が薄かった。

 この時のことが今にも続いている最初の後悔だった。


   ◇◇◇◇


 魔力草の開拓地で休憩がてら開拓仲間の連中──この中にはありがたいことに昔の部隊の部下たちも来てくれている──と談笑していた時にソニアが慌てて駆け込んできた。


「どうしたソニア、ここにはまだ結界はない。あぶねーぞ」

「エドワード!ルカが大変なの早く来て!」


 思う所はあっても俺の息子だ、すぐさま立ち上がりみんなに「すまねぇ」とだけ言い残しソニアとともに戻る。

 ソニアを抱きかかえてから全力で急いだ。こちらのほうが早いからだ。


 家に帰るとルカが横になっている側で、神父様が立ち昇る魔力を隠そうともせず待っていた。これから魔力行使をするので練り上げている最中だということだ、その間に今状況を説明してくれた。


「良いですか? ルカくんはいま外魔力との親和現象により神の元に帰ろうとしています」


 背中がぞわりとした、言い方を変えると神父様はルカが死にかけていると言っているからだ。


「初期ならば私がルカくんの魔力を外から刺激してあげればすぐに戻れたのでしょうが、ここまで進むと私の力ではそれも叶いません」


 こちらを見た神父様は、俺をその細い目で睨みつけたように感じた。俺が楽観視をしていたことを知ったからだろう、赤子なんて心配してもしきれないくらい不安定な時なのにだ。


「巫女様なら単独でも可能かもしれませんが」


 ソニアが神父様の話の途中で遮り「じゃあ巫女様を」とソニアが詰め寄る。いま巫女様は瞑想して聖木様と同期している、聖木様も赤子の状態みたいなもので今が一番大切な時期らしく、聖木様がある教会の聖室から殆ど出てこれない。──何かあれば呼んでくれても構いませんということなので絶対に無理だと言うことはないだろう。

 だが、神父様は首を振った。「どうして!」とソニアは半狂乱になりかけている。


「落ち着いてくださいソニアさん。それよりもっと確実な方法があるのです。巫女様を例えに出したのは軽率でした。申し訳ございません」


 少し落ち着いたソニアに神父様は「良いですか?」と前置きをおいて話を続けた。


「まずはご両親にルカくんの手を取ってもらい、私が生命魔法によりお二人の魔力の流れを強化します」


 生命魔法とは回復魔法や強化魔法など他者の魔力や肉体に影響を及ぼしやすい魔力の才覚を持った人物が使う魔法のことだ。生命の神より頂いたと言う者が多い。


「二人の魔力はすなわち、ルカくんの魔力源泉。それを利用してルカくんの魔力を刺激し覚醒させます」

「そんなことをしてルカは大丈夫なんですか?」

「そのために私がいるのです。お任せください」


 そう言って神父様は魔力を練るのを終了させた。

 魔力は隠そうと内に閉じ込めようとすれば、才覚を持った俺には魔力の場所は分かるが、それでも魔力量や質などは一気にわからなくなる。その場所も隠蔽を使うと隠れてしまう。

 今は何も隠していないのだろう。神父様の練度は眼を見張るものがある。成人したばかりに見えるこの若さでだ。


「ふぅ、やはり魔力を練るのは時間がかかりますね。それではルカくんの手を握ってください」


 ソニアが慌ててルカの両手を掴む。


「いえ、そうではありません。ルカくんの片手を両手で握ってあげてください。……はい、それでよろしいです」


 俺はもう片方のルカの手を握る寸前、ビクリとして手が止まった。絶対にそんなことはないと心の奥から出てこないよう考えないようにしていたことが、この土壇場だからこそか、浮かんできてしまった。

 すべてが俺に、似てない理由を、だ。

 ルカの魔力の源泉が両親ということ、俺の魔力で戻らなかった時は──。


「エドワード、どうしたの? 早くルカを助けてあげましょう」


 ソニアのその声で考えが停止した。不安そうで、それでいて私達なら助けられるという希望を持った目で俺を見ている。──そんな当たり前の目だった。


「す、すまん。ちょっと怖くて動揺しちまった」


 そう言ってごまかし、俺は今まで漠然とした不安を持っていた気持ちを捨て去り、ルカの手を握った。


 「ではいきます」と、俺達の背中に手を当て神父様が口の中で呪文を唱えた。俺の魔力が熱くなる、そんなイメージが体中を走った。ソニアも同様だろう。

 そのままルカの方に回ってルカの頬に優しく手を添えた。


「イメージでよろしいですのでルカくんの方向に魔力を流して──おっと、これは」


 俺は──多分俺たちは流すイメージをする前にルカに魔力を吸い取られた。


「ルカくん戻ってきましたよ。……これは素晴らしい、自ら、生きる道を知っていたかのようです」


 キョトンとした表情をしてあたりを見回すルカをみて、ホッとした気持ちと魔力を抜かれた脱力感で、二人揃って床に腰を落とした。


「ふむ、大丈夫のようですね。この現象は一度起こると体と魔力が覚えてしまうので、二度目はないでしょう。──何かあったら今度はすぐにいらしてください」


 それから二人して精一杯の感謝を伝え、お礼として食事とわずかだが金銭を受け取ってもらった。神父様は「巫女様は瞑想に入ると食事もあまりしませんので、助かりました」と、言っていた。


 帰り際に、魔法を使ったとはいえ、他人の魔力を自ら吸収するとは、もしかしたらルカくんは回復魔法を使えるようになるかもしれませんよ?と、言って出ていった。そのときソニアがルカを抱きしめたのは神父様の目が少し怖かったのかもしれない


 俺はルカが助かって、憑き物が落ちたような気分になった。

少しでも疑い、ルカのことを軽く見ていた自分のことを恥じ、子供と妻のために生きていくことを、強く、心に誓った。


  ◇◇◇◇


 都で結婚していて俺について来れないと言っていたロジェが奥さんを病で亡くして娘さんと一緒にこの村に来た。やけになりかけたロジェにこの村で暮らしなさいとトシュテンが勧めたからだ。


 異変が起きたのはロジェたちが越してきて、ルカがそろそろ手伝いもできる歳になってきた四歳の頃だ。

 

 ルカはたまに変なことも言うが親の贔屓目で見ても、優しく賢い子だ。素直でこちらの言いたいこともすぐ理解してくれる。

 俺もソニアも心の底からルカに愛情を注いでいた。


 この村は開拓地としては非常にゆるい。辺境伯家の直轄地であり、税も厳しくない、一年位何も取れなくても暮らせるだけの備蓄すらある。


 だから、子供の頃から農業を覚えないといけないのは間違いないが、ゆっくり覚えればいいと、手伝い程度くらいしかさせない。


 俺は基本的に魔力草の開拓を行うため、農作物の手伝いを教えるのは農家のおっさん──ヨナタンに頼んでいる。


 ルカは農作業が終わって帰ると子供の体力では持たなかったのか、殆ど眠りながら夕飯を食べようとするので、ソニアも苦笑し、ルカの汚れた手や顔を拭いてやっていた。


 そして、ヨナタンが数日後相談に来た、ルカがおかしい。狂ったように働きすぎると。俺は狂ったようにとは人の息子にひどいなと言い。

 なにかやれることがあって嬉しくなってるだけだろうとそのうち嫌になって他の子供同様適度にやるだろうと続けた。


 ヨナタンは首を振り、だったら見ていてくれ、それと途中で手を出さないでくれ、心配だろうがそのほうが分かるというので訝しげな気持ちのまま、次の日開拓作業を休んで覗きに行った。


 ──異様だった。

 最初は他の子供達が雑談しながら軽い農作業をしている中、ルカは一生懸命働いてるなという印象でしかなかった。だが、休憩もせずにずっと動き続けてついには倒れた。俺が駆け寄ろうとしたがヨナタンに睨まれ、そのヨナタンが助け起こした。


 そして「大丈夫」とニッコリ笑うとまた働き出した。あれは魔力も使っているのか? 魔力をめぐらせば確かに動きは良くなる。だが自己強化として目覚めてない奴が使うとなると非常に効率が悪い。

 無駄に魔力を捨てているようなものだ。


 もう見てられず、駆け寄り神父様に見てもらおうと、ルカを引っ張ろうとしたがまたヨナタンに止められた。

 俺は激高しかけたがヨナタンにルカから離され、昨日無理矢理止めようとしたら半狂乱になったと告げられた。

 

 その日すぐに、疲れて眠るルカを神父様に見てもらった。

 神父様は何も問題はないというがルカの行動を説明して、やはりおかしいというと、巫女様に見てもらえることになった。

 聖木様が目覚めて数年が経ち、付きっきりにならなくても良くなってきているそうだ。


  ◇◇◇◇


 巫女様は教会の奥にある聖室で、聖木様と一緒の部屋で暮らしているそうだ。その部屋のドアを神父様がノックし「はい」という返事が帰ってきた。


「巫女様、アンデルスです。夜分遅くにすみません。少しよろしでしょうか? 」


 しばらくして巫女様が部屋から出てきた。


「アンデルス、こんな時間に珍しいですね。──あら?エドワードさんとソニアさんお久しぶりです。それにその子はルカくんですか?」


 巫女様はルカを見ると眉をひそめた。


「なるほど、その子になにかあるのですね。──部屋へどうぞ」

「いいんですか?巫女様」


 俺は聖木様が目覚めてからはこの部屋に入るのは初めてだ。


「いいんですよ、別に隠してるわけではありませんから。私の部屋も兼ねているので、恥ずかしいですけどね」


 部屋に入ると中心に男の身長の二倍程度ある普通の木のようにみえる、聖木様が生えており、この土地には珍しくガラスで外の光が取り入れるようになっていた。部屋の隅の方にベッドと机などが置いてあった。


 巫女様がベッドに座りソニアからルカを受け取るとルカが目を覚まして「……誰?」とだけつぶやいた。


「シスターウルリーカです。シスターと呼んでください」

「ルカです。四歳です。シスターさん」


 ルカは眠そうにそう返した。


「そう、ルカくんですね。あっちは聖木ですよ」とルカに見せた

「きれいな木ですね」


 巫女様が「でしょう?」と返した時、聖木様からカツンと硬質な音が聞こえた。


「あら、めずらしい」とつぶやいて一時ルカをベッドに寝かしてから聖木様から何かを拾い上げきれいに拭いている。


「聖木がこれをルカくんにって、蜜を固めた実のようなものですよ」


 ルカの口に押し当て、ルカは一舐めしてから「甘くて美味しい」と言って口に含んだ。

 神父様が驚いたような顔をしているので貴重なものなのだろう。


「では、ルカくんを見てみましょうかね」とルカの額に額を合わせて巫女様は薄く新緑に光る目をつぶった。静謐な魔力が部屋中を満たし時間がすぎる。 

 神父様が「巫女様は私と比べ物にならないほど魔力の精査ができるんですよ」と、小声で教えてくれた。

 しばらく経って、巫女様はルカにニッコリと笑い、「なにも問題ないですよ」と返した。


「シスター手がビチョビチョです」

「あら?これは失礼しました。興奮してしまいましたかね?」


 神父様が「シスターウルリーカ」と注意し、ルカは少し目を見開いただけでなにも言わなかった。


 巫女様はソニアにルカを返して、ソニアだけを家に返した。



 ソニアが教会から出ていったのを確認した後に、俺に近づきその俺の半分もないような腕で──胸ぐらをつかまれた。


 そのまま壁に叩きつけられ、足が浮いた。

 慌てた神父様が駆け寄ったが「だまりなさい」といわれ、神父様が水平に弾き飛ばされ壁にぶつかった。

 俺はピクリとも押し返せずそのまま壁に押し付けられて壁と俺の体が嫌な音を立てる。


「正直に言いなさい。あの子に契約魔法をかけたのは誰です?」

「ぐぅ、け、契約魔法?」

「そうです、あの子には、神の力を介さない契約魔法がかかっています」


 「あれは悪魔が使う魔法です」と、俺にかかる圧力がさらに増した。その痛みよりも怒りで頭が一杯になった。


「俺達が! そんなことをするはずがないだろうが!!」


 俺はともかくソニアの愛情を疑われたと思った俺は、敬意も何もかもを忘れて目の前の女に感情と共に大声をぶつけた。


「──嘘は言っていないみたいですね」

「なぜ俺達がルカに契約魔法をかけるんだよ……」


 ……巫女様が手を離したので俺は床にへたり込んだ。


  ◇◇◇◇


 それからルカを寝かしつけたソニアが加わり、話を続ける。

 巫女様が言うには契約魔法とは精神の上っ面に張り付くようなもので、神の力が介してないとすぐに剥がれるようなものだと「イメージですけどね」と説明してくれた。


 ルカのは、たちが悪く、魔力と精神に絡みつくように結ばれており剥がせない状態だという。


「一度魔力枯渇に陥ったのか、なにかされたのかは定かではありませんが、魔力構造にヒビがありました。そこから入り込んだのでしょう」


 俺は今日の魔力を無駄遣いしすぎるルカを思い出した。まさかと思い巫女様に聞いてみるが「いいえ」と返ってきた。


「ヒビはもう殆ど治っています。治ってるからそこに食い込んでるのですが。──まだ赤ちゃんの頃くらいの話だと思います。なにか心当たりは?」


 ルカが赤子の頃に起こったことはあのときのことくらいしか覚えがない。その話と魔力を吸われたという話をすると巫女様は考え込んだ。


 巫女様はしばらく、「いや、まさか」とか「でも」とか言っていたが意を決したかのように新緑に光る目で俺をじっと見つめ口を開いた。


「エドワードさん貴方契約魔法はかかったままですか?」

「それはもちろんです。契約が破られれば親父がすっ飛んでくるでしょうし」

「でも、昔ほどの重圧はない、そうですね」

「──ま、まさか」


 俺は思い出す、あの時心が軽くなったような気がしたのは……。


「仮説ですが、ルカくんがエドワードさんの魔力を吸収したときに契約魔法の一部──いえ、複製みたいなものまで取り込んだのではないでしょうか? 本来ならそのまま剥がれ落ちるだけのものをヒビから取り込んでしまったとしたら──」

「幼い子供に契約魔法は危険なのです。神もお認めにはならない」

 

 そう神父様が続けた。大人なら重圧程度ですむ契約魔法は、脆い子供の精神にはそれを成すために強制力として働く、ルカの場合はまだ軽く、自我があるし、おそらく契約されたことを成すために無意識に行動したり、忘れたりするだけですと神父様は語った。


 巫女様に直し方を聞くとすぐには無理だと言われてしまった。


「悪魔に掛けられたものではないのなら、もしかしたら時間とともに無くなるかもしれません。ルカくんの魔力が成長して破棄出来るかもしれません、ここの開拓が終わってしまえば契約満了するかもしれません。絡まりが解ければ私が解除出来るかもしれません。あなた達がルカくんを支えてあげてください。まずは、挨拶くらいからでいいのです。心の変化をゆっくりとでいいのでつけてください。魔力の変化も、体の変化も同じことです。私達も全力で手助けします」


 そこまで聞いた時ソニアが嗚咽をあげた。

 俺のせいだと、俺を責めてくれとソニアを慰めようとした。


「俺のせい──」

「私が! あんな男に見つからなければ、エドワードも、ルカもこんなことにはならなかったのに!!」

「おまえ、まだあのときのことを」


「お前はなにも悪くないんだ」と、ソニアの心を守るように抱き寄せた。


  ◇◇◇◇


 確かにルカは普通だった。

 よく笑うしよく話す。別に作業中も邪魔をしなければ普通だ。

 俺たちも契約魔法のことを普段は忘れるようにして、ルカと一緒に馬鹿をやり一緒に笑い、普通に過ごした。


 もちろん魔力の無駄遣いをさせないためにも自己強化を覚えさせ、無駄な魔法は使わせないようにしていた。

 それから数年が経っても何の変化もおこらなかった。良くはなっていないし悪くもなっていない。体力の余ったルカが朝早く抜け出して、開拓地に行くのは最初は困ったが無理などしてないことがわかり、支えつつも見守ることにした。


 そんな折にソニアが懐妊した。


 無事に女の子が生まれアリーチェと名前をつけた。ルカに変化があったのはその頃からだ。

 妹にベッタリになり、水魔法を浮かせたりして、あやすために魔力を使っていた。

 今までは、魔力を使わせないための言葉「明日に影響あるぞ」といえば、ルカはすぐに魔力を使うのをやめていた。


 今回も同じだろうと思ったが、魔法を見て笑うアリーチェを見ながら、「いいよ、少しぐらい」と返ってきた時は、止まっていた時間が音を立てて動いた気がした。


 それからルカはアリーチェのために魔法を使うようになっていき、清潔にしないとだめだとかお風呂を作ろうとか、よくわからないことを言い出したけれど俺は嬉しかった。


 このときから俺はアリーチェは俺たち家族に幸せを運んできた天使だと思っている。


 ルカが暴走して風呂場を作った時は驚いて巫女様に見てもらったら、魔法の出来に驚いていた。このまま魔力を高めていければ、改善もしていくでしょうと言われた時は嬉しくてソニアと一緒に乾杯をした。


 変化があるたび、神父様や俺が何度も開拓を休んで教会に行けとは言っているがそこはまだ無理だった。覚えてなくそのまま開拓地に行っていた。


 ルカもだがアリーチェがどんどん、ルカにベッタリになっていき、風呂に入るときに「とうたんとはもういや」と言われたときには気付いたら次の日になっていた。


 アリーチェとともにだが教会にも通い、他のことにも目を向け始めた。まだ、レナエル以外の他の子供とは殆ど遊んでもいないみたいだけど。


 アリーチェの世話をし、馬鹿みたいな魔法を使うようになって、変なこともいっぱい、し始めたけど、ルカはどんどんと普通になっていく。



 そして今日、俺たちを優先し、アリーチェのために残り、ソニアの朝飯を一緒に食べた。


今までのことを思い返しながら、目の前のアリーチェの「いってらっしゃい」とルカの「いってきます」を聞いて、俺はもう耐えられそうになかった、が、父親の意地としてルカが出かけるまでは我慢をした。

 扉が閉まると馬鹿みたいに涙を流しながらソニアごと抱きしめながらアリーチェにありがとうと言った。

撫でてくれるソニアとアリーチェの手が暖かかった。

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