第十三話 初めての挨拶の喜び

 あ、そうだ。さっきまでアリーチェが泣いていたから忘れていた。

 おはようの挨拶をしなきゃ駄目だ。今よりもっと小さい頃から、挨拶だけはちゃんとしなさいと言われてた。


「アリーチェ」

「ん?」

「おはよう」

「おはようなの、にいたん!」


 僕のおはようにアリーチェが満面の笑みで挨拶を返してくれた。

 それから一時アリーチェはニコニコと嬉しそうにしていた。


「アリーチェ、なにがそんなに嬉しいの?」

「にいたんにおはよういったの!」


 なるほど、朝の挨拶は休息日以外はすることはないので、

 他の挨拶より嬉しかったのか。

 僕も嬉しくてもう一度「おはよう」と言ったけど、「あいさつは、いっかいまでなの、にいたん」、ふんす!と少し自慢気に断られてしまった、残念。


   ◇◇◇◇


 アリーチェの前では隠蔽しないと決めたので、開拓地に言ったときに使えばいいかと思ったけれど、そのとき一つ疑問に思った。アリーチェがどこまで僕を追ってるかということにだ。


「ねえ、父さん、人の魔力を追えるのってどのくらいまで? 」

「そうだなぁ、隠蔽をしていないとして調子にもよるが、俺なら家からこの村の範囲くらいなら、なんとかわかるぐらいだな」


 この家は村の中心付近にあるから村の範囲となるとどの方向でもだいたい同じ、村から出るまで200メートルくらいかな? ここしか知らないからこの村が大きいか小さいかはわからないんだけど、探知がすごいという自慢げな父さんがそれならアリーチェも大丈夫だろう。──と、思ったんだけど。


「あーちぇ、にいたんいるのずっとわかるよ?」

「えっ?アリーチェ分かるって?」

「あーちぇ、おきたら、にいたんさがすの、いつもあっちにいるの」


 僕に抱きついたままのアリーチェが指差そうと腕を上げたので、バランスを崩さないようしっかりと腰を抱き直した。

 アリーチェの指差す方向は確かに開拓地だ。普段、アリーチェが起きるのは僕以外のみんなが朝ご飯を食べる時間だから、その時間僕が開拓地にいるのは間違いない。


「……まじかよ、そんな距離探知できるのか?聞いたことねぇぞ」

 

 父さんが絞り出すように唸ったあと、はっとしたように顔を上げてニヤついた。

 

「じゃあ、アリーチェは俺の場所もいつも見てくれているのか!?」

「とうたん、しらないよ?にいたんだけなの!」


 ニヤついた顔から一転、表情が抜け落ちたあと、「ぐはぁ」と父さんが床に膝を付き崩れ落ちた。


  ◇◇◇◇


 真空の方は確実にダメだとわかったので、アリーチェに誓ってもう使わないけれど、隠蔽が使えないとまた魔獣を寄せてしまうかもしれない、可哀想だけれども試していいかアリーチェに聞いた。


「アリーチェ、さっきの兄さんがいなくなるのはもうしないけど、もう一つのやつも使えないと兄さんちょっとだけ困るんだ、怖いかもしれないけどちょっと試してもいいかな?」

「……うん、あーちぇいいの」


 ……卑怯な聞き方だ。アリーチェは僕が困ることは我慢するふしがある、こういった聞き方をすればアリーチェがうなずくと知っていて聞いたからだ。

 アリーチェを「ごめんね」とギュッと抱きしめてから、母さんに渡す。


 少し離れたところで膜を貼るだけの隠蔽をした。


「どうかな?アリーチェ」

「あーちぇ、わからないの」


 キョトンとした顔でアリーチェが答えた。

 さっきまでとは違い動揺した様子もない。


「なにがわからないの?」

「にいたん、なにかしたの?」


 あれ?隠蔽失敗したかなと思って、ようやくダメージがぬけたのかゆっくりと立ち上がる父さんを、確認するように見たけれど首を振った。


「ちゃんとできてるぞ。──アリーチェ、ルカはなにも変わってないか?」

「うん、いつものにいたんなの」

「ルカ、ちょっと外に出て30歩くらい離れてから戻ってきてくれ」

「うん」


 隠蔽のことを試すのだろうと思い、言われた通り外に出て見えないようしっかりとドアを閉めた。外は朝日が出始めたくらいで少し明るくなってきている。

 ドアから左側に大股で30歩ほど移動し、家を中心に円を書くように右側に移動して一回左側に戻って、それからまた右側に移動してから戻った。


「どうだった?」

「俺は言った通り20歩くらい離れたところでわからなくなって、ぎゃ……おっと、戻ってきたときも同じくらいのところで分かるようになったぞ。しっかり隠蔽は出来てるぞ」


 父さんは僕が逆側から戻ってきたことを言いそうになっていたが、これはアリーチェが本当に僕がどこにいるのかを確認するためにやっていることなので、なんとか止めたようだ。

 まあ、逆側から戻ってきたのは家に近づいたら分かるから、行ったり戻ったりしたんだけど、父さんには範囲外で分かってないみたい。


「アリーチェは兄さんが、どこにいたか分かった?」

「にいたん、あっちにいって、こう、こう、こういって、もどってきたの」


 母さんに抱かれたアリーチェが最初に左側に指差して、先程の僕の軌跡をなぞるように指を動かした。

 僕が移動した方向も順番も確かに間違いない。

 父さんが確認するようにこちらを見たきたから僕はうなずいた。


「こりゃ、開拓地のところでまた、試すしかねーな。一回行って戻ってくるか?この前見たお前の速さならすぐに……いや」


 途中まで言って僕の顔を見た父さんは否定し、首を振った。


「隠蔽掛けて先に開拓地まで行ってくれ、その後アリーチェに確認したら俺がすぐ行く。ルカもそのほうが良いだろう?」

「う、うん」


 ──なぜかはわからないけど、そうしたほうが良いと思ってしまった。もう開拓地にいかないと行けない、と。


 それでも抵抗するように、まだこの雰囲気を楽しみたいとも思いに溢れて、朝の準備をするから、行くまでにまだ少し時間がかかるからと、自分に納得させるように言って、準備をしてる間に、母さんに朝ご飯を作ってもらい、焦るように食べてから家を出た。



 あとから来た父さんの話で、僕の隠蔽はアリーチェには効かなかったみたいで、開拓地に言ってもしっかり認識できていたみたいだ。



 そして、僕は、家を出る間際のアリーチェが言った、初めての「いってらっしゃい」と僕が初めて言った「いってきます」が、嬉しさとともに、いつまでも心に残っていた。

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