第二話 関節の動作の練習
今日は休息日で開拓作業もないし、そろそろこの開拓地のことを説明しておこう。
この村は三方はほぼ山と森に囲まれ一方は地平線が見えるほどの平野がある農村になる。村長は別にいるけれど、この開拓地そのものの責任者はなんと父らしい、これは僕も最近知った。
開けた平野を開拓して麦をメインに色々な作物を育てるわけだ。僕も五歳位から少し前まではそちらを手伝っていた。
最近は父の開拓作業を手伝っていて実はここの村はこれが最重要らしい。
山と森から村の距離は結構離れているがやはり獣や魔物が降りてくることもある。その山森と村の間を開拓するのが父の仕事だ。
ここの仕事は保持魔力が豊富で朝から終了まで自己強化をかけ続け、開拓作業が終了しても、降りてきた獣と全力で戦える、もしくは逃げれるかの魔力を持ってないと従事できない。
そしてここに従事することが村人にとっては自慢だそうだ。
魔力を無駄にするな、余裕を残せと父に言われて、お風呂場が作れなかった理由はここにある。魔力は資源だし生命線だという意識を父は常に大事にしているらしい。
「……い」
父に言わせれば、いくら子供が魔力いっぱいあると言っても信じられないし、試しに使わせてみるなんてもってのほかだからだ。
普通の子供はまだ危機感の薄い時期で、もしも子供が意地になって限界以上に魔力を使えば魔力枯渇で死ぬか、魔力の最大保持力が減るし、次に限界まで使うときに体が慣れてしまうと簡単に限界以上まで使ってしまうことがあると、僕が我慢の限界が来て風呂を作り、ぶち込んでしまったあと、正気に戻った僕はそう父に説教された。
それで、開拓する理由なのだけど村の位置から山森の間のみ魔力草が育つ土壌になっているらしい。
ここの開拓は難しく平地の開拓と違い異様なまでに土が固く一振り一振りしっかりと強化を掛けながらじゃないと掘り起こせない。
平地だと豆腐のよう柔らかさで掘り返せるが、こっちだと十数回やってようやく平地の一振り分掘り返せるくらいだ。
それだけ大変なんだけど魔力草は価値が高く、育成できるまで開拓された畑も非常に大切らしく。もし、干ばつなどが起きて麦や作物が全滅しても、この魔力草さえ無事ならば税はそれだけで良いということになっている。
「……おい」
開拓と言えば大事なのは水もだけど、川は流れているけど細く水量も多くないのですべて作物の方に使っている。もちろん魔力草優先だ。
生活で使う飲水などは村に残る女性や子供達の水魔法でまかなっていて、朝に水を補充回復したらまた補充で村の中央にある水の出ない井戸の中に貯めてるのも重要な仕事だ。
その生命線の確保のため、この村は他の村よりも魔力の量が多い人たちを募集して作られたんだとか。
魔法薬を作る材料となる魔力草を栽培できるこの土地は、ここの持ち主である辺境伯様がすごく期待されていて、住む家を作っていった魔術師たちを手配したのもその辺境伯様なのだとか。この村に来たことはないからどんな人か僕は全く知らないんだけどね。
「おい、ルカ!」
あとはそうだなぁ、この村の住民は二〇〇人ほどでほとんど農民、鍛冶屋、酒場、教会従事者が数名ずつといった感じかな。
ああ、あと牛に似た家畜も飼っている。
地位はだいたいみんな一緒で村長と父が少し偉いくらい?仕事の時以外はみんな気にしてないけど。あ、神父様たちは別だよ、みんなも仲間だとは思っているけど一応教会本部から派遣されるという立場だし。回復魔法使える人は貴重らしいし、尊敬されている。
教会では休息日に神父様がこの世界の常識や物事を教えてくれるから物語の世界観を作るときにすごく役に立っている。最近はアリーチェも一緒に参加してる、よく「にいたんのおはなしのほうがおもしろいね」と嬉しいことも言ってくれる。
「うわ、きめぇ、急ににやけ顔しやがった、って呼んでるだろうがっ!! 」
いきなり、ごいんっとした音を頭から響いて、目の前にチカチカと火花が散る。隣ではぐしゃっと何かが崩れ落ちる音もする。
「いたぁい、なにするの? 父さん」
「いたぁい、じゃねーんだよ。呼ばれたらちゃんと返事しろ」
原因は父のげんこつで不満を言った僕に、ちょっと僕の真似をしながら父が返してきた。子供の真似をするいい年したおっさん気持ち悪いな、とじっと見ると考えてることに気付いたのか父が拳を見せてくる。
「も一発必要か? ん?」
「いや、いらないです。……それで何か用なの?」
「お前が聞いてないだけでさっきから言ってるだろ、そいつは何なんだよって聞いてるんだよ!」
父が崩れ落ちた音の発生源へ指を向ける。
そこには家の庭に鍬と、バラバラの棒と丸で出来た何かが積み重なっていた。
ああ、父にげんこつを食らったショックで制御から外れたみたいだと、元に戻して僕の側に立たせる。
僕と同じ大きさになるそれは棒人間である。だけど先日作った棒人形とは違い今回のは関節のすべてを再現している人形だ、今度は土魔法で作ってみた。
名前を棒人間から骨人間とした。ボーからボーンだ。
モーションキャプチャーを作る際に取り込んだ動きを見るための線で構成されたポリゴンモデルを想像してもらえばいいかな。
僕が手を挙げると骨人間も同じように手を挙げる。その場で腿上げをしたら腿上げをする。これは追従させてるのではなく、その都度僕が制御している。
僕の動きを真似るのが目的ではないからだ。
そもそも、追従なんて出来なかったけどさ。
こいつは別のことをやりながらも魔法制御を外さず、さらに人間と同じ関節を作ることでより自然な動きをさせることが目的だ。
もちろんその制御の練習といった意味合いもある。
父さんに殴られるまでは関節を動かす練習、全体の力の入れ具合の練習、手に持った道具を僕が扱ったのと同じように使用できるのかを試していた。
さっきも何度か試したけど、まずは僕が鍬を振り上げ地面を耕す、同じように骨人間が地面に鍬を降ろすがぐるんと鍬が回転しうまく地面に刺さらない。
「どう?父さん何が悪いと思う?」
「そうだな、右と左の力と関節の動きが整ってないな。だから鍬が回るんだ。……って、そうじゃねーよ。こいつはなんなんだよ!?」
真面目な顔をしてだめだったところを教えてくれる父だったが本来の目的を思い出して説明しろと言ってくるので僕は棒人間の次のやつだと教えた。
「棒人間てあれか? お前が姑息にもアリーチェの気を引くために見せて、卑怯にもアリーチェの楽しみになってるあれか?」
相変わらずアリーチェが関わると息子にも棘のある言葉容赦なくぶつけてくる。
「そうだよ、アリーチェがせっかく父さんと母さんにも見てほしいって言ったから。見せたのに棒人間を出した瞬間「なんだそりゃ、くそだせぇ」って爆笑してバカにしてきたやつだよ」
「やめろ、それ以上──」
嫌な予感を感じたのか父さんが真っ青になって止めようとしてくるけど構わずに続ける。
「自分が好きになったものをバカにされたアリーチェが怒って「とうたん、きらい!!」って言って、それから七日ばかり口も聞いてくれなかったときに見せたやつだよ」
「あ"あ"あ"あ"あ"!!──おもい、だした──」
叫びつぶやいたあと糸が切れたように父が膝から崩れ落ちた。
そう父はアリーチェにきらいと言われたこと無視されたことがショックすぎて、そこら辺だけ綺麗に記憶の奥に封じ込めていたのだ。
思い出させたのは僕も爆笑されたことは根に持ってるからちょっとした仕返しだ。
「……わかった……アリーチェのため……がんばれよ」
大した説明もしてないけど、もうどうでもいいらしくとフラフラと立ち上がり、とぼとぼと外に向かって歩いていった。
酒場にでもいっておやっさんに愚痴りながら、やけ酒でもするのだろう。
「……あと……ご近所さんから……変な目で見られてるから……ほどほどにな……」
「えっ?」
背中が丸くなって遠ざかる父をよそ目に周りを見渡すとたしかに遠巻きにご近所さん達がこちらを見ていた。目を合わせようとするとサッとそらされる。
その中で隣に住んでいる幼馴染のレナエルちゃんもいた。
「や、やあ、レナエルちゃんおはよう」
「おはよう、ルカくんおじさんの叫び声が聞こえたけど、何してたの? それにそれ──」
レナエルちゃんはいま来たばかりみたいで状況をつかめないみたいだけど、それでも骨人形が気になるらしく聞いてくる。
「ああ、これはね──」
棒人間の進化系で骨人間でいま自然に見せれるよう練習中だと言うことをおしえた。
レナエルちゃんは母親が亡くなられているため、レナエル父と僕たちが開拓に出かける最中は僕の家で手伝いをしている。
唯一僕の家にお風呂があることを知っている家庭だ。口止め料としてではないが、レナエルちゃんにはお昼に、レナエル父は休養日にお風呂を貸している。
そのため妹もなついており棒人間のことも妹から聞いていた。
お風呂は貸した理由は、レナエルちゃんは妹に敵わないとはいえ、十歳にして美少女になる片鱗を見せている。村一番の美少女というやつね。
でもさ、ほら、いくら美少女でもさ、お風呂入らないで体だけ拭いてたらさ、──臭いじゃない。
僕が耐えられなかったから、正直に臭いとは言えないから遠慮するのをなんとかごまかして入ってもらうようにしたわけだ。
「聞いていたけどこんなに複雑なんだ、すごいね」
「いや、これは次のステップのための骨人間という奴で、前に妹に見せたのはこれだよ」
また変な目で見られないよう周りに人から隠すようにしながら、掌をすくうような形にした、その上に水魔法で二体の棒人間を出す。
そうして、剣に見立てた棒をもたせ、ちゃんばらをさせる。
上段と中段で構えて対峙させ、ジャンプ急降下攻撃や高速連続突きをしたり、派手さを優先して戦わせてから、棒人間たちを消した。
「どうだった? レナエルちゃん」
「す、すごい!すごいよルカくん!! アリーチェちゃんはいつもこんなのすごいの見せてもらえてるの!?」
軽くだけだったけどレナエルちゃんも気に入ってくれて大はしゃぎしている、いつものおとなしい彼女とは大違いだ。
うんうん、これで十歳くらいになっても通用することがわかった。
だが、目がこなれていくであろう妹にはクオリティを上げ続けて行かないといけない、飽きられてオワコンになってしまうかもしれないから。
「うん、アリーチェにはいつも楽しそうにしてもらいたいからね」
「今度、私のためにもやってほしいなぁ」
レナエルちゃんは人形劇を見て興奮したのか顔を赤らめながら僕の手を両手で握って、こちらを見つめながらニッコリと笑って、お願いしてきた。
「あ、うん、今度、暇があったら考えてみるよ」
さて、めんどくさい説明も終わったから、練習したいな。
でもいつの間にかいる近所の悪ガキも含めて、周りの目がきつくなってきたから、やっぱり新しいものは慣れるのに時間がかかるんだろうなと思いつつ骨人間を土に戻した。
仕方ない、目的の一つだった道具練習はできないけど小さくして部屋で練習するかなぁ。
ああ、骨人形のまま数を増やせば処理向上の練習にもなるかな。
色々考えてると僕はどうやればもっと今より技術をあげれるかに頭が一杯になってきた。
「あ、あの?」
「ああ、ごめんね、いつまでも手を握ってて、じゃあまたねレナエルちゃん」
手をほどいて家に帰る。
レナエルちゃん傷ついたような顔をしてた?……まあ、気のせいだよね。僕何もしてないし。
ちょっと気になりながらも、部屋で練習を開始し集中していくとレナエルちゃんのことは頭からすっかり消えていた。
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