第一話 量と質と何か
今日のお風呂も終わり自室のベットへ転がって日課の魔力励起と循環をやりながらお風呂での妹の様子を思い出す。
最近気づいたのだが、妹は僕の話を楽しそうに聞いているけれど、物語を語り始めた当初とは食いつき度が違う。
浴槽の縁での指ジェスチャー劇や、湯船や浴槽叩いて効果音出したりして変化をつけてきたけどそれでも効果は薄かった。
「甘く考えていたな、前の世界の幼児なんて同じ話のアニメでも食い入るように見るのにな」
妹がつまらないと思ってるということではなく、言葉と拙いジェスチャーだけという物語に慣れてきているのだと思う。
なにかブレイクスルーを起こさないといけない、そう思う。
「これしかないから、出来ないから、これが一番のはずだ」という理由で停滞するとあっという間にオワコンの波に押し流される、今までのエンタメの歴史に倣うとそうなるだろう。
テレビが出てきた時のラジオ同様、ネットが出てきた時のテレビ同様に。
「やっぱりまずは視覚からか、簡単に形を作るなら水魔法かな?」
つぶやくように言って魔法を起動させどう表現しようかと思考する。
◇◇◇◇
あれから数日後お風呂の時間がやってきた。
アリーチェの「にいたんとおふろ」の歌を聞きつつ僕は緊張していた。
この程度のもので感動してくれるのか? もうちょっと完成度を上げてからがいいんじゃないか? と。
でも、その考えは捨てた。まずはやってみる。
まるでだめだったとしてもやることに意味があると思ったのだ。
失敗してもいい素直に妹に感想を聞いて直せばいい。
「にいたん、きょうのおはなしは?」
「今日はね……」
桃から生まれたあの話を世界樹の実から生まれたことにして魔物を倒すお話にした題名を上げる。
ずっとお話を聞いてるせいかアリーチェの舌っ足らずさが少し治ってるような気がする。多分家の妹は天才なんだろう。
「えー、そのおはなし、あーちぇなんどもきいたよ?」
この話に限らず同じ話でも聞きたい時があるらしく、おねだりしてくるときもあるがその時はアリーチェも一緒に物語をお話をしている。けれど、今日はこの物語の気分ではないらしく少し不満げだ。
だけど、今日はやることはこの話が最適だと思う。
「そうだね、でも今日は面白いことをやるからアリーチェも一緒にお話してくれるかな? 」
「……あい」
やっぱり少し不満げなアリーチェと一緒にむかしむかしある所にと語ったあとに、自然に起動できるようになった励起と循環をつかい、水魔法で形作られた丸を頭に四角二つを体に、そして棒8つを手足にしたものをセットを2つ生み出した。
いわゆる棒人間というやつだ。身長は十分の一スケールにして、これをおじいさんおばあさんに見立てた。
見せる前に悩んでいたところはここだ。何度試しても人そのものの形に出来なかった。
水魔法を使って丸や四角の単純な形なら僕の部屋の広さくらい、いくら出しても余裕で浮かべることはできる。
だけど単純な形から複雑な形に変えることができなかった。
僕の魔力量や質の問題ではなく【何か】が足りないと魔法が訴えかけてきているように感じる。
そういった理由で棒人間を作った。
アリーチェの反応が気になり覗き見てみるとポカンとした表情をしている。
やはり失敗したか? と思ったところで。
「にいたん、なにこれ?」
棒立ちの棒人間達を指差して聞いてきた。
──なるほど、目の前に浮かんだこれを人形(ひとがた)だとは認識出来なかったのか。
「これはね、アリーチェ……」
口で説明しようとしたがやめる。
代わりにおじいさんの棒人間を歩かせる仕草をしてみる。
おじいさんとわかりやすいように腰を曲げ手を腰の後ろに当て大げさに表現しながら歩かせる。
「じいじ!!」
確かに父さんの父親、つまり僕達のおじいちゃん──。
たしかに、その人をイメージして動かしたけどすぐに分かるなんて感受性が豊かすぎるだろ。すごい、僕の妹はさすがだ。
「じゃあこっちは? 」
そのとなりに、二回りくらい小さい棒人間を持っていき前に体は真っ直ぐなまま、下腹部に手を添えるポーズを取らせる。
「ばあば!!」
ばあばとはアリーチェがおばあちゃんを呼ぶときに使う、僕や父さんがおばあちゃんと言うとげんこつが飛んでくる。そりゃ、見た目はおじいちゃんの娘みたいだから言われたくないのはわかるけど。
父さんは多分わざと言ってる。
「そう、じいじとばあばだね」
改めてアリーチェの顔を見ると目をキラキラとさせながら食い入るように見ている。どうやら気に入ってくれたようだ。
これが人を表現していると理解してくれたところで話をもどして、物語を一緒にすすめる。
◇◇◇◇
それから僕とアリーチェの語りに合わせて棒人間を動かし、物語を進めていく。背景も世界樹の実の表現もお供の動物達もかなり雑になってしまったがそれでもアリーチェは大興奮だ。
この題材を選んだのはアリーチェが最初から知っていて、見る物と話す物を繋げやすいというのが一つ、アリーチェも参加させて没入感を高めるのが一つ、それと最大の理由が一つある。
物語は魔物の本拠地に乗り込んで退治するシーンまで来ている。
ここからだ、ここからできるだけ対峙する魔物の数を増やしたい。
だが人形に出来なかったと同様の理由で、数を増やすことは余裕なんだけど、それを全部動かそうとするとやはり【何か】が足りないと訴えかけてくる。
でも僕は最後の本拠地の戦いのときに数と殺陣で盛り上げ演出したいと思っていた。
ネットで棒人間が派手でグリグリと動く動画を見てすごく感激した記憶があるからだ。
そうこれが最後の一つだ。
動かすのはただの棒人間でも、情熱を持って動かし演出すればあれだけすごいものができると知った、だから僕も手を抜きたくない。限界まで動かしたい。
目の前にはただの棒を剣に見立て構えている主人公がお風呂の縁を舞台に大量の敵を相手に仲間の援護を受けながら切り結び、飛び、囲まれながらも大群を切り抜けていく。
その先にはひときわ大きいボスがいる。主人公はボスに辿り着く、仲間は後ろからくる魔物を通さない──。
クライマックスを盛り上げるため、【何か】も足らず、目の前の処理で脳が焼けそうになりながらそれでも僕は──。
◇◇◇◇
物語は棒人間が雑な宝物を運んで家に帰っているシーンになっている。疲労困憊だけど、僕の胸にはやり遂げたという思いでいっぱいだ。
あそこをこうしたほうが良かった、ここの動きは失敗だったとかの反省はあるけど、僕はやり遂げた。
そして、アリーチェが気に入ったかどうかなんて顔を見ればすぐに分かる。
お話を始めた時と同じ、──いや、それ以上の感動をその表情で表しているのだから。
この限界を超えて終わらせた棒人形劇の日をきっかけに、魔力は鍛えていたものの特に何も目的がなく、ただ落ち着いたお風呂生活のため、妹を静かにさせていたのだけども、クライマックスを、そしてエンディングを迎えた時の、妹のあの感動の表情が忘れられず、もっともっと見たいと言う思いが胸の奥から込み上げてきて、日本にはまだまだあったあの素晴らしいエンターテインメントをどうにか魔法を使って表現していきたいというのが僕の目標になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます