第13話 今日のお兄ちゃんは料理?をする

 私はお兄ちゃんの妹。背中に夕日を浴びながら、自分の影を追いかけるように家路を急ぐ。

 今日は学校に残って友達と遊んでいたら帰るのが遅くなってしまった。お兄ちゃんは寂しがっていないだろうか。なんて、私はお兄ちゃんを心配する。


 ただいまー、と大きな声で帰宅を知らせてリビングへ向かう。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがアイスを持って!! エプロン!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのお料理スタイルにテンションを上げたりしない。


 お兄ちゃんは器に盛ったアイスクリームを机に置いて私に手招きをする。え、食べていいの? 私は急いで帰ってきたからおなかが空いていた。助かる。

 私は早速お兄ちゃんに対する感謝と共に手を合わせて、にっこにこでアイスを食べようとする。しかし妙だな、アイスを盛るだけなのにお兄ちゃんはエプロン姿……。


 スプーンをアイスに差し込む――がカツンと弾かれる。…………。


 思考が止まる。表情を無くした私はキッチンに居るお兄ちゃんへ意識を向ける。錆び付いた機械を動かすときのような、ぎこちない動きで首を回すと、お兄ちゃんは粘土の塊をこちらへ向けていた。それは何かの型、まさに目の前のアイスクリームをくりぬいたような形をしていた。


 私は理解する。これは食品サンプルだ。エプロンをしていたのは絵の具などが服に着くのを防ぐためだろう。すっかり騙されてしまった。


 改めてアイスクリームを観察すると確かに光の当たり方に不自然さがあった。これは樹脂である。食品サンプルは液状の樹脂を固めて作るのだ。


 しかし細かいところまで作りこんである。スプーンですくったようなアイスのしわも忠実に再現されている。器に接している部分は微妙に溶けていて、アイスの表面には透明な霜が降りている。器も冷凍庫で冷やしてあったのか、触るとひんやり冷たい。


 完敗だ。これは騙される。これほどの熱意がこもっていたら、むしろアイスが溶けてしまうのではないかとさえ思う。呆れるほどの作りこみに関心しているとお兄ちゃんは新たな食品サンプルを作り始める。


 お兄ちゃんが次に取り出したのはエビ? と思われる細長い白い棒、しっぽが赤くなっていて、かろうじてエビだとわかるが、先ほどのアイスの作りこみに比べると少し簡素に見える。さっきのアイスから感じた熱い情熱はどこへ行ったんだお兄ちゃん。


 だがお兄ちゃんは私の追及など、どこ吹く風。続いて湯を張った鍋を用意する。湯気は出ていないのでぬるめなのだろう。お兄ちゃんはそこへ、お玉を器用に使って、きつね色に着色した液状樹脂をぽたぽたと垂らして注ぐ。楕円状に塗り広げるように樹脂を垂らすと、その真ん中へ先ほどの推定エビを置く。

 湯の中へエビを押し込んでひっくり返すようにきつね色の樹脂を巻きつけると……。おおっ!


 私は驚愕する。先ほどまで推定エビだったものが、まごうことなき海老天になったのだ! 美しい黄金色の衣が輝いて見える。お湯の中に入っているのに油で揚げているときのぱちぱちと弾ける音が聞こえてくる。じゅるり。


 お兄ちゃんは海老天をとりだして、余分な衣をがして形を整え、キッチンペーパーで水気を取って和風の長皿に盛る。ああ、なんて美味しそうだろう。おなかがきゅうと鳴る。


 食品サンプルは芸術品である一方で、飲食店の店頭などに並べることで、それを見た消費者の食欲を刺激して購買意欲を煽るものである。食品サンプルにすっかりしてやられた私は生唾をごくりと飲み込んで真剣に言う。


「今日の晩御飯は海老天にしよう。お兄ちゃん。」


 

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