第11話 今日のお兄ちゃんは縁日をする

 私はお兄ちゃんの妹。リビングから漏れる光が照らす庭で、線香花火がぱちぱちと控えめな音を立てて弾ける。私は手に持った小さな花が咲いては散るの眺めながら、無聊ぶりょうなぐさめていた。


 今日はお祭りの日。本来ならお兄ちゃんと楽しく過ごすはずだったが、不運なことに足をくじいてしまった。ここまで響く太鼓の音が恨めしい。

 いくら近所のお祭りとはいっても、怪我した足で人混みを歩くことはできない。だから少しでもお祭り気分を味わうために庭で花火をしている。


 カチャカチャ。バサッ! 突然、庭にテントと長机が置かれる。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが法被はっぴで!! 鉢巻き!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのお祭り姿にテンションを上げたり――いや、流石にテンションが上がる。わっしょい!


 お兄ちゃんは長机にかき氷機を置いて、横に色とりどりのシロップを並べる。値札の書かれた張り紙を机に下げると、あっという間にかき氷屋さんの完成だ。


 お兄ちゃんは手を引いて私を屋台の前に連れて行ってくれる。


 さあどれを注文しようかな、なんて考えているとお兄ちゃんが私にかき氷を作るように促す。え、自分で作っていいの!?


 私はかき氷機をごりごりと回す。取り出し口に置かれた、波の模様の上にでかでかと『氷』と書かれたカップに、好きなだけ氷を注ぐ。大盛りだ! シロップは……イチゴにしよう。どれもほとんど同じ味だなんて言うのは野暮だ。かき氷は目でも楽しむものなのだ。


 用意された椅子に座って、かき氷を食べる。テンションの高い私はつい勢いよく食べて頭がキーンと痛くなる。まぁ、これもお祭りの醍醐味だいごみだ。


 お兄ちゃんはかき氷屋さんセットをサッと片付けると、ビニールプールを用意して水を張る。そこに輪ゴムで口を縛った水風船をいくつか浮かべた。ヨーヨー釣りだ。

 クリップとティッシュを捻って作ったこよりが付いた釣り針をいくつか渡される。


 一回目の挑戦。針を輪ゴムになんとかひっかける。しかし、こよりが濡れてしまい、ヨーヨーを持ち上げるとあっさり破れる。横ではお兄ちゃんがさらっと一つ取って得意気だ。微妙に悔しい。私はムキになって続ける。

 私はさっきの失敗で学習した。ヨーヨー釣りのコツはこよりを濡らさないこと。そのために、まずは輪ゴムがちゃんと浅いところに浮いてるヨーヨーを探す。……みつけた。私はこよりを短くもって、正確に、輪ゴムを針にひっかける。息を止めて、そーっと持ち上げる。やった! とれた! きゃっきゃとはしゃいでお兄ちゃんに自慢する。


 その後もお兄ちゃんは屋台をいろいろなお店に変える。輪投げ屋、くじ引き屋、お好み焼き屋にスーパーボールすくい。家にあるもので工夫して、縁日を作り上げる。

 お兄ちゃんは怪我なんてしてないのに、私を置いてお祭りに行ってきてもよかったのに、それでも私のためにお祭りをするのだ。二人っきりのお祭りは私にとって世界一楽しいお祭りだ。


 やがて屋台のネタも尽きてお開きになる頃。すっかり楽しんで満足というところだが、ひとつだけ足りない。やっぱりお祭りといったらこれだろう。私はお兄ちゃんに提案する。


「いっしょに花火しよっ! お兄ちゃん。」

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