第10話 今日のお兄ちゃんは占術をする

 私はお兄ちゃんの妹。ざあざあと空の泣き声のような雨音が響くリビングでうなだれている。今日は散々な1日だった。コンビニで雑誌を買ったら傘をとられ、雑誌もびしょ濡れになってろくに読めなかった。


 ついてないなぁなんて考えてると利休帽りきゅうぼうを被ったお兄ちゃんがリビングに入ってきた。


 ――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが易者えきしゃ風の恰好で!! 胡散臭い!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのミステリアスな姿にテンションを上げたりしない。


 それにしても露骨だ。今日は占いをするというのがはっきりわかる。お兄ちゃんは折り畳みの椅子とテーブルを取り出し、その上に怪しい紫色のクロスをかける。おおっ。 すごくそれっぽい。いったい何の占いをするのだろう。恰好からするとやはり八卦はっけだろうか。あれ、音がいいんだよなぁ。


 しかし、お兄ちゃんが取り出したのは束ねたカード。いわゆるタロットカードだった。いや、それはちがうでしょお兄ちゃん。せっかくの雰囲気が台無しだよ。


 お兄ちゃんはげんなりする私に構わずカードを卓上に広げて、両手でこねるように混ぜる。カードの枚数は少ない。どうやら大アルカナだけを使った占いをするようだ。


 タロットは78枚で構成され、そのうち22枚は大アルカナ、40枚は小アルカナ、残りの16枚はコートカードと呼ばれる。それぞれのカードには絵が描かれており、象徴的な意味を持つ。そして、引いたカードの意味を解釈することで占うのだ。さらに、タロットは上向きを正位置、下向きを逆位置といってそれぞれ意味が異なる。このために、タロット占いは奥深いものになっている。


 お兄ちゃんは十分に混ぜたカードの中から1枚を取り出し、私をゆびさす。私が占われるのか。そんなミスマッチな恰好で占いをしても当たるのかなぁ。疑う私にお兄ちゃんが見せたカードは逆位置のザ・タワー。そのカードが示すのは、突然のアクシデント。


 私は今日のことを思い出して、言葉を失う。確かに、今日は散々な一日だった。コンビニで傘を取られたときは絶望した。タロットに描かれた、塔から落ちてゆく男と自分の姿が重なる。


 さらにお兄ちゃんは3枚のカードを卓上に並べる。これはオーソドックスな略式の占いで左から順に占う対象の過去、現在、未来を示す。


 お兄ちゃんが1枚目をめくる。逆位置の隠者ザ・ハーミット。示すのは疑心。

 お兄ちゃんが2枚目をめくる。正位置の運命の輪ホイールオブフォーチュン。示すのは転換点。

 お兄ちゃんが3枚目をめくる。正位置のザ・ムーン。示すのは過去からの脱却。


 3枚のタロットが意味を紡ぐ。過去に抱いた疑心を今こそ捨て、やがては過去からの脱却をはかるのだと。つまりこう言っているのだ。今こそお兄ちゃんの占いを信じろと!


 天啓。この瞬間、私は世界の見え方が変わったような気さえする。さっきまであれほどミスマッチに見えたお兄ちゃんの恰好が、和洋を問わない、あらゆる占いを修めた一流の占い師の証に思えた。お兄ちゃんを信じろ! お兄ちゃんが正義だ!


 さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいだ。お兄ちゃんは占いで私を元気づけるつもりだったのだ。ありがとうお兄ちゃん。かっこいいぞお兄ちゃん。私はお兄ちゃんに心酔する。


「その、相性占いとか、してみる? お兄ちゃん。」

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