第6話 今日のお兄ちゃんはぷちぷちをする
私はお兄ちゃんの妹。休日の昼間、リビングでタブレットをいじっている。今見ているのは通販サイトだ。
ぶろろろろー。家の前に車が止まる音、ピンポーン! とインターホンが鳴る。階段の方から足音を立てて、慌ててお兄ちゃんが降りてくる。
――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがパジャマ姿で!! 寝ぐせ!!
……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんの隙だらけの姿にテンションを上げたりしない。
お客様は宅配便だった。お兄ちゃんは受取書にサインをして荷物を持ってリビングへ。
お兄ちゃんはハサミを使って、段ボールの封を開ける。中の商品は梱包材、いわゆるぷちぷちでぐるぐる巻きにされていた。
お兄ちゃんはぷちぷちを丁寧にはぎ取っていく。中から出てきたのは……ロール状のぷちぷちだった。
え。なんで? 混乱する。こういう時は深呼吸だ。すぅ、はぁ。落ち着いて状況を整理する。
つまり、信じられないが、お兄ちゃんは通販でぷちぷちを注文した。そして配送業者はそれをぷちぷちで包んで送ってきたのだ。
ぷちぷち、すなわち梱包材は中の商品を傷つけないために使うものだ。単純にクッションとしての役割を持つが、一方で段ボールと商品の間の空間を埋めることで、商品が段ボールの中で揺れたり、段ボールの内側に
だが、ぷちぷちの真の価値はそんなものではない。
お兄ちゃんはロール状のぷちぷちからA4画用紙1枚分くらいをハサミで切り取る。
そして、ぷちぷちの気泡を親指と人差し指で表と裏からはさみ、ぐっと力を込めて一つずつ丁寧に潰す。
プチッ。プチッ。
心地良い破裂音。泡が裂けて、空気が一気に噴出することで生じる、小さな衝撃波。
ぷちぷちの価値はこの音にある。気泡を潰すのが気持ちいいのだ。
それはもう万人が認めるところだろう。昔、ボタンを押すとぷちぷちを潰したような感触と音がするおもちゃが売れすぎて社会現象になったくらいだ。コンビニにも置いてあったらしい。我が家にもお兄ちゃんの使い古しがあった。使いすぎて、もう音も感触も無くなってしまったが。
プチッ。プチッ。
お兄ちゃんは一心不乱にぷちぷちする。よっぽどぷちぷちを潰したかったらしい。
ロールから切り取った分のぷちぷちを潰したお兄ちゃんは、また同じくらいのサイズのぷちぷちを用意する。
それをくるくると巻いて……雑巾を絞るように、――
プチプチプチプチプチ――。
無数の気泡が、一気にはじける。
くぅー! 聞いているこっちも気持ちいい。お兄ちゃんはヘヴン状態だ。口元が緩み切っている。
だが、このこの方法では、潰し残しがでる。
天国から戻ってきたお兄ちゃんは潰し残しのあるぷちぷちをみて顔を曇らせる。せっかくのぷちぷちが無駄になるのが許せないのだろう。だが、どうしようもない、残った気泡を探して、一つずつ潰すしか……。いや、お兄ちゃんの目は真剣だ。取り残されたぷちぷちを、役目を果たせなかったぷちぷちを救おうとに考えている。一体どうするつもりだお兄ちゃん。ここから何ができるっていうんだ。
さっきまで気泡の潰れる音で満ちていたリビングが静寂に包まれる……。
もういいんだよお兄ちゃん。一つずつ潰そう? 私が手伝うから。
だが、お兄ちゃんは諦めない。そして回答を導く。
お兄ちゃんが取り出したのは麺棒。それを中途半端に気泡の残ったぷちぷちの上に乗せ。体重を乗せて転がす。
プチッ。 プチップチッ。 プチッ。
プチップチッ。 プチップチップチッ。
麺棒が、残った気泡をすべて潰してゆく。
お兄ちゃんは優し気な顔をしている。なんとか役目を果たしたぷちぷちを慈しんでいる。
それにしても、お兄ちゃんはこんなにぷちぷちを潰したくなるような出来事でもあったのだろうか。そういえば今日はこんな昼間まで起きてこなかったし。
「何か辛いなら相談のるよ? お兄ちゃん。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます