第5話 今日のお兄ちゃんは教師をする

 私はお兄ちゃんの妹。今日はお兄ちゃんが勉強を教えてくれる。家庭教師バイトの練習がしたいらしい。


 ぴんぽーん! インターホンが鳴る。私はドアホンのカメラを確認する。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがスーツ姿で!! ネクタイ!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのビジネスファッションにテンションを上げたりしない。


 私は玄関にお兄ちゃん、いや、お兄ちゃん先生を迎えに行く。


 お兄ちゃん先生の恰好を確認する。


 ワックスで清潔に整えられた髪。ジャケットは肩に余裕を持たせ、ウェストが少し締まったくびれのあるシルエット。ボタンは上から2つまで留めている。いいね。一番下の3つ目まで留めるとせっかくの格好いいシルエットが台無しになる。いいとこ抑えてるよお兄ちゃん先生。

 袖は中に来ているシャツが少し見える程度。長すぎるとちんちくりんになってしまう。

 ネクタイは小紋こもん柄。着物にも使われる模様だ。和と洋が入り混じったシックな色気を演出する。最高!

 シャツのえりはパリッとのりが利いている。スラックスのシルエットはストレートでぴっちりした印象だ。靴は光が反射するはどぴかぴかに磨かれていて、できるビジネスマンに見える。

 身だしなみに乱れは無く、第一印象は完璧だ。


 一緒にリビングに移動して、向かい合ってテーブルに座る。


 最初に行うのはヒアリングだ。勉強のスタンスや目標について話し合う。

 生徒とのコミュニケーションは最優先だ。私の要望をお兄ちゃん先生は真摯に聞いている。

 たまに勉強と関係ないことや、趣味の話をしても、話を止めずに丁寧に聞く。これが大事なのだ。生徒に『この先生はきちんと話を聞いてくれる』と思わせることで、信頼が生まれる。信頼あってこそ生徒は先生を認められるのだ。


 生徒は気に入った先生の授業なら聞く気になるし、質問もできる。なぜなら楽しいから。要するに生徒に好かれることが家庭教師の最も大事な仕事と言っても過言ではない。

 お兄ちゃん先生は見事にここをクリアした。私はもうお兄ちゃん先生にメロメロだ。


 その後は勉強タイムだ。課題をこなしていく。時々、休憩を交えて。わからないところは、お兄ちゃん先生が説明してくれる。楽しいな。お兄ちゃん先生とまた勉強したいなと思わせる。まさに満点の授業。


 だがこれはしょせん『ごっこ』だ私には次はない。家庭教師の練習ももう終わりだ。ちょっと切ない気持ちになる。


 お兄ちゃんに、今日は楽しかった、満点だと告げる。お兄ちゃん先生はもう、お兄ちゃんだ。そして次は誰かの先生になるんだろう。




 ――数週間後。お兄ちゃんは家庭教師のプロフィール画像をみせてくる。何かおかしいところはないかと。どうやら仕事が来ないらしい。


 ……お兄ちゃん、卒業予定年のところに入学年を書いてるよ。そりゃあ既に卒業した学生に仕事の依頼は出さないよね。でも、私は指摘しない。妹らしい意地悪ってやつだ。


「仕方ないから、私が雇ってあげようか? お兄ちゃん」

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