第4話 今日のお兄ちゃんは架橋をする

 私はお兄ちゃんの妹。リビングのPCで、橋を設計して車を向こう岸まで渡すゲームを遊んでいる。ああっ! 橋が崩れた。今回は自信作だったのに。


 足元に竹ひごが転がってくる。拾い上げ、転がってきた方向を見る。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがつなぎ姿で!! ベレー帽!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのわくわく姿にテンションを上げたりしない。


 お兄ちゃんの目の前のテーブルには新聞紙が敷かれている。


 そのうえには、直径1.5ミリ、長さ1メートル程度の竹ひごの束、接着剤、画用紙、ハサミが置かれていた。


 そしてお兄ちゃんはおもちゃの車のゼンマイを巻き、動作を確認している。


 まさか、お兄ちゃんは私のプレイしているゲームをリアルにやろうというのか。遊び方が予想の斜め上だよお兄ちゃん。少し呆れる。


 私の感想に関係なく、お兄ちゃんは実に楽しそうに作業を始める。そんな風にされると私まで楽しくなってくるじゃないか。


 まず画用紙を適当なサイズに切る。実際に車が走る道路の役目だ。幅はおもちゃの車より少し大きめ、長さは50センチ程度の長方形だ。


 次に竹ひごを画用紙の長辺にぴったり合うようにカットする。これを2つ。これは主桁しゅげただ。橋に対して垂直方向にかかる力で生じるたわみを受けるための部位。


 主桁を5等分する長さの竹ひごをいくつか用意し、1本を主桁の端に接着剤でくっつける。角度は60度。先端で折り返すようにもう1本くっつける。主桁の端に正三角形がくっついたような感じだ。これを繰り返して、主桁にギザギザの歯がつく。最後に隣の歯の頂点をそれぞれ結ぶように竹ひごを取り付けてパーツが一つ完成する。

 これはトラス構造といって、常に骨と平行な方向に力がかかるためにとても高い強度を保てるのだ。構造力学もバッチリだねお兄ちゃん。


 もう1本の主桁でも同じものを作り、道路となる画用紙にくっつける。2つのパーツの歯の頂点を横棒と斜めの棒で繋ぐ。上から見るとNの字が並んでいるようだ。


 お兄ちゃんは椅子を2つ適当な感覚で並べ、橋をける。これで準備は完了だ。

 お兄ちゃんはおもちゃの車のゼンマイを巻く。顔がこわばる。緊張がここまで伝わってきている……。お兄ちゃんが丹精たんせいこめて作った橋だ。頼むから、壊れないで。いっそ車を走らせるなんてやめて飾っておこうとさえ思う。だが、お兄ちゃんは止まらない。なぜなら橋は何かをつなぐためにある。お兄ちゃんが作った橋は、椅子と椅子をつなぐためにあるのだ。橋の一端に車が置かれる。じりじりと音を立てて、ゼンマイと車輪がまわる。らすようにゆっくりすすむ車に腹が立つ。さっさと通り抜けろ! 握りこぶしを作って念じる。それでも車はゆっくりと進み、橋の中央に到達する。――ここが正念場だ。橋よ、耐えろ! 耐えてくれ! 私はもう見て居られなくなって目を瞑って念じる。


 ゼンマイのじりじりという音が止んだ。恐る恐る目を開けると……車は対岸にたどり着き、橋は何事もなかったかのように鎮座していた。


 はぁー。思わず息を吐く。緊張が解ける。握っていた拳がちょっと痛い。でも、うれしかった。お兄ちゃんの橋は立派に役目を果たしたのだ。


 お兄ちゃんもうれしそうだ。私と同じ気持ち。橋はきっと私とお兄ちゃんの心もつないだのだ。


「次はもっと大きいの作ろう! お兄ちゃん!!」

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