第3話 今日のお兄ちゃんは課題をする

 私はお兄ちゃんの妹。リビングの座卓で学校の課題をやっている。とても真剣に課題をやっている。難しい……


 集中していたせいで気付かなかった。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが隣でノートPCを!! 眼鏡ッ!!


 ……おっといけない。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんの眼鏡姿にテンションを上げたりしない。


 お兄ちゃんはノートPCを開いてテーブルの奥へ置き、手前にレポート用紙と筆記用具を用意する。お兄ちゃんも大学の課題をやるのかな?


 私は体を少しテーブルの角、つまりお兄ちゃん側に寄せる。ここからならお兄ちゃんのPC画面とレポート用紙が見える。課題をするふりをしながらお兄ちゃんの様子を確認する。


 お兄ちゃんはせわしなくPCを操作してブラウザを立ち上げ、大学の学内ネットワークにアクセスする。カチカチッ! と操作するとPDF文書ファイルが開かれた。マウスを叩く音から焦っているのが伝わる。


 私はPC画面のPDFファイルを見る。大半はちんぷんかんぷんだが、分かったことがある。課題の締め切りは明日の午前0時。すなわち今日中に提出しなければならない。


 今は午後10時、よってお兄ちゃんは2時間でレポートを仕上げる必要がある。

 

 どうしてそんなになるまで放っておいたんだ! お兄ちゃん!


 お兄ちゃんはこれから2時間の間にレポートを仕上げ、スキャナーで取り込み、大学のネットワークにアップロードする必要があるのだ。


 お兄ちゃんはレポート用紙にタイトルと日付を記入する。昨日の日付だ。終わらなかった時に備えて、さも前日には終わらせていて、ネットのトラブルでアップできなかったとか言い訳するつもりだろう。小賢しいなお兄ちゃん。


 基本的なレポートの構成は3段階。『導入』、『本論』、『まとめ』だ。文章の比率は約1:8:1。もちろん例外はあるが、時間が無い今、お兄ちゃんは基本に忠実に書くだろう。『導入』はスムーズにかけたようだ。だいたいの場合は、課題に何が問題か書いてある。この「何が問題か」の部分を丁寧に書けばいい。ついでに先行して行われている議論にも触れられたらなおよい。核心は『本論』だ。ここでは、客観的な事実や自分の考察が求められる。そして、ここにボリュームを割かないとスカスカのレポートに見えてしまう。お兄ちゃんは時間のないこの状況で一体全体どうするんだ……。お兄ちゃんはおもむろに本を取り出す。まさか! 先人の言葉をコピペするというのか! いけないよお兄ちゃん。それは『剽窃ひょうせつ』といって学術界の禁忌。単位剥奪はくだつもやむなしだよ! ―――いや違った。お兄ちゃんはちゃんと『引用』している。本論の大半を引用で占めるのは結構印象が悪いけど、まあレポートだしセーフじゃないかな? 評価は悪くても提出さえすれば単位はある。お兄ちゃんは目的に沿った行動をしているんだね。最後は『まとめ』だ。ここまでくれば一安心。まとめはクオリティを求めると一番難しいけど書くだけなら適当に本論の内容を引っ張ってくればいい。吹っ切れたお兄ちゃんなら余裕だよ!


 ここでお兄ちゃんの筆が鈍くなる。何故だ。残り時間あと30分。ここまで順調だったのに。お兄ちゃんの顔を見る。眠そうだ……そうか、ここにきて寝不足が響いたんだ。昨日、私に付き合って一緒に深夜番組見てたせいだね。ごめんねお兄ちゃん。


 申し訳なさと責任感から一発ビンタでも決めてお兄ちゃんを目覚めさせようとしたその時、突然お兄ちゃんが細長い缶を取り出す。それは大学生の必須アイテム、エナジードリンク。


 ――カシュッ! 炭酸の抜ける爽やかな音とともに蓋が開く。ゴクッゴクッと音を立てて飲み下す。次の瞬間、お兄ちゃんは覚醒した。


 そのままレポートを仕上げ無事に提出完了。お兄ちゃんは晴れやかな顔で息をつく。私も安心感と開放感で夢見心地だ。


 しかし、自分の握ったペンの感触で現実に帰る。そして思い出す。自分が何をしていたのかを。そう、わたしも明日提出の課題の真っ最中だったのだ。


 「私にもエナドリちょうだい。お兄ちゃん。」

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