第2話 今日のお兄ちゃんは筋トレをする

 風呂上り、飲み物欲しさにリビングへ。私はコップに牛乳を注ぎ、グイっとあおる。うまい。もう一杯。


 私はお兄ちゃんの妹。風呂上りにダイニングテーブルで牛乳を飲んでいる。


 ――スッペンスッペン。廊下からお兄ちゃんの足音がする。スリッパを引きずるような独特の足音。


 お兄ちゃんがリビングへ入ってくる。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんがスパッツとアンダーウェアで! リビングに!!


 ……おっといけない。落ち着け。私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんのぴちぴち衣装にテンションを上げたりしない。


 お兄ちゃんはマットをテレビの前に敷く。スマホをポチポチ操作して、テレビにYouTubeの画面を出力する。


 テレビに映るのはスポーティな恰好をしたゴリゴリのマッチョマン。筋トレ系YouTuberというやつだろうか。


 お兄ちゃんはモテるために筋トレをすると言っていた。でもモテたいなら私に構うのをやめて講義の後もサークル活動なりすればよいのだ。


 ま、妹ばなれできないのは仕方ないか。やれやれ、困ったシスコンお兄ちゃんだぜ。


 画面のマッチョマンが筋トレを始める。最初は腕立て伏せのようだ。


 効率のよい筋トレの基本は大から小だ。大きい筋肉を最初にいじめ、次にその周辺、最後に手足の末端などの小さい筋肉を鍛えるのだ。お兄ちゃんは最初に大胸筋を鍛えることを選んだ。正解だ。心の中で拍手を送る。基本に忠実なプッシュアップ。腕の幅は肩より少し広くとり、頭の頂から足の先まで鉄心を入れたかのようにまっすぐ。胸を張り、決して頭を下げない。不屈の心が筋肉を作る。胸が床につくまできっちり下ろしきる。だが、体重は両手と足で支える。ゆっくり胸を上げる。ここが苦しい。体勢を崩してはいけない。お兄ちゃんは歯を食いしばって体を上げる。だが油断するな。ひじは少し曲げた状態で止める。心は肘を伸ばし切って楽しようとするだろう。だが理性でそれを防ぐのだ。筋トレは理性と根性も鍛えるのだ。


 お兄ちゃんは姿勢を崩さずに腕立て伏せを続ける。たった十回。されど十回。正しい姿勢の腕立て伏せは本当につらい。だがお兄ちゃんはやり切った。えらいぞお兄ちゃん。


 お兄ちゃんがはぁはぁと息を荒くする。呼吸が落ち着くまで少し休憩するのだろうか。


 筋トレに限らず運動をするなら水分補給を忘れてはいけない。


 お兄ちゃんはキッチンへ向かう。シェイカーボトルを取り出し、プロテインの粉と水を入れてシャカシャカと振る。シェイカーのボールがコツコツ当たる音が小気味よい。


 筋トレ中のプロテインの味はなにものにも替えがたい。お兄ちゃんはゴクリと一口飲み下す。水分補給は一口ずつ、ゆっくり行うのだ。なんだか私も一口のみたくなる。ちょっとくれないかな。


 お兄ちゃんは再びテレビの前へ、次はダンベルフライなんかで腕を鍛えるのだろうか。と思っているとお兄ちゃんは片付けを始めてしまった。


 お兄ちゃんの根性は売り切れてしまったらしい。モテ期はまだ来なさそうだ。なんだか笑顔になる。


「お兄ちゃんの根性なしー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る