私はお兄ちゃんの妹。今日もリビングでお兄ちゃんを観察する。

比良

第1話 今日のお兄ちゃんは料理をする

 私はお兄ちゃんの妹。学校から帰ってきてリビングのソファでごろごろしている。


 玄関からガチャリと音がする。――ッ!! お兄ちゃんだ!! お兄ちゃんが帰ってきた!!


 ……おっといけない。落ち着け。学校の友達に「もしかしてブラコン?」とか言われたところだった。


 私はブラコンじゃない。お兄ちゃんの妹であることをアイデンティティとしているだけだ。だから、お兄ちゃんの帰還にテンションを上げたりしない。


 雑誌に夢中なふりをして、横目にリビングへ入ってくるお兄ちゃんを見る。


 今日のお兄ちゃんは食材の入っているらしいエコバッグを持っていた。そのままキッチンへと向かう。


 どうやらお兄ちゃんは料理をするつもりらしい。この間リビングで見てた料理系YouTuberの動画に触発されたのかな?


 お兄ちゃんは一通り食材を取り出し、手を洗う。私はソファから少し身を乗り出して食材を確認する。


 鶏もも肉、エリンギ、まいたけ、しめじ、カットキャベツ、にんにく……


 にんにくかぁ。好きだけど、私も花の中学生。明日も学校だというのにあまり匂いが強いのはすこし遠慮したい。そもそも今日のご飯はすでに用意してあるのだ。食べないという選択肢もある。


 でも、せっかくお兄ちゃんが作る料理なんだから食べたい。私は葛藤する。その間もお兄ちゃんは料理を続けている。


 まず、にんにくの皮を剥く。うわぁ……5、6片はあるなぁ。


 次にしめじのをとり、ほぐす。まいたけとエリンギも一口サイズにカットして、これらのキノコ類を鍋に敷く。


 包丁の側面でにんにくをつぶし、鍋に入れる。くっ……にんにくの香りがここまで漂ってくる。そして、この上にカットキャベツをふわっとのせる。まるで蓋をするように。


 続いて、鶏もも肉を一口サイズにカットした後、塩、コショウをして、白ワインで揉む。これをキャベツの上にのせたら、鍋にオリーブオイルを回しかけ、蓋をして弱火にかける。


 オリーブオイルをかけるところはなんかかっこよかった。もこっち風? らしい。


 鶏もも肉は蒸すことでやわらかくジューシーに仕上がる。鍋の下の方ではキノコ類とにんにくがオイル煮になっていて、きっと旨味と香りがオイルに溶け出しているのだろう。キャベツを仕切りにして蒸し調理と煮込み調理を同時に行うとは、流石だお兄ちゃん。鍋の中を想像する私のおなかがと鳴る。もう理性がもたない。セットしていたタイマーがぴぴぴと鳴る。蒸しあがったらしい。お兄ちゃんは火を止め、鍋の蓋を開ける。湯気といっしょに香りが部屋全体に広がる。ああ、くらくらする。お兄ちゃんはおたまを取り出し、鍋の中身をひっくり返すように混ぜる。――いけない。やわらかジューシーに蒸しあがった鶏肉に、キノコの旨味とにんにくの香りが十分に移ったオイルが絡まる。こんなの、反則だ。


 お兄ちゃんは当然のように私の分もよそってくれる。これを拒否することは私にはできなかった。


 乙女はにんにくの香りに屈してしまった。彼女はもう明日のことなど考えていない。


 「これ最ッ高に美味しいよ! お兄ちゃんッ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る