11 卒業式
3月1日。雲ひとつない青空から、暖かい太陽の日差しを浴びる。神様が味方してくれたようだ。ひんやりとした風が髪を揺らす。
今日は卒業生と関係者しか校舎に入れない。私は会長として送辞を任されている。
「絶対に泣かない。笑顔で先輩方を送り出す。」
そう自分に言い聞かせて、重たい玄関の扉を開けた。
1時間程の式が終わり、各クラスで最後のHRをしている。相棒になったカメラを肩に掛け、廊下で待機していた。送辞はというと、失敗することもなく読み切れた。自分に堂々の満点をあげたいぐらいの上出来だった。
「「「さようなら」」」
自分の世界に、教室の元気な声が入ってきた。先輩方は卒業アルバムを持ち、先生のもとへ向かう。最後のメッセージを貰いに行くらしい。あっという間に私の居場所が分からなくなった。いや、そんなことを思っている暇は無い。私には、自分自身が課した大切な使命がある。
職員室前の壁には、祝電が掲示されている。そこに菫さんはいた。1人でそれを読んでいたようだ。最後まで菫さんらしい。乱れた呼吸を整え、声をかけた。
「菫さん、ご卒業おめでとうございます。最後なので……、手紙を書きました。どうぞ。」
「ありがとう。」
いつもの、優しい笑顔だった。
――長いようで短い2年間、わがままに付き合ってくれたこと。校内で見かける度に勇気を貰っていたこと。菫さんの笑顔は素敵で、他人思いで、かっこいいこと。卒業してしまうと寂しいこと。そして何より、菫さんは私の『推し』であること。
手紙には沢山の想いを詰め込んだ。1週間前から何回も書き直して完成した、私からのメッセージ。
実は、この中に1つだけ嘘がある。菫さんは『推し』なんかじゃない。一目惚れしてからずっと、私の『好きな人』なのだ。でも、今更そんなことを言っても仕方がない。困らせるだけ。そう気付いてしまった私なりの優しさだった。
うっかりと口を滑らせてしまわないよう、グッと堪えた。
「先輩には沢山お世話になりました。」
「いやいや、自分もありがとう。」
後悔しないように決めておいた、聞きたかったことを切り出す。
「進路、きっと決まってますよね。道外ですか?」
「道内だよ。」
「よかったぁ。道外だったら寂しくて泣いてましたよ。」
通りかかった女子サッカー部の先輩に気づいた菫さんは、「写真撮ってくれる?」と頼んだ。まさか、菫さんが提案する日が来るとは。左側に立ち、菫さんに合わせるようにスマホのレンズを見た。ピースはしないらしい。
「撮るよー。はい、チーズ。」
笑顔で「ありがとうございます」と言って、その場から離れた。もちろん、このまま2人の時間が永遠に続いてほしいと思っている。そんな中でも菫さんから離れて、1歩ずつ前に進まなければいけない。
あれから何人の先輩方を見送ったのだろう。ちゃんと笑えていただろうか。人影が減り、私の仕事が終わったのを悟る。先生からお弁当を受け取ることにした。
静かな教室は、自分だけの咀嚼音と切ないオルゴールで満たされている。歌詞が分かる曲に感情移入してしまい、涙が溢れ出た。今日で制服を着た先輩方に会えるのが最後だった、という実感がやっと沸いたのだ。鼻水をすすり、涙をなんとか堪えようとしても止まらない。
最終帰宅時刻を知らせるアナウンスが校内に響く。次第に、卒業生の笑い声が遠くなった。「行っちゃった……。」そう思う頃には、泣き疲れて心が空っぽだった。机を見ると、涙と鼻水を吸い込んだティッシュと、3分の2も残っているお弁当が広がっていた。
誰もいない帰り道は切なさで一杯だった。快晴だった空は、灰色の雲が埋め尽くしている。舞い降りてくる雪が、私を慰めているようだった。
菫さんとの思い出。辛いこと、嬉しいこと、全てがこの校舎に詰まっている。私の美しく儚い恋が幕を閉じたのだ。無理に忘れる必要はない。ふと思い出した時のために、大切にとっておこう――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます