第34話:おかえり


 ラグナス郊外、イングレッサ軍仮設指揮所。


「状況は?」


 マリアの言葉に、兵士が応えた。


「一番街から六番街までは制圧完了。ですが、肝心の議事堂にはターゲットが見当たりませんでした」

「……最優先で探せ。それと、街や民間人への被害は最小限に抑えろ。ただし……ターゲット捕縛の為なら多少の犠牲も目を瞑る。良いか、イングレッサの未来はここに掛かっているぞ!」

「はっ!」


 兵士が駆け足で指揮所から出て行く。入れ違いで入ってきたのは参謀のリカールだった。


「マズイですね。制圧自体は予想通り順調ですが……うちの王以外が見付かりません」

「ビョルン王はどうしている」

「なんか嬉しそうに終始笑っていましたよ。すぐにマリアを呼べと言ってきましたが、適当にはぐらかしておきました」

「助かる。しかし……嫌な方に全てが予測通りだったか」

「ええ。話によれば、我々が襲撃しなくても、王のせいで全面戦争待ったなしでしたね。であれば、こうして先手を打った方が結果的に好転……するかもしれないという予測は見事です。ただ……」

「王達を捕らえられればの話だな。今いる王達は歴代の各国王達と比べても引けを取らないほどの傑物ばかりだ。逆に言えば、彼らを手中に収めれば……必ず向こうは交渉に乗ってくる」

「報復の為に我構わず攻めてくるかもしれませんよ?」

「ならば、跳ね返すまで」


 マリアの覚悟しきったその顔を見て、リカールがため息をついた。


「どう転んでも修羅の道ですね。やっぱりあの時にエルヘイムに寝返った方が良かったんじゃ」

「イングレッサの民を裏切るわけにはいかんだろ」

「そうなんですけどね……しかし、王達はどこに逃げたのか。まさか逃走ルートを用意していたとは」

「……普通なら考えられないな。そもそもこの時期に軍が動くことが想定外なのだから。こんなに素早く逃走できるルートはないはずだ。いや……そうか、


 マリアの言葉に、リカールが頷いた。


「……イリス王女ですね。彼女は、会議の趨勢次第で、犯罪者として断罪される可能性があった。だから予め逃走できるルートを用意していても不思議ではない」

「どこまでも……我々の前に立ちふさがる女だ」

「それと……奴の介入も想定されますが」

「分かっている。だから急がせろ! 奴とイリス王女が合流したら、終わりだ」

「了解」


 マリアは、諦めに似た面持ちで、ただジッとラグナスの方を見つめていたのだった。


☆☆☆


「さてさて……イリスはどこにいる?」


 ヘルトが霊体化したまま、教会の屋根の上に立ち、鎮圧されつつあるラグナスを見渡した。


「霊体化の弊害は、自身以外は霊体化できない点だな。魔力通信機あれば話は早いが」


 おそらく、イリス達がいた議事堂はまっ先に制圧されているだろう。だが、街の兵達の様子を見るかぎり、まだ捜索中のような動きをしている。つまりイリス達は議事堂を脱出できたと思って間違いない。


「となると――やはりあそこか」


 思い当たる場所は一つしかない。


 ヘルトは屋根の上から飛び降りると地面に着地し、エルフ・ヘヴンへと向かって走っていく。


「――ターゲットと思われる一団を発見! すぐに応援をよこしてくれ!」


 そんなことを叫んでいる兵士を見て、ヘルトは足を早めた。


 見れば、路地の奥で怒号が上がっている。


「邪魔くさい、全員国家反逆罪で死刑ということにして、まとめて吹っ飛ばすのはどうだい?」

「そんな力があればとっくにやってますよ!」


 見れば路地の奥にある広場で、ヘルトが良く知る一団が、兵士達に囲まれていた。


「……我が本気を出そうか?」

「いや、アーヴィンド師が本気を出すと我々も危ういので……」

「そうか……」


 それは、イリス達だった。


「はん、良く見れば各国の王勢揃いじゃねえか。捕まえたら、状況をひっくり返せるかもな」

「ん? 誰だお前!」


 背後で実体化し、そうのんびりと呟いたヘルトに気付いた兵士達が一斉にヘルトへと杖を向けた。


「うちの女王様を助けにきたんだが――撃たない方が良いと思うぜ?」

「放て!」


 兵士達が一斉に【マジックバレット】の魔術を放つが――


「だから、人の忠告は聞いておけよ」


 全て、ヘルトの対抗魔術カウンター・マジックによって精確に反射され――兵士達の頭部に命中。


 一瞬で、その兵士達が全滅した。


「見事なり」


 アーヴィンドの言葉と共に、イリスが前へと出て、笑みを浮かべながらこう言ったのだった。


「おかえり――ヘルト」

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