第35話:相対する者達

「エルヘイムまでの脱出路は既に〝トネリコの槍〟に確保させている」


 ヘルトの言葉に、イリスが頷いた。


「皆様、こういった形でご招待するのは不本意ではありますが、このまま散り散りに各国へ行かれるより共に我が国に逃避した方が良いかと提案いたしますが、如何でしょう?」

「……その方が良さそうだね」

「イリスお姉様の国、興味ありますわ」

「イリスお姉様の国、楽しみですわ」

「異論はない」


 全員の同意を確認すると、イリスがヘルトへと視線をやった。


「はいはい。それじゃあ、王様御一行様、エルヘイムまでご招待しますよ。少々――強行軍になりますがご容赦を」


 ヘルトはそう嘯くと、先頭に立って走り始めた。


殿しんがりは我が」


 アーヴィンドの言葉に、ヘルトが右手を挙げて頼んだとばかりに無言で返す。


 先頭を走るヘルトにイリスが並ぶ。


「まさかこんな事になるなんて」

「ああ。一応宰相には、こういう事態になることは伝えてある。最低限、彼らを迎え入れる準備はしているはずだ」

「ええ。しかし……なぜイングレッサ軍はこんな愚行を」

「……あいつらしいやり方だよ。どう足掻いてもこうなった時点であいつはあの愚王以上に、歴史に汚名を残すことになる。だがそんなことはどうでもいいんだろうさ。少しでも――イングレッサの為になるならば、あいつは喜んで愚者になるような女だ」

「……それに、どうやって各国の諜報員や軍部に気付かれずにこんなことができたのかしら」

「隠蔽魔術を上手く使ったのさ――ウィーリャ、お前達は事前にあいつらの動きを掴んでいたのだろ? おそらく各国の諜報員や軍部も気付いていたはずだ」


 ヘルトの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔でウィーリャが頷いた。


「ああ。だが――報告によれば……たった百人程度の規模の部隊しか動いていなかった。その程度であれば、ラグナス防衛の交替かもしれないし、エルヘイムとの対立という微妙な状況であれば多少の軍備の増強も有り得ると判断し、捨て置いた。まさかこんなことになるなんて……あたしの責任だ」

「うちも一緒さ。静観せよと命令した。まさか……それが囮だったとはね。この状況で大部隊を動かすわけがないという慣例を盲目的に信じてしまっていた」


 ティリアが器用に走りながら肩をすくめた。


「そういうことだ。イングレッサ軍は隠蔽魔術でその進軍を隠し、あえて百人程度の部隊だけ見せることで、そっちに注視させた。そうして包囲を完了したと同時に襲撃を開始した」

「流石、良く見ているな」


 メルドラスの言葉を、ヘルトが鼻で笑った。


「はん、そりゃあそうさ。これは。一番に反対したマリアがそれを実践したのは――皮肉だがね」

「……このまますんなり脱出できるかしら」


 イリスの言葉と同時に、ラグナスの東門が見えてきた。


「さて……」


 見れば、エルフ達がその上に立っているのが見える。


「とりあえずラグナスからは脱出できそうだ」


 東門を通り抜けた先には――エルフ達が竜車を用意して待っていた。


「イリス様、こちらです!」

「ありがとう! 状況は!?」

「良くありません! ヘルト様のおかげで、この一帯の敵戦力が完全に無力化しているおかげで何とかなっていますが、すぐに応援が駆け付けてきます! 脱出を!」


 全員が竜車に乗り込む中、ヘルトだけがなぜか乗らずに、南の方向を睨んでいた。


「ヘルト?」


 イリスがヘルトへと声を掛けるが、彼は視線を南に向けたままだ。


「イリス、すまない。もう少しだけ――単独行動をさせてほしい」

「……分かった。魔力を補充しておくわ」

「すまん」

「すぐに追い付けるのでしょ?」

「ああ。勿論だ」

「ん、じゃあ先に行ってる。市街地でなければアーヴィンド様も魔術を使えるし、こっちは大丈夫」


 ヘルトが煙草を吸って、無言で右手を挙げた。


「……行きましょう!」


 イリス達を乗せた竜車とそれを護衛するエルフ達が東へと去っていく。


「さて……ここら辺りで決着をつけようか」


 ヘルトの睨む先――そこから、騎乗用の竜に乗った一団が、駆けてきていた。その騎竜部隊は、白い翼が描かれた旗を掲げている。


 それは――騎士、マリア・アズイールその人を表す旗だった。


「ほんと……馬鹿な奴だ」


 ヘルトが魔力を込め、右手をその一団へと向けた。


「容赦はしないぜ――マリア」


 ヘルトの膨大な魔力が魔法陣を描き――そこから無数の飛翔体が発射された。



☆☆☆



 竜車内。


「ヘルトさんは大丈夫でしょうか?」

「あら、アイシャがあいつの心配するなんて珍しい

「別に心配していません! ですが、最後に【千里眼】で見ましたが――相手はあのマリア・アズイールです」

「でしょうね。でないと、彼がわざわざ残る理由がない」

「危険な相手です。あの騎士のせいで我々の魔術は……」


 アイシャの言葉に、イリスは頷いた。


 今でも思い出す。


 祖国を焼いたのはヘルトの火だった。

 だけど、こちらだって魔力が無尽蔵にあるハイエルフなのだ。それなりに脅威となる魔術は多数所有しており、当然それらをイングレッサ軍に向かって放っていた。


 だがそれらはことごとく――マリアによって一刀両断されたのだった。


「ヘルトがイングレッサの矛であるとすれば――マリアはイングレッサの盾よ。対魔術師なら――おそらく彼女はこの大陸……

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