第33話:言葉が現実になる
ラグナス――議事堂内。円卓の間。
「ふざけるな! こんなのズルだ!」
イングレッサ王――ビョルンが怒りの声を上げ、円卓を叩きつつ椅子から立った。
「……座りたまえビョルン王。この円卓から離れるということは、国として権利や尊厳を放棄することを意味する」
ティリアの言葉にビョルンが唾を飛ばしながら反論する。
「お前達を僕を嵌める気だろ!? 僕のことをみんなで笑いものにする気だ!」
「……貴様を嵌めてどうする。国の話を個人の話と混同するなど、王失格だぞビョルン王」
メルドラスの言葉に、ビョルンが言おうとした言葉を無理やり飲み込み、口をパクパクとさせた。
ビョルンの心中には嵐が吹き荒れていた。
ありえない。こんなはずじゃなかった。そんな言葉が何度も何度も通り過ぎた。
彼の中では周辺三ヶ国なぞ、こちらが少しでも軍をちらつかせれば大人しく従うと思っていたし、これまではそれでやれていたのをミルトンの横でずっと見ていた。
なのに今回は全てにおいてイングレッサに反発し、イリスの国を認めるだけではなくその支援を行うことや、イングレッサの先の戦争は不当であるとして、戦争法違法であるとやり玉にあげられた。
それに対しどれだけ反論しようと、多数決によって全て否決される。
まるで全員がイリスの為に結託しているように見えた。
それが、彼にはどうにも我慢ならなかった。自分の求婚を拒否しただけではなく、こんな場所で恥をかかせるなんて最低な女だ。
最低な女も、それに協力する奴らも――
「もういい! こんな会議なんてしたって無駄だ! お前ら全員どうせ最初から僕を、イングレッサを潰そうとしているんだ! だったら――こっちがそっちを潰してやる!!」
ビョルンが怒りのまま口にした言葉を、円卓にいる誰もが、ただの虚勢でハッタリだとその瞬間思った。
ティリアも、ルーナとシャイナ姉妹も、メルドラスも、全員がその言葉に、一瞬だけにやりと笑った。これでようやく……堂々と攻められると。
だが、イリスだけは難しい表情をしたままだった。何より、なぜか胸騒ぎがしたのだ。
それは勘でしかなかったが――この時ばかりは正解だった。
「それは宣戦布告と捉えかねねい発言です――なんだ?」
ティリアが一応窘めようと言葉を発した瞬間――爆発音と共に議事堂が揺れた。
「まさか……」
イリスがビョルンを覗き見るが、彼も何が起きたか分かっていない様子だった。
「何事だ?」
メルドラスが目を細めると同時に扉が開き、一人の男が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です!! ラグナス各地が――イングレッサ軍に襲撃されています! 早くお逃げください!!」
その言葉に――その場の全員が視線をビョルンへと向けた。
「あはは……アハハハハハ!! 僕の言葉が現実になった!」
「ビョルン王!! これは重大な国際法違反だぞ!? 貴様はこの円卓の歴史をなんだと思っている!!」
ティリアが丁寧口調をかなぐり捨てて、そう言って、ビョルンへと食ってかかるが――
「お前ら全員僕を蔑ろにした罪で、処刑だ。どうせ、戦力なんて護衛程度しか連れてきてないのだろ? アハハ……アハハハハハ!!」
高笑いするビョルンが円卓の間から退室した。残された各国の王はどう動くべきかを思考するも、判断がつかない。おそらくイングレッサ軍の動きは軍部の独断だと、予測できるが、ビョルンの演技の可能性もあり、最初からそうするつもりだった可能性もゼロではなかった。
だからこそ、彼が首謀者であればここで捕らえた方が良いし、もしそれがまるで意味のない行為であれば、脱出を優先した方が良いのかもしれないからだ。
そうこうしているうちに、それぞれの付き人や護衛が中へと雪崩れ込んでくる。とはいえ、その数は数人と限られていた。
なんせこの円卓の開始時期は軍事行動は決して行ってはいけないという不文律があり、それを各国は無意識に信じ切っていた。
そんな愚かなことを――後世に汚名が残るような行為なぞ誰もしない――そう思い込んでいた。
「アイシャ!」
「イリス様、大変です!! 一体どうやったのかまるで分かりませんが、ラグナスは既に包囲されていますし、都市内部にも侵入してきています!」
「――エルフ・ヘヴンへまず避難します。あそこならばひとまず安全でしょう。皆さんついて来てください! 万が一を考慮してこの議事堂から安全圏までの逃走ルートは既に構築済みです」
そのイリスの言葉に、全員が目を合わせた。
「イリスお姉様についていきましょ。別に私達だけでも平気だけど」
「イリスお姉様についていくわよ。別に私達だけでも平気だけどね」
双子がそう言って、イリスの後に続く。
「行きましょう、メルドラス王」
「我が、蹴散らしても良いが?」
ウィーリャとアーヴィンドの言葉にメルドラスが無言で頷くと双子の後を追った。
「いやいや、僕だけ残されてもね。仕方ない、こうなったら彼女を信じよう」
最後にティリアも付き人を連れて、イリスの行く先へと向かったのだった。
☆☆☆
「おーおー、派手にやってんな」
ラグナス近郊。
小高い丘の上から、各所から火と黒煙が上がるラグナスを見てヘルトが笑った。
「完全に包囲してやがるな。さては【隠蔽】の魔術を使ったか。マリアも思いきったことをする。俺が消えてないところを見るとまだイリスは無事のようだな」
ヘルトは煙草を吸いきると、それを灰すら残さずに魔術の炎で焼き尽くした。
「まあ、あいつのことだ。きっちり脱出路を確保しているだろうさ。さて俺はどう動くべきか」
頭の中で色々な計算が走り始めるが、やはりどの結果になるにしても――イリスを無事にこのラグナスから脱出させることは必須だった。
「孤軍奮闘といきますか」
ヘルトはニヤリと笑うと――フッとその場から消えたのだった。
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